第12話(2)嵐の前のパーティ
それから約一週間が経った。
「本日はご多忙の中、お集まりいただきありがとうございます。それではこれよりレセプションパーティを開催いたします。本日、司会進行を担当させていただきます……」
鹿児島市内にある高級ホテルの大ホールで、慣れた様子の司会者の開式宣言により、パーティが始まった。フォーマルスーツに身を包んだ隼子が呟く。
「……こういうセレブな雰囲気はやっぱり慣れへんな……ん?」
「流石に旨いな、高級ホテルの料理は……」
「お肉がジューシーだね~」
「まだ食うなや! 乾杯してからや!」
隼子が両脇に立つ二人を注意する。
「そうなのか……」
「ったく、保護者の気分やわ……」
隼子は頭を抑える。
「それでは開会にあたり、主催者を代表して、高島津社長代行よりご挨拶がございます。高島津社長代行、よろしくお願いします」
司会に促され、長い黒髪を背中の辺りで一つに束ね、赤いドレスに身を包んだ眼鏡をかけた若く美しい女性が壇上に上がって、挨拶を始める。
「只今ご紹介に預かりました、社長代行の高島津伊織(たかしまづいおり)です。本日は……」
挨拶する女性を見ながら、大洋が呟く。
「……大企業の社長というのに随分と若いんだな」
「今、代行って言うてたやろ。あの人は社長の娘さんや」
「……現在父はぎっくり腰で療養中でございまして……え? それは言わなくていい? え? こっちを見なくていい? し、失礼しました! え、え~っとですね、あら? 何を話していたんでしたっけ? ……」
大企業の令嬢とはいえ、こういう場にはまだ不慣れなのか、壇上でアタフタとする伊織の様子に会場から笑いが漏れる。閃が隼子に囁く。
「天然系の人なのかな~。でも、皆好意的な反応だね」
「美人さんは得やな……って、オーセン、なんやその手に持っているのは?」
「え? ワイングラスだよ。そろそろ乾杯でしょ?」
「アンタ、18にもなってへんやろ。良い娘はオレンジジュースでも飲んどき!」
「え~ケチ~」
「ケチちゃうわ!」
「……長として普段は仕事をこなしておりまして、一時的な代行とはいえ、社長というのは大変だなと思う、今日この頃でございます……」
「あ、聞き逃した。なあ、今何長って言うた?」
閃からワイングラスを没収した隼子は大洋に問う。
「館長と言っていたぞ」
「館長?」
「確か博物館だか記念館とかも持っているし、そこの館長さんとかなんじゃない?」
「あ~そういうことか……って納得してもうたら悪いか」
閃の言葉に隼子は頷く。伊織のたどたどしい挨拶も何とか終わり、会は進行し、乾杯も終わって、司会が告げる。
「それではこれよりしばしご歓談のお時間とさせていただきます」
隼子が大洋に尋ねる。
「っていうか、アンタよくスーツとか持っていたな? フンドシ姿で現れたらどないしようかと思うたで」
「正直ギリギリまで迷ったんだが……」
「迷うな! 冗談で言うたのに!」
「用意してもらったんだ」
「誰に?」
「ナーにだ」
大洋がパスタを頬張りながら壁際に立つ二人を指差す。
「え⁉ マッチョフェアリーに⁉ どうやって?」
「うん? よく分からんがスーツの画像を見せたら、なんかチャチャっと出してくれたぞ。自分たちの分も含めて」
「魔法使えんのかい……便利なやっちゃな」
「非科学的だね~今更だけど」
隼子と閃が呆れ気味に壁際の異世界コンビを見つめる。二人は何やら話している。
「いや~こっちの料理もなかなか旨いな! 気に入ったで!」
ナーが料理を片手に、壁にもたれかかる美馬に話しかける。
「それは良かったな……」
「なんや暗いの~」
「俺がこういう場を好まないのはよく知っているだろう……」
「ほんなら何で来たんや?」
「付き合いだ、今は二辺工業の関係者ということになっているからな」
「そういうことやなくて、別にサセボに残っていても良かったんちゃうかって話や」
「……“二度あることは三度ある”」
「え?」
「この国のことわざだ……俺は部屋に戻る。お前も適当に切り上げておけ」
「お、おい、ちょっと待てや、なんや始まるみたいやで?」
ナーは壇上を指差した。
「ご歓談中ではございますが、ここで明日の壮行試合に出場するロボットパイロットの皆さま方に一言ずつご挨拶を頂きたいと思います。では第一試合に出場する(有)二辺工業さま、どうぞお願いします」
「は、はい! 二辺工業所属、飛燕隼子です。長崎代表として恥ずかしくない試合が出来ればと思います。よろしくお願いします」
「桜花・L・閃で~す。以下同文~」
「そんな挨拶あるか!」
「疾風大洋です。頑張ります……」
「ぶ、無難に終わらせたな」
「なんか芸でもやった方が良かったか?」
「せんでええねん……!」
隼子のツッコミも全てマイクが拾ってしまい、会場には苦笑が漏れた。司会が続ける。
「で、では続いて一八テクノ(株)さま、お願いします」
「……一八テクノ所属の海江田啓子です。全力を尽くします」
「……水狩田聡美。頑張ります」
「二人も来ていたんですね?」
隣に立つ大洋が小声で話し掛ける。海江田が首を窄めながら答える。
「乗り気じゃなかったんだけどね~会社の意向だから致し方ないよ」
「眠い……帰りたい……」
水狩田が気だるげに呟く。司会がトーンを一段上げて紹介する。
「さあ、続いては第二試合に出場の(株)高島津製作所さま! よろしくお願いします!」
「よっ!」
「待ってました!」
客からの歓声が飛び交うなか、小柄な体格の黒髪ツインテールの美少女が両手を上げてそれに応える。
「え~っ応援あいがと! 改めまして、うちは高島津幸村(たかしまづゆきむら)! 明日はロボチャン全国大会へ向けて派手な試合をしょごたっ! 期待したもんせ!」
幸村と名乗った少女は拳を豪快に突き上げる。客から拍手と歓声が飛ぶ。
「女の子⁉」
大洋が驚く。隼子と閃が囁く。
「なんや、知らんかったんか?」
「あれでも九州を代表する天才パイロットだよ~」
「高島津ってことは……?」
「そうや、社長さんの娘。高島津三兄妹の末っ子や。確かまだ15歳やったかな」
「そ、そうなのか……」
戸惑う大洋をよそに、司会は進行を続ける。
「それでは最後に(株)博多アウローラさま、お願いします」
スキンヘッドの痩身かつ長身の男性がマイクを手に取る。
「……高島津さんに一つお願いがあります……」
幸村に向かって、男が呟く。会場がざわつく。
「ないね?」
「明日の試合形式ですが、4チームのバトルロイヤルにしませんか……?」
「? よう分からんが、面白そうやなあ、よかじゃ」
「何⁉」
「承諾しよった⁉」
大洋と隼子が驚く。会場もざわめく。
「良かった……もう一つお願いが……」
「ないね? 言うてみ?」
「明日僕らが勝ったら、ロボチャン全国大会の出場枠を譲ってもらえませんか?」
「なっ⁉」
「いや、アンタん所は一回辞退したやろ! 無茶苦茶や!」
大洋は再び驚き、隼子は堪らず声を上げる。会場のざわめきはさらに大きくなる。
「はっはっはっ!」
幸村が高らかに笑う。会場の注目が集まる。
「そげなケチくせこと言わず、もしもアンタらが勝ったら、残りの3チームは全国大会出場を辞退してやっ!」
「「「ええっ⁉」」」
幸村の言葉に会場中が驚く。