ブラックフットの攻撃が始まると、俺たち家族は喫茶店を出て、図書館の奥へ避難していた。
そして三十分ほど経った頃。
「お兄ちゃんお兄ちゃん」
「なに?」
「あの|葛谷《くずはら》って人、アーチェリーの大会で声かけられた」
さっきの〝ござる〟が。
「静かになった……。鈴木家の面々は僕からあまり離れないでござる」
こいつは護衛のつもりなのか、裕太の指示を無視し、奥へ避難する俺たちに付いてきていた。
しかも葛谷は|強制複合現実化《FMR》で謎金属化した|短弓《たんきゅう》を持っている。
矢が無いな。と思っていると、葛谷がつがえる動作と同時に、宙からスッと矢が現われる、不思議な武器となっていた。
割れたガラスを踏みしめる音が聞こえてくる。
ここはほぼ暗闇なのだが、入口付近は月明かりで明るく、小銃を持つ侵入者の影がはっきりと見えた。
どうやらブラックフットたちが入ってきたようだ。
「先手必勝」
葛谷が小声でそう言うと、弓を引き、迷わず射った。
ひゅっ、と矢が風を切り、侵入者の頭部へ命中。
崩れ落ちた人影に、ブラックフットの仲間が駆け寄っている。
「ちょっ、無警告でそんな事しなくても……」
「いえいえ、小春ちゃんを守るためなら」
小春に続き、葛谷がそう言った。
「ん? 小春のため? どういう事?」
俺がそう言うと、父さんの|拳《こぶし》が葛谷の頬にめり込み、数メートル吹っ飛んでいった。
父さんもレベルアップしているのだろうな……。
「どういうつもりか知らんが、人を殺めるダシに小春を使うんじゃない。お前たち、ここから逃げるぞ」
父さんは俺たち家族に向かい直し、そう言った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
有栖川記念公園はそこまでの広さでは無いが、樹木が生い茂り高低差もある。
だから、月明かりがあろうと、遠くまでは見通せない。
喫茶店の逆方向の窓から脱出した俺たちはそれを利用し、急いで広尾駅方面へ向かっていた。
「おいっ!」
森の中のような小路を走っていると、脇から佐野の声が聞こえ、俺たちは立ち止まった。
影から出てきたのは、佐野に加え、裕太と井上由美の三人だった。
あの銃撃戦から脱出したのか、疲労の色が濃い。
「何でお前らも逃げてんだ? 次のスパイ先に向かってんだろ?」
「佐野さん、さすがにそれはこじつけじゃないか?」
佐野の言葉に裕太がそう言っている。
「だが――」
「いや、ブラックフットの連中は、夏哉の家族ごと俺たちを殺そうとしていただろ?」
「それは口封じ――」
「いや、俺は夏哉を信じる!」
いやいや裕太くん、やっぱり君は俺のマブダチだよ。
でも、ちょっと甘い気もする。
佐野が言っている事も筋が通っているからだ。
そんな俺の考えを他所に、裕太は強引に話をまとめてしまっていた。
「裕太、どうすんだ、これから」
「ああ、その前に、少しでも疑って済まなかった」
「いやぁ、こんな状況だし、仕方ないさ」
「……そうか。マジで済まなかった。それに、夏哉のご家族にも不愉快な思いをさせて申し訳ありませんでした」
そう言って裕太は深々と頭を下げ、井上由美もそれに続いた。
佐野はそっぽを向いている。
まあ、俺はあまり気にしてないけど、うちの家族はどうだ?
父さん、母さん、小春の顔を見ると、どうやら裕太の謝罪を受け入れたようだ。
「なあ裕太、いつまでも頭を下げてないでさ、ブラックフットの追っ手が来る前に逃げないと」
「ああ、そうだな……」
顔を上げた裕太は歯を食いしばり、涙でしわくちゃになっていた。
それはおそらく俺たちに向けたものでは無く、残されたタロットキャロットのメンツを気にしているのだろう。
俺が見ただけでも、かなりの人数が銃撃で倒れていたし。
「あっ、葛谷さんだ……」
小春の声が聞こえ、視線の先には、こちらへ走ってくる葛谷の姿が見えた。
顔がひん曲がっているのは、父さんのパンチのせいだろう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
移動しながら、いまの状況路整理して考えてみる。
……武力が消え、通信は途絶、電気も止まり、残るガスと水道が止まるのも時間の問題だろう。
モンスターという共通の敵が見つかり、人類は一致団結するものだと思っていたのだけど、現実は違っていた。
政府は機能しているかどうか分からず、秩序も崩壊しかかっているというのに、人間同士で争うなんて。
人の争いは絶えない。
これが答えだ。
こうして俺たちは、命からがら脱出するのであった。