第10話(2) 整合性
「ふふっ、来たね、勇次君……」
山牙が槍を構え直してニヤリと笑う。
「お前……」
「勇次君……」
「愛、自分で治癒することもできるんだろう?」
勇次は山牙を見据えたまま、愛に尋ねる。
「え、ええ。でも私は大分消耗してしまって……気休め程度にしかならないわ」
「それでも構わない。俺はさっき治癒してもらったからな」
「これなら隊長の為に温存しておいた方が良いんじゃ……」
「隊長は大丈夫だ、あの人を信じろ!」
「!」
「そして俺も負けん! 勝つのは俺たちだ!」
勇次は金棒を構える。勇次の体の周囲に赤い気が漲る。それを見て山牙が笑う。
「あはっ! 良いよ、勇次君♪ 鬼の半妖の力、どんどん高まってきているよ! 頭の角も聞いていたよりも長くなっているね!」
「そうかよ!」
「おっと!」
勇次は金棒を振り下ろすが、山牙が後ろに飛んで躱す。
「良い一撃! 殺し甲斐があるってもんだよ!」
「それだ!」
「ん?」
「俺は一応根絶対象から外れているんだろう? 何故お前は俺を殺そうとする?」
勇次は金棒を山牙に向ける。
「……ひょっとして怖いの?」
「そりゃわけも分からず殺意を向けられたらな」
「子供の頃さ、短い間だったけど同じ小学校だったんだよ……アタシと勇次君」
「何だと?」
「学校の近所の公園にアタシが可愛がっていた野良犬がいたの……でもある時、意地悪ないじめっ子たちがその犬を寄ってたかっていじめていたの、その頃のアタシにはどうすることも出来なかった……」
「……」
「そのいじめっ子たちを勇次君が追い払ったの! 恰好良くて優しい人だと思った……大袈裟じゃなく眩しい存在に見えたんだよ。この間、長岡の駅前でも尚右にも優しく話しかけていたよね? ああ、この人変わっていないってすごく嬉しかったんだ……」
「あの時か……」
「だから殺すの、アタシの手で」
「ちょ、ちょっと待て! 全然話が繋がっていないぞ! 整合性が無い!」
勇次は左手を前に突き出し、山牙を落ち着かせようとする。山牙は首を傾げる。
「整合性なんて必要ある?」
「大いにある!」
「う~ん……知らないと思うけど勇次君はね、世にも珍しい鬼の半妖ってことで、色んなところから色んな意味で狙われているの」
「そ、そうなのか?」
「……っていうのはどうかな?」
そう言って、山牙は舌を出す。勇次は声を荒げる。
「どうかな? ってなんだよ⁉」
「半分アドリブ、今考えた」
「アドリブで殺そうとするな!」
「細かいことは気にしない、気にしない♪」
「気にするだろ!」
「まあ、下手に抵抗しないでくれたらすぐ終わるから」
今度は山牙が襲い掛かり、槍の突きを連続で繰り出す。勇次は金棒でその連続攻撃をなんとか受け止める。攻撃を続けながら、山牙が感心する。
「反応がさっきより良くなっているね!」
「答えを聞いていないぞ!」
「答え?」
「半妖としての俺の存在が珍しいっていうのは隊長から聞いたことがある! それが理由で狙われているというのも分かった! だがそれでお前が俺を殺しにくるっていうことにはならないだろう!」
「アタシが守ってあげたいって思ってさ!」
「は?」
「アタシが勇次君のこと殺しちゃえば、誰にも狙われなくなるでしょ? つまりイコール守ってあげたってことになるじゃん!」
「そのイコールは成り立たんぞ!」
勇次は金棒を思い切り振り回し、山牙の槍を弾き飛ばす。
「くっ!」
「させん!」
山牙が急いで槍を拾いに向かう。勇次はその背後を狙うが、山牙はそれに対応する。
「山壊!」
「どわっ⁉」
山牙が地面を力強く踏むと、その周囲が僅かにではあるが崩れる。それに足を取られて勇次はバランスを失い、体勢を崩してしまう。山牙は槍を拾うと、そんな勇次の様子を見て笑みを浮かべる。
「ふふっ、これでお終いだよ!」
「っ!」
山牙が飛び掛かり、槍を突き出す。絶体絶命の窮地に立たされた勇次は一瞬意識を失うがすぐに目覚めると、山牙をキッと睨みつける。
「『鬼瓦』!」
「⁉」
勇次の放つ、まさしく鬼の様な眼光を受け、山牙は思わずその動きを止めてしまう。
「な、なに、この気迫は⁉ ……足が震えている⁉ アタシがビビッているというの⁉」
「急激な妖力の高まり……また一段階、目覚めた……?」
戦いを見つめていた愛が呟く。
「ふん!」
「どわっ⁉」
勇次が少し力を込めただけで、山牙が吹っ飛ばされ、近くの木にぶつかる。その場に立ち尽くしていた勇次がハッと我に返る。
「ん? ど、どうしたんだ、俺は?」
「くっ……ヤバ過ぎるよ勇次君……ここで終わらせてあげる!」
「ちっ!」
「そこまでよ」
「何⁉」
突如現れた雅が山牙の突き出した槍の刃先を左手の指二本で受け止める。
「山牙ちゃん、やはり正気を失っているわね。これ以上は流石に危険だわ。貴女は失格扱いとします。槍を下ろしなさい」
「はあ⁉ なんなのオバさん⁉ 邪魔しないでよ!」
「オバさん? 誰のことかしら?」
微笑をたたえながら、雅が首を傾げる。
「アンタのことよ! どこからどう見たって18歳の醸し出せる貫録と雰囲気じゃないし! どうせ術でも使っているんでしょ⁉ その短いスカート、若作りが見苦しいのよ!」
「……永久の18歳と言ったでしょ? お姉さんと呼びなさい……」
「! なっ⁉」
山牙の持つ槍が刃先から塵と化していく。山牙は驚いて槍を手放す。
「少しお仕置きよ」
「うっ!」
雅が一瞬で距離を詰め、山牙の額を右手の人差し指でデコピンする。山牙は気を失って倒れ込む。それを勇次と愛は茫然と見つめる。振り向いた雅は微笑を崩さずに告げる。
「さてと……隊長対決の様子でも見に行きましょうか?」