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雑貨店の紳士

 時代は明治に変わり、ちょんまげ姿に刀を差した侍も見なくなった。レバーひとつで自律走行(オートドライブ)する路面電車の停留所があり、裏横丁に向かって人通りがある。この裏横丁には、ニンゲンに混じって妖怪がいるという。

「お客さん、1銭多いよ」

彼は夏の暑い日だというのにコート姿で、中に厚手の服を着ている。払いすぎた1銭銅貨を財布にしまう。裏横丁に目をやる。わき道を抜けた行き止まりに店が出来ている。歩いていってその店の中を(のぞ)く。ここが噂の妖しい店らしい。おそるおそる声を出す。

「すみません、品物を拝見させてもらっても?」

奥から青白い顔で美貌の女店主が出てくる。体感温度が20度下がる。

「ニンゲンのお客はんとは珍しゅうです。うちで取り扱っているものは、そこいらの店では見かけない舶来品ばかり。どうぞご覧になってくださいまし」
「うっ……寒」

彼はステッキを入り口の預かり棚に置くとコートの前を締め、珍しい品物を手に取りはじめる。雑貨店の外装は木骨石造と言って、漆喰の石壁と濃い灰色の木枠の組み合わせて作られている。木枠のすぐ近くで、客が箸置きを4つくらい積んだような2コセットの商品を見定める。積んでいる間には切れ目が入っている。

「それはスポンジカッターになります。実演はできませんが可動部分は動かしてもらっても構いません」

2コの切れ目それぞれに包丁の先端後端を入れ、スポンジケーキを切るとその高さに切れる。明治時代、ショートケーキは最新流行のスイーツだった。

 お店のベルが鳴る。新しい客が入ると奥で鳴る仕組みらしい。振り向くと1つ目の豚顔の料理人らしき男がいる。

「ははあ、妖怪の店らしい客だ」

後で聞いたら豚妖怪は路地の料理店のシェフだそうだ。こんな男がニンゲンの料理を作っているなどとは誰も思わない。客が店のトイレを使っている時は深雪の店のを借りにくる。助言してくる。

「叔父さん、そんな差勁(ちゃち)な物買っちゃ駄目よ。ケーキ素地の両端にさいばし2本を置いてその上に包丁を滑らせれば、1枚ずつ切って同じことができるんだから」
「あちらこちらの洋菓子店では使われている物です。粗悪品ではございません」

客は深雪と豚妖怪の話を聞き比べる。もっともなことを言うと思いながら、結局は別の品物を手に取る。深雪は商売に邪魔なこいつを凍らせてやろうか、真剣に悩んでいた。

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