ただ、今回は刀は使わないと思う。
しかし構えてはいる。剣道をやっているので、これ以外の構えを知らないとも言うが。
【無詠唱魔法と同時に、触手攻撃がきます】
【ああ、ありがと】
アシッドスライムから、ゆらりと立ちのぼる紫色の煙、それが見えると同時に、触手が左右へ伸びた。
どこまで伸びるのかと思っていると、触手が槍のように変化し、俺を左右から突き刺しにきた。
それをすり足で躱すと、移動先に魔法が飛んできた。
紫色の球体は、見た感じ液体っぽかったので、飛び散ったものを浴びないように、再度すり足で躱す。
これは
やはり魔法を使おう。
『おおっ!?』
『何だありゃ!!』
『でけえぞっ!』
『あれ、アイスバレットか?』
『いや、あいつレベル高いんじゃね?』
静かだったチャット画面が急にうるさくなる。
邪魔になるのでそれを閉じ、集中する。
アイスバレットを使おうという意志を強くしていくと、俺の前にある氷のかたまりがどんどん大きくなっていく。
「いけっ!」
直径がおよそ三メートルになった氷塊が、アシッドスライムへ向かう。
その速度は速く、触れた触手を凍らせ、砕きながら、アシッドスライムへ命中した。
「おおっ!」
これはチャットでは無く、周囲を取り囲んでいる、タロットキャットのメンバーが上げた声だ。
そりゃそうだ。あれだけの魔法を浴びせていたのに、まったくダメージを与えられなかった、アシッドスライムが瞬間凍結し、バラバラに砕け散ったのだから。
しかし、残心をしていると、砕けたアシッドスライムが溶けて集まりはじめた。
やはりこいつはエリアボス。一筋縄ではいかないようだ。
クインアントは、そこまで強くは無かったけど、ここは人口密集地なので、アシッドスライムはそれなりに強いモンスターなのだろう。
次策はファイアボール。
いまのアイスバレットで確信した事がある。
それは、俺の意思で、魔法の威力や効果を調節できると言う事だ
だから。大きなファイアボールでは無く、小さく熱いファイアボールを思い浮かべる。
すると、俺の前にある炎のかたまりがどんどん小さくなり、そして白く明るく変化していく。
もうすぐアシッドスライムは元の姿に戻る。
俺はそのタイミングを見計らい、ファイアボールを放った。
「――!?」
【アシッドスライムの死亡を確認。ブレインネットワークに接続し、魔法のデータをアップロードします】
アシッドスライムから驚いたような気配を感じ、それと同時にあーちゃんの声が聞こえた。
わずか数センチの大きさにまで圧縮したファイアボールは、復活したアシッドスライムを一瞬で燃やし尽くし、灰に変えたのだ。
周囲にいるはずのタロットキャロットのメンツは静かなままだ。
(エリアボスを倒したってのに、もう少し喜ばないの?)
まあ、アスファルトが溶け、真っ赤になった穴が開いているからかもしれないが。
「夏哉くん? チャット画面を開いてないの?」
こちらへ歩いてくる井上さんの声ではっとなり、視覚操作で〝アシッドスライム討伐〟スレを開く。
……こっちで騒いでるのか。
ARC装着者であれば、このスレッドは書き込みも閲覧も自由なので、目で追いきれない早さでログが流れている。
視界の中にフィルター〝タロットキャロット〟という項目があったので、それをオンにすると裕太たちのログが流れはじめた。
メンツが広範囲に散らばっているので、そうなるのも無理はないか。
【アップデート可能です】
【ああ、たのむ】
【ダウンロード開始します】
まあでも、書込むのも読むのも、俺は早々に諦めた。
それより気になっていることがあるからだ。
視覚操作で魔法の確認をすると〝アシッドボール〟が増えていた。そのまま〝ジャパンランキング〟を開いてみると、そこには一番上に表示されるアンノウンの文字。
【一番上のアンノウンは俺?】
【そうです】
【いまだに俺が一番手で、魔法もあんまり増えてこないって、さすがにおかしいんじゃない? 各地の強いやつらが、頑張って倒してると思うんだけど】
【強いの定義によります。銃火器などを用いる軍隊などは、初期の段階で強いモンスターが出現し、こちらが対処する間もなく、異世界転移をしました】
【ああ、そうだとは思うけど、それ以外にも、強いやつはたくさん居ると思うんだよ】
【夏哉がアシッドスライムを倒す前は、上位百位圏外になっていました】
【……てことは、アシッドスライムがそれだけ強いモンスターだったって事か】
【はい】
アンノウンで表示されているのは俺だけだ。
上位百位以外を見てもアンノウンはいない。
(まあ、身バレしなきゃいいんだけどね)
そうこうしていると、横に立っている井上さんから「これから打ち上げだから来るよね?」とお誘いの言葉を掛けられ、全員自転車で移動することになった。