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「お兄ちゃん起きてっ!」
「ぶほっ!」

 目を覚ますと、小春が俺の鳩尾(みぞおち)(ひじ)を落としていた。
 これはなかなか起きない俺に使う、小春の最終手段。
 時計代わりにしかならなくなったスマホを見ると、午前二時過ぎだった。

 昨日の家族会議では、目先は様子見となり、しばらく篭城することに決定したのだが「もっと先の事はどうする?」という話が出ると「おなかすいた!」という小春の意見で夕食となった。
 かろうじてガスと水道はまだ生きていたので、俺たちは暗くなる前に夕食を済ませ、早々に就寝していたのだ。

「そと見て!」

 そういう小春に引っぱられ、窓際にまで行くと、空がオレンジ色に染まっていた。

「……駅の方だよな」
「そうそう、たぶんあれ火事よ!」
「駅ビルは防火設備もちゃんとしてるから、停電でも平気じゃないか……な?」

 いや、かなり広範囲に延焼している。
 もしかして、誰かがファイアボールを試し打ちでもして、火事になったとか?

「お兄ちゃん見に行こうっ!」
「ダメだ」
「え~っ!」

 そんなキラキラした眼で見つめても、ダメなもんはダメ。
 あんなとこに行くなんて、文字通り飛んで火に入る夏の虫だ。まだ春だけど。
 ヒュージアントとプロトタイプARC装着者で、大規模な戦闘が起こっている可能性もある。

「明日は食料の買出しやらで忙しくなるんだから寝るぞ。まあ開いてたらの話しだけど。だから小春は部屋に戻れ」
「ちぇ~っ」

 そう言って寝直そうとすると、窓ガラスが震えるほどの爆発音が聞こえた。
 小春も俺も耳を押さえ、何があったのかと窓の外を見る。

「お兄ちゃんあれっ!」

 小春が指をさした先には、数十名の人々が大通りを走り、その背後から高さ四メートルほどのクインアントが追いかけていた。
(まさか、いまの爆発は……俺が倒した一体だけじゃないのか、クインアント)

 逃げている彼らは、立ち止まってファイアボールなどで応戦しているが、クインアントは、それをハエを払うかのように前脚ではじいていた。
 その近くには、倒壊したビルが見えている。

「ええっ!! ……入ってきたよっ!?」
「あれは……絲山っ!?」

 逃走している数十名が二手に分かれ、その片方がうちのマンションに入ってきた。
 その中には、絲山と後輩たち四人の顔があった。
 入り口をファイアボールで吹っ飛ばし、エントランスに入ったのはいいけど、いまは停電中なのでエレベータは動いていないし、非常階段へ行くには住人が持つ鍵が必要となる。

 階下から微かに振動を感じるのは、非常階段への防火扉を破ろうとして魔法を使っているからだろう。

 ゆっくりと歩くクインアントは立ち止まり、どちらを追うのか思案しているように見えた。

「――!? お兄ちゃんどこいくのっ!?」

 腹に穴を開け、駅ビルで死んでいた見知らぬ彼の顔が脳裏をよぎった。
 大爆発をした魔法をもう一度使われたら、このマンションに逃げ込んだやつらは全員死んでしまう。

 だから、そうなる前に助けに行く。

「小春はじっとしてろ!」
「待ってお兄ちゃん、私も魔法使える!」
「そうじゃない! あのでかいのはもっと強力な魔法が使えるし、ファイアボールを前脚で払ってたの見ただろ?」
「……うん。でもお兄ちゃんはどうするの?」
「エントランスに居る奴らを非常階段に入れる」
「……」

 俺は木刀を持ち、玄関へ向かうと、父さんが通せんぼをしていた。
 そりゃあ、あれだけの爆発音に、俺と小春が大声で話していれば起きてくるだろう。

「ダメだ。親として許可出来ん」
「違うっ! あいつらは助けないといけないんだ!」
「……どういう事だ?」

 心配そうな顔で寝室から顔を出している母さんを横目に、俺は父さんに説明をした。
 いまエントランスに居るやつらの中に、絲山とほかの部員四人の姿が見えたと。

 俺は昨日の約束を一応果たしたものの、母さんを探すのに時間がかかり、彼女たちは移動して合流できなかった。
 それは仕方ないにしても、あれだけの血痕があったので、誰かが大怪我をした、もしくは死んでしまったのかもしれない。

 そもそも、店内に誰もいないと気づいたとき、俺が迷わず中に入れておけば、こうはならなかったはず。
 俺はそんな罪悪感を持っていた。

「後輩が死んでしまう前に、非常階段へ入れてやりたい」
「……こうなった世界で、お前は俺と母さんを探しに来たな」
「ああ、そうだ。だから彼女たちも――」
「いや、それには感謝している。だが、それとこれとは別だ」
「何でだよっ!! 後輩たちを助けに行くだけなのに!!」
「……ダメなものはダメだ」

 父さんとそんな口論をしていると、下から突き上げるような振動と共に爆発音が聞こえてきた。

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