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雪と狐

 雑貨店は盆暮れ正月以外は開いている。冬、深雪のいる場所は寒くてすこぶる評判が悪い。そこで店員を雇って、本人は控え室で帳簿と注文票の処理をしている。

「みゆみゆ~」

 今は夏だがこの店員は時々遊びに来る。妖怪界でも雪女の格は高いというのに、この呼び方では台無しだ。店員は妖狐の玄助という。人の顔に銀狐の毛並み。彼も格は高いから仕方ない。偉大な陰陽師、安部晴明の母は妖狐だった。そんな種族だが、玄助は能力を継承していない。残念。

 用事は大きな声で言える話ではないらしく、近くに寄ってきて小声で話す。
花粉症で酷いときはマスクをしている。そのマスクに貼ってあるシールのことだ。

芳香(アロマ)シールよくなかったよ……香ってるのは少しだけ。当たって痛いし剥がれると邪魔だし」
「マスクのほかに貼ると良くありませんか?」

カバンに白檀や桂皮の香りのシールが貼られていれば、防虫効果がある。彼はそれだけ言って店から出て行く。

「またくるねー」

深雪は玄助が何しに来たのだろうと首を傾げた。

 玄助は店から出ると表玄関とは反対側の裏口に回る。式台という段差がある。
昔は段差があるのが玄関だった。文明開化した今はバリアフリーでないといけなくて、裏口にしかならない。

 裏口を出ると10歩で異世界につながる通りに出る。だが宵闇の禍ツ刻が迫ると、危険な場所に早変わりする。

「時間ぎりぎり……間に合う?」

夕日がさしているのに天気雨が降り始め、物憂げな気分になる。

「くーろーちゃん?」 

街娘に似た少女が歩いてきて猫なで声をあげる。名前はどこで聞かれたんだろう。玄助は不味かったと来た道を戻ろうとする。

「嫌いなの? 嫌いなの?」

陽は出てきた雲に隠れ、雨は強さを増す。そんなんじゃないやと思っても、相手が反発するような言葉しか出てこない。

「知らない子は()い」

少女の輪郭がぼやけ始める。怒らせてしまったらしい。背後の雨塊が玄助の袖を引っぱる。

「今日は狐鍋の日っ!」

 これは濡女といって森羅万象の(あらゆる)生物を喰らう物怪だ。玄助は安っぽい服の袖を引き千切って逃れようとする。

「どこいくの? 逃げられないよ?」

水の塊が牙を()く。
 ところが周囲の気温が下がり始める。

(みゆみゆだ……!)

雨はみぞれ混じりになり、濡女の人型に叩きつけるように降り注ぐ。路地にかかるみぞれは霧状になり、その中から深雪が姿を現す。

「うちの子に何してくれはりますの?」

目が怖い。急いで飛び出してきたらしく和服は乱れている。答え次第では、酷いことをしなければならない。

「やーだーなー。鍋に(そいつ)を入れるなんて誰も」

冗談の通じる相手ではない。雪女深雪が手を(かざ)すと、濡女の左側が徐々に凍りついていく。

「ごめんなさぁい」

言葉に反応するようにみぞれはすぐに上がった。凍りかけていた濡女は感覚のない左手を暖め始める。濡女に戦意はもうない。

「わぁ怖い。氷の彫像にされちゃうわぁ」
「ごめんなさいね、うちの子もこんな時間に来たのがいけない」

深雪の言葉に、玄助は項垂(うなだ)れた。

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