第12話(1)突然のお誘い
「壮行試合?」
「ええ、『当社は約二か月後に控えたロボットチャンピオンシップ全国大会へ向けての特別壮行試合を開催したいと考えております。昨今の情勢の関係上、なかなか他地域の企業・団体等との模擬戦等は実現し難い面があります。そこで同じ九州の代表として、是非とも貴社の御参加を賜るとともに、交流を深めたく存じます』と高島津製作所さんから打診があったわ」
大洋の問いに二辺工業の三代目社長である二辺弓子は手元のタブレット上に記載されたメッセージを読み上げた。
「高島津製作所……鹿児島県代表で、全国大会常連の大企業ですね」
隼子が呟く。大洋が質問する。
「打診を受けるんですか?」
「ええ、そのつもりよ。何か異論ある、大洋くん?」
「い、いえ、自分は特にありません」
「そう。閃ちゃんはどうかしら?」
閃は髪の毛を指先でいじりながら答える。
「……当社の演習場を使用しての試験戦闘などにはどうしても限界があります。しかし、先方の言葉通り、他地域の企業との模擬戦を組むのも困難。そこで、この壮行試合の申し出は正に渡りに船。機体の問題点を洗い出すにはやはり実際に戦闘するのがベストです。今回の打診を受けることに開発部主任研究員としても異論はありません」
「うんうんうん」
閃の言葉に弓子は満足気に頷く。そして隼子の方に顔を向ける。
「隼子ちゃんも良いわよね?」
「社長の判断に従うまでです。それで……開催日はいつでしょうか?」
「今週末よ」
「ず、随分唐突ですね⁉」
「まあ、あちらさんにも色々と都合があるんでしょ? ちなみに会場だけど桜島を一望出来る、鹿児島湾内に特設された海上の舞台ですって! 大企業はやることがスケールデカいわよね!」
「つまり鹿児島に向かうわけですか……移送などの手配は間に合いますかね?」
隼子の問いに弓子は軽く両手を振る。
「心配ご無用。機体移送用の船などは明日にでも出港出来ますって。宿舎についても高級ホテルを用意してくれるそうよ。御社の社員皆様が全員いらっしゃっても構わないですって。折角だからお言葉に甘えちゃおうかしらね?」
「こ、この地域周辺の防衛はどないするんですか?」
慌てる隼子に社長秘書の吉川が口を開く。
「既に防衛軍には通達済みで了解を得ています。その点に関しては心配ありません……勿論、流石に社員全員で向かう訳ではなく、何名か留守番をしてもらうことになりますが」
「ちぇ~何年かぶりで泊りの社員旅行が出来るかと思ったんだけどな~」
弓子は口を尖らせる。
「し、しかし……」
「ん? 隼子ちゃん、まだ気になることがあるの?」
「強豪相手に対策を練るには少し時間が足りないかと……」
「え? 隼子ちゃん、もしかして勝つつもり?」
「そ、そりゃあやるからには」
隼子の言葉に弓子はフッと笑って片手を振る。
「そんなのいいの、いいの~。とにかく怪我だけしないように気をつけてもらえば」
「そ、そんな!」
弓子は人差し指を立てて、隼子を制する。
「隼子ちゃん、貴女、目的を履き違えているわね」
「は、はい?」
「吉川、説明してあげて」
「はい……今回の壮行試合ですが、九州中のロボット開発研究の企業・団体・組織の関係者を多数招待されるとのことです。関連企業の方々もまた多くいらっしゃるそうです」
「と、言いますと……?」
弓子が両手を腰につき、仁王立ちして言い放つ。
「今回の壮行試合、勝敗は二の次、三の次! 大事なのは『コネづくり』よ!」
「は、はあ……」
「我が社にとって戦場は壮行試合前日に行われるレセプションパーティ! 今後の二辺工業の命運がそこに懸かっていると言っても過言ではないわ! ……という訳で話は以上よ、時間を取らせて悪かったわね、下がって良いわよ」
「は、はい……」
「失礼します」
「失礼しま~す」
一礼して社長室を出ていく大洋と閃を慌てて追いかける隼子がハッと振り向いて吉川に小声で尋ねる。
「吉川さん、もしかしてなんですが……」
「……お察しの通り、『今週のラッキーパーティ』が〝レセプションパーティ“だったので上機嫌なのだと思われます」
「だから何なんですか、その限定的な占いは……」
「あ、そうだ、隼子ちゃん、パーティで着るドレス貸す? 良い人見つかるかもよ~」
「は、はははっ、折角ですが遠慮しておきます。失礼します!」
社長室を出て、廊下を歩きながら大洋が話す。
「社長は先日から機嫌が良いな。俺たちのことも下の名前で呼ぶようになった」
「一応、会社の利益に繋がる結果を出したからね。露骨だけど、私は嫌いじゃないよ」
閃はそう言って笑う。二人の後ろを歩く隼子がブツブツと呟く。
「納得いかんな……」
「何がさ、ジュンジュン? 名前呼びが気に障ったの?」
「それはええねん、むしろそっちの方がええわ。壮行試合のことや……」
「ああ……」
「二人ともそれでええんか? やるからには勝ちを狙うべきやろ!」
「勿論そのつもりだが?」
「え?」
大洋は何を言っているんだという顔で隼子を見つめる。隼子は閃の方を見る。
「有効なデータを得た上で勝利……それが最良のシナリオだよね~」
「さ、さよか。それやったらええわ」
隼子は安心したように頷く。そこに目の前から勤務医の真賀琴美が歩いてきた。
「あ、先生、こんにちは」
隼子が頭を下げる。
「こんにちは、パイロット三人ともおそろいで。体の調子はどうかしら?」
「お陰さまで大丈夫です」
「ウチもです」
「……異状な~し」
「それは何よりだわ。何かあったらすぐ言って頂戴ね」
「はい、ありがとうございます。ところで先生、こんなところでどないしたんですか?」
「社長から呼び出しよ、パーティで着るドレス選ぶの手伝ってくれだって……」
真賀が参ったという様子で首を竦める。隼子が苦笑する。
「た、大変ですね」
「業務外手当もらいたいわね……あ、そうそう、あの二人組? 美馬くんたちを見かけたら医務室に来るように伝えて貰える? 簡単な診察だけだから安心してって」
「分かりました。伝えます」
「お願いね」
そう言ってウィンクして、真賀は社長室へ向かう。隼子が大洋に尋ねる。
「あの二人自由にうろついている様やけど、アテがあんのかいな?」
「端末の電源も切っていて、連絡つかないんだよね~」
「美馬はこの時間帯はよく釣りに行っている。ナーはジムだろうな、『こんな合理的な訓練施設、パッローナには無かったで! 活用せんと損や!』と目を輝かせていたからな」
「筋力トレーニングに精を出すフェアリーって、何か嫌やな……」