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第三話

 オススメのお店があるんだ、とノアはわたしをカジュアルなレストランに連れて行った。
 綺麗な内装とクラシックな雰囲気で、メニューに載っているご飯も美味しそう──学生は安くて良いお店を知ってるんだなぁ。
 わたしがお店を気に入っている一方で、ノアは、お店に向かって歩いている時も、オーダーを頼み終えた後も、どことなく元気がなかった。
 やっぱり、さっき絡まれたのを気にしているんだろうか。
「……ノア、さっきの人たちのことなら、気にしなくていいわ。ただの災難だもの、事故よ、事故」
「…………いや、ボク、アンちゃんに助けられて、情けないなって……」
 情けない?
 わたしはノアが何を気に病んでいるのか、さっぱり分からなかった。
「どこが情けないの? ノアはわたしのことを守ろうとしてくれたじゃない。簡単にできることじゃないわ」
 わたしのフォローにも、ノアの苦い表情は変化せず、小さく首を横に振った。
「……でも、結局あの場をなんとかしてくれたのは、アンちゃんじゃないか」
「別に誰が解決したっていいじゃない。それとも、ノアがどうにかしなきゃいけない理由でもあるの?」
 お冷に口をつけながら問いかける。
「あるよ! だって……」
 ノアはテーブルの上に置いていた拳を、ぎゅっと握りしめた。
「ボク、男なのに……!」
「…………は?」
 ──男なのに?
 男だから、女に守られるのは情けないって?
 そんなことで落ち込んでいるのか、この子は。
 わたしは呆れたため息が出るのを必死で抑え込んだ。
 …………しょーもない。
 心底、どうでもいい。
 やっぱり、十六歳は理解できないことだらけだ。
「あのね、ノア」
 静かに口を開く。ノアの肩がびくりと震えた。
「困っている人を助けるのに、性別は関係ないでしょ」
「…………っ!」
 ノアはハッとしたようにわたしを顔を上げた──明るい茶色の瞳が、小さく揺れている。
「それとも、ノアは、困っている人が男の人だったら、助けないのかしら?」
「そんなことない!」
 ノアが大きな声を出し、店内の視線が一瞬わたしたちに集まる。ノアはそれに気づいて、小声で「ご、ごめん……」と謝りながら縮こまった。
「……ね? わたしも一緒」
 わたしはにこりと微笑んだ。ノアがそう答えることは予想していたから──わたしを守ってくれようとしたノアなら、きっと誰だって助けるはずだ。
 気を取り直そうとしてか、ノアはお冷を一口飲んで、
「…………昔、言われたんだ。男なのに頼りないって」
 ぽそぽそと、遠慮がちに語り始めた。わたしは頬杖をついて、その話に耳を傾ける。
「女の子二人とボクの三人で、木登りして遊んでたんだ。そしたら、一人の女の子が木から足を滑らせて落ちたんだ。ボクは何もできなくて……。結局、近くで遊んでいた別の女の子が手当てや大人を呼んだりしてくれて、なんとかなったんだけど……」
 ……で、一緒に遊んでいた女の子に「男のくせに頼りない」って言われた、と。
 それが、ノアのトラウマになっているのか……。
「頼りないって言われて、何よりボク自身がそう思った。今も思ってる。身長も高くないし、筋肉もつかないし。せめて魔法だけは、って頑張ってはいるんだけど……はは」
 力なく、ノアが笑う。
 そうか、ノアもあの試験に合格した組か。そりゃそうだ、落ちていたら今日補習なんだから。
 子どもは子どもなりに、考えて努力しているんだな……。
 わたしは頬杖を解いて、ノアと目を合わせた。
「男とか女とかの前に、ノアはノアでしょ。絡まれても一人でなんとかしようとしてたし、わたしのこと守ってくれたし……」
 冷水の入ったコップを持つノアの手に、そっと手を重ねる。
「とてもカッコよかったわよ」
「…………!」
 カッとノアの頬に朱色が差す。ノアは小さく頷いて、重なっていた手を、自身の方へ引いた。
「あ、ありがとう……」
 照れ臭そうに笑うノアに、わたしも笑い返す。元気が出たようでよかった。
「お待たせいたしました」
 ちょうどウェイターが、注文した料理を運んできてくれた。テーブルの上に二種類のパスタが並べられる。
「いただきます」
 ノアはフォークだけで、わたしはフォークとスプーンを使って、パスタを食べる──メニュー表では美味しそうに見えたが、実際に口に運んでみると、値段通りの味がした。

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