しばらくすると、玄関の外から大勢の人が移動する足音が聞こえてきた。
外で起こっていることは、おそらくこのマンションの住民たちは見ていたはずなので、逃げ出そうとしているのかもしれない。
「小春っ! 何があった!?」
「あの大きなクインアントが赤くなって、魔法でうちのマンションを攻撃したみたい!!」
「……」
俺は唇を噛み、父さんを
まだ間に合ったはずだ。
そんな意思を籠めて。
「ちょっ! お兄ちゃん来て! いっぱいいるよ!!」
俺は急いで部屋に戻り、窓の外を見る。
「これは……」
クインアントの背後から、大小様々なヒュージアントが、大挙して押し寄せて来ていた。
月明かりで見える範囲だけでも、その数は千や二千ではきかない、まるでどこかの国の軍隊を彷彿とさせる光景だった。
「お前たち、絶対に外に出るな!」
寝室から父さんが大声で叫んだ。
同じ光景を見てそう言ったのだろう。
それに、何体かのヒュージアントはファイアボールを使い、周囲の建物に火を放っている。
すると、クインアントの周囲に赤い煙が見えはじめ、それが大きくなると、突然うちのマンションのエントランスで爆発が起きた。
「わわっ!? マンションが傾いたっ!」
小春は窓枠にしがみ付き、棚から落ちてくる大量の本を器用に避けている。
寝室からは、母さんの悲鳴とともに「倒壊する前に逃げましょう!!」と聞こえてきた。
足の裏に細かい振動が伝わり、窓の外からは、コンクリートが割れる乾いた音が聞こえてきた。
そして少しずつだが、体感できるほど傾きが大きくなっている。
「小春、部屋に行ってリュック持ってこい、逃げるぞ!」
昨晩の話し合いで、篭城するとは決まっていたが、何かあったときのために、各自で最低限必要なものを、リュックで持ち出せるようにしていた。
俺もベッドの横にあるリュックを持ち、玄関へ向かう。
「行けるか?」
少し遅れてきた小春が揃うと、木刀を持った父さんがそう言い、俺たち家族は玄関を出た。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「――!? うぷっ」
母さんと小春が戻してしまったのは、マンション一階のエントランスを見たからだ。
そこは、床、壁、天井、全てが赤く染まり、肉片、骨片、髪の毛が引っ付いていた。
(……竹の欠片まであるし、酷い臭いだ)
ただ、地下駐車場は、ここを通らなければ行けないので仕方がない。
俺と父さんは、祖父の家でイノシシの解体経験があるので割と平気だけど、
「む、無理……」
俺はリュックを前にし、座り込んでしまった小春をおんぶして階段を下りる。
父さんも俺と同じく、母さんをおんぶしている。
【距離十五メートル。木刀の
突如あーちゃんの声が脳内に響いた。
それもそのはず、駐車場の防火扉を開けると、そこには五体のヒュージアントがいたからだ。
そっと扉を閉め、むき身の日本刀を床に置く。
「ここで休んでろ小春」
青い顔の小春とリュックをを床に降ろすと、父さんの木刀も|強制複合現実化《FMR》され、青みがかった日本刀を持っていた。
「夏哉、何かいるのか?」
「アリが五体」
「お前、腕は鈍ってないだろうな?」
「現役高校生を舐めんな。あ、音に敏感らしいから、声出し禁止ね」
俺は部活を引退して半年くらい経つので、実は少し鈍っている。あと、父さんも昔剣道をやっていた、というか趣味でまだ続けている。
週三の休みのうち一日を使い、警察署にある剣道場で、子供たちに指導をしているのだ。
壁により掛かり、ぐったりしている母さんと小春を置いて、俺たちはそろりと駐車場へ出た。
「……ここもか」
父さんが小声でそう呟いた。
さっきのエントランス程ではないけど、ここも血の海で、五体のヒュージアントが死体に群がっていた。
おそらくさっきマンションから逃げ出そうとした人達だと思うけど、だからと言って引き返すわけにはいかない。
マンションは倒壊しそうだし、正面から出ればもっとたくさんのヒュージアントに加え、クインまでいるからだ。
それより、目の前で一心不乱に肉を喰らっているヒュージアントを倒した方が、まだ生き残る確率は上がる。
気づかれないように、俺たちは音を立てずゆっくりと動き、互いに別々のヒュージアントの首を斬り落とした。
残り三体。
ただ、首が落ちて大きな音がしたので、さすがに気づかれた。
一斉に振り向き、俺たちを新しい獲物だと認識したヒュージアントたちは『キィキィ!』と、喜んでいるような声を上げた。
(昨日は一体倒したら逃げ出したのに、このヒュージアントは……なるほど)
「父さん、まん中奥にいる大きめのアリがこの小隊のボス。あいつ倒すと他は逃げるよ、たぶん」
「たぶんて何だよ。全部倒せばいいんだろ?」
父さんはそういうと、すり足で左へ回り込み、ヒュージアントが反応する前に首を斬り落とし、すぐ奥にいるボスの首も斬り落としてしまった。
父さんのあの足捌き、俺はまだできない。
と、そんなことを考えている間に、最後の一体の首が斬り落とされた。
しかも、噴き出す体液を一滴も浴びないという……。
「――――行くぞ、夏哉」
残心を終え、振り向いた父さんのドヤ顔がムカつく。
それよりさっさと脱出しなければ、生き埋めになる可能性が高まる。
俺たちは小春と母さんをおんぶして車へ乗せ「よし、家族全員で生き残るぞ! それじゃあ、ビッグフットジャパンへ急ぐぞ!」という父さんの声で出発した。