【なあ、あーちゃん】
【はい】
【さっきうちから見たクインアント。あれは倒さなくていいのか?】
【あのクインアントは、別の街の人間が誘導したもので、夏哉の街とは関係がありません】
【てことは、……元々クインアントがいた街はどうなる?】
【あのクインアントを倒さねば、九十八%の確率で異世界へ転移します】
【……倒さなくて良かったのか?】
【夏哉の身を守ることを優先させました】
……そっか。
人工知能は、装着者の身の安全を優先するんだったな。
まあでも、昨日の状況を見ると、魔法の解析を優先しているようだが。
流れる風景を見ながら、そう言えば、と思い出す。
「ちょっと聞きたいんだけどさ」
プロトタイプARCの挙動について聞いてみると、三人とも文字列の情報を得ているようだが、二点違う部分があった。
それは、人工知能が脳内に直接話しかけてくるようなことがない事と、時間を巻き戻すような魔法は無いという事。
俺が突然そんな事を言ったからなのか、クスクス笑う小春から「お兄ちゃん、まだ中二病なの?」と言われてしまった。
というか、
「ちょうどいい。今のうちに、プロトタイプARCに標準装備されてるゲームアプリ、それを立ち上げておけ。現実世界でのレベルアップが可能になるからな」
「こんな時に何言ってんのよ?」
父さんは冗談では無さそうな声のトーンで言ったのに、母さんが食って掛かる。
こんな時に悪い冗談を言う父さんもあれだけど、母さんもよく飽きずに喧嘩するな。
「ねね、お兄ちゃん、ゲーム起動して? ほんとにレベルアップできるみたい」
「ふっふっふっ。そのゲームアプリを使うと
父さんは、そんな事を言い始めた。
俺も視覚操作でゲームアプリを探してみるも、その項目がどこにも見当たらない。
たぶん、文字化けした項目が、そうなんだろうと思うけど……。
心の中であーちゃんに【ゲームアプリはどこ?】と聞いてみると、うんともすんとも言わなくなった。
やっぱり俺のARCは、ちょっと壊れているんじゃないのか?
そう思い、明るくなってきた空を見つつ、眠気に身を任せた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ちょっと! 首都高はダメって言ったじゃないの!」
助手席に座る母さんの声で目が覚めた。
外の景色が止まっているので、車が停車していることはすぐに分かったが、まあまあな大声だったので、何か起こったのだろう。
「お兄ちゃん起きた? ほら、前見て?」
小春がそう言い、俺が首を伸ばして先の方を見てみると、そこには巨大なクレーターがあり、首都高はそこでスッパリと切れて無くなっていた。
その先に見える続きの首都高まで、目測でおよそ五百メートルくらいはある。
うちの車の周囲はガラガラなのに、クレーター近くで数十台の車が事故を起こして停まっていた。
ふむ……モンスターが現れたのは昨日の朝。おそらく世界中で。
それを見た主都高速道路側は、車が渋滞して動けなくなるのを避けるため、入り口を封鎖。
それで首都高はガラガラになったが、それでも強行突破して入ってきた車もいた。
しかし、あそこから落ちそうになり、急停車した車が停まっている、ってことか……。
父さんはその中の一人だな。
何となく状況を把握しつつ、ヒュージアントのいない道路と空を見ると、ふと、これからどうなるんだろう、と考えてしまう。
俺の大学生ライフ、小春の高校生ライフ、両親の仕事、そしてうちのマンション。
全部無くなってしまった。
じーちゃんは生き延びているのだろうか。
剣道部のみんな、俺のクラスメイトは生き延びているのだろうか。
まあでも、うちの家族が生き延びて、早いうちに安全な場所を見つける事が最優先事項だ。
それには、――プロトタイプARCが無きゃ厳しいだろうな。
【おいこらポンコツAI】
【あーちゃんでお願いします。はい、なんでしょう?】
おや? だんまりはやめたのかな?
まあいい。
【そもそも、あのアリ共はどこから現れたんだ?】
【ルート権限使用。はい、次世代汎用人工知能の予測だと、異なる次元から現われ、地球を侵略している、という可能性が一番高くなってます】
【異なる次元……異世界のことを言ってるんだろうけど、その情報はどこから?】
【ルート権限使用。数名の異世界人を米国で捕らえており、そこからの情報となります】
【そっか……ん? その異世界人ってのは、どうやって見つけたんだ?】
【ルート権限使用。CIAの対テロセンターが逮捕した人物で、それが偶然異世界人だったようです】
【分かった……ありがとな】
電話もネットも使えないとなると、プロトタイプARCからの情報が重要になってくる。
その情報をまるっと信じれば、異世界からの侵略。
ニュースを信じれば、先に軍事施設を異世界へ転移させ無力化。
そのあと停電し、ネットも使えなくなった事を考えると、発電施設や通信施設も異世界転移の標的になっている可能性が大きい。
どうすんだよ、こんな状況。
おまけに、新しいプロトタイプARCは、俺の質問を無視するくらい人間味のある人工知能がインストールされている。
ゆえに百%の信用が出来ないときた。
【言えないこともあるんです】
【……俺の考えを読むな】
(ふう……疲れるな。起きたばっかだけど。……お、どうやら夫婦喧嘩すれすれの話がまとまったようだ)
そしてうちの車はUターンをし、首都高を逆走し始めた。