第10話(2)それにしても女の勘はないやろ
「目標のティーア・イ島、見えてきました」
兵士の報告を受け、モニターを確認した小金谷が頷く。
「うむ!」
会議から数時間後、GofE指揮下の混成部隊が太平洋上に浮かぶ島、ティーア・イ島の近くまで到達した。
「僅かな時間で着いたな……」
大洋が感心したように呟く。
「そりゃあ、なんと言ってもGofE自慢の最新鋭の高速戦艦やからな!」
何故か隼子が誇らしげに胸を張る。現在二人は戦艦の甲板の上に立っていた。
「船酔いは治まったのか?」
「そのワードを出すなや、思い出すから……今は気力で誤魔化しとんねん」
「それはすまない」
「アンタは平気そうやな?」
「名前が〝大洋“だからな……もしかしたら記憶を失う前の俺は海の男だったのかもしれんな。焼きそばも好きだしな」
「焼きそばの好き嫌いは知らんけど……成程、“大きな洋”やからな、あながちその考えは間違ってないかも知れんで?」
「いや、待てよ? 焼きそばを嫌いな奴なんてそもそもいるのか……?」
「何に引っかかっとんねん……」
見当違いの自問自答を始めようとした大洋を隼子が注意する。
「歯に青のりが付くから嫌い……」
「いやいや、味で判断しなよ」
大洋たちが振り向くと、そこには水狩田と海江田が立っていた。
「あ、あれ? お二人はブリッジに呼ばれていませんでした?」
隼子が艦の高所に位置する艦橋を指差す。水狩田が気怠そうに答える。
「抜けてきた」
「いや、抜けてきたって……作戦の最終確認中でしょ?」
「戦況なんてどうせその都度変化する……要点さえ抑えておけばいい」
「そ、そういうものですか?」
戸惑う隼子に海江田が自分の頭を指でつつきながら答える。
「島の地形、周辺海域の深度や海流、敵基地の戦力などは頭に入れてある。問題ないよ」
「も、問題あると思いますが?」
「問題が生じたら、その時はその時だ。何事も臨機応変にだよ。それに……」
「それに?」
大洋が尋ねる。海江田は隣の水狩田に目をやる。水狩田が呟く。
「あそこは嫌な予感がする……」
「水狩田の嫌な予感は困ったことに大抵的中するんだ。だから甲板に降りてきたってわけ」
そう言って海江田は大げさに両手を広げた。隼子が眉をひそめる。
「そんなん、なんぼなんでも自由過ぎませ……⁉」
突如爆発音が響き、艦橋が炎上した。
「敵襲⁉」
「どこからだ⁉」
驚く大洋たちとは対照的に海江田たちは冷静な態度を崩さない。
「まあ、島が見える位近づいて、何も仕掛けてこない訳ないわね」
「まず指揮系統を破壊する……理に適っている」
「感心しとる場合やないですよ! 艦橋が……!」
海江田は隼子の口元に人差し指を当てて、もう片方の手を自身の耳にあてる。
「……第一艦橋炎上につき、現在消火中! 艦長らは無事! 但し、こちらでの作戦指揮継続は不可能! よって指揮所を第二艦橋に移す! 各員は直ちに迎撃行動をとること! 繰り返す……」
ブリッジクルーの声が艦中に響き渡る。
「……だってさ」
「行くぞ、隼子! 出撃だ!」
大洋が機体の収容場所に向かって走り出す。
「ちょ、ちょっと待ってえな!」
「水狩田、私らも急ごうか、機体に乗っていた方がいくらか安全だ」
「……ラーメン」
「え?」
「私の予感が的中するかどうかの賭け……当たったから私の勝ち。一食おごり」
「ち、忘れてなかったか……」
大洋が電光石火の下へ着くと、閃がコックピットから顔をひょこっと覗かせた。
「遅いよ~二人とも。一人で出ようかと思ったよ」
「閃! 無事だったか!」
「攻撃を受ける直前にレーダーが敵の接近を察知したからね。ギリギリセーフだったよ」
「最新鋭のレーダーでも探知が遅れたんか⁉」
「高度なステルス機能を有した機体での攻撃だね~。恐らく空中から……」
「空から⁉」
「またトビウオ型かいな⁉」
「さあ? それはどうかまだ分からないな~。取りあえず飛ぶ相手には飛行モードで対応と行こう。ジュンジュン、頼んだよ」
「了解! 電光石火、発進すんで!」
隼子はカタパルトに機体を移動させて、勢いよく飛び上がった。
「さあ、どこからでもかかってこいや! ……ってうおおっと⁉」
威勢良く叫んだ所に攻撃を喰らい、電光石火はバランスを崩す。
「レーダーでは探知不能だ!」
「ほ、ほんまにどこからでもかかってくる奴がおるか!」
「ジュンジュン、理不尽」
「うるさいな! 自分でも無茶苦茶言うてる自覚はあるわ!」
喚く隼子を余所に、大洋が閃に問う。
「相手は正に透明機体のようだ。どう対応する?」
「う~ん、頼みのレーダーも使えないんじゃなあ~。ただ……」
「ただ?」
「今の攻撃はミサイルやビームの類の攻撃ではなく、機体ごとぶつかってきたような衝撃だった。つまり、次も接近してくるはずだよ」
「近づいてきた所を叩くわけだな!」
「どうやって接近を探知すんねん!」
「そこはその、あれだ……女の勘って奴を働かせてくれ」
「今出勤しとるとは限らん!」
「相手が見えた瞬間に撃つ……女スナイパーだね、カッコいい!」
「おだてても無理なもんは無理や!」
「落ち着け、ひよっこ共! 対処法はある!」
電光石火のコックピットにダミ声が響き渡る。
「小金谷さん⁉ 単独で出動したんですか⁉」
「空中での小回りはこいつの方が利く! 問題ない!」
赤いカラーリングの戦闘機に乗った小金谷が答える。
「た、対処法とは⁉」
「こういうことだ!」
小金谷は四方八方に弾を発射する。閃が思わず声を上げる。
「ペイント弾!」
赤の塗料がたっぷりのペイント弾を受けた相手の機体が、空中にその姿を現す。
「あれはエイ型ロボット⁉ トビウオ型よりデカいな!」
「姿が見えたらこっちのもんや!」
隼子は電光石火の両肩のキャノンを発射し、敵機を撃ち落とした。
「ありがとうございます! 小金谷さん!」
「これが経験の成せる業だ! 驚いたか!」
「ええ、驚きました。余りにも古典的過ぎて、逆に思い付きま……!」
「べ、勉強させてもらいました!」
隼子はシートから飛び掛かる勢いで閃の口を塞いだ。