第10話(3) 対常磐野学園戦前半戦~終盤~
23分…常磐野、左サイドで朝日奈が倒されFKを獲得。キッカーは豆。ニアサイドに速いボールを蹴り込む。それを受けた栗東、胸トラップからオーバーヘッドでゴールを狙う。ボールはクロスバーに当たって、上に外れる。
「あ、危なかった……」
「流石はFW出身。ああいったプレーもお手のものですか……」
「ち、ハデなことをして目立とうってか?」
「アンタにだけは言われたくないでしょうね」
菊沢が並んでベンチに座る龍波に突っ込む。
25分…常磐野、オーバーラップしてきた地頭のクロスを姫藤がブロック。ゴールラインを割り、右サイドからのCKを獲得。豆のキックは中央の本場にピタリと合うが、本場の放ったヘディングシュートはゴール前でストーン(セットプレーの際にゴールのニアサイド側を守る選手)に入っていた池田がブロック。こぼれ球を永江がすかさず抑える。
危なかったです。今は完全に本場さんがフリーでした。永江さんがDF陣に声を掛けて守備位置について確認します。自陣に戻る豆さんがすれ違いざまに私に声を掛けてきました。
「あらあら~? もしかして1点で満足しちゃう感じ~?」
27分…常磐野、豆が右サイドに浮き球のパスを送る。中央から右サイドに流れてきた天ノ川が神不知火と競り合う。こぼれたボールを小宮山が拾い、中に切り込んで左足でシュートするが、谷尾が体を張ってブロック。左に転がったボールは朝日奈のもとに。
ペナルティーエリアの右上辺りでボールを足元に収めた朝日奈。左右に揺さぶりをかけるが、対峙する池田も簡単なフェイントには引っかからない。
「~~~!」
痺れを切らした朝日奈がシュート体勢に入る。小柄な体格だが、この位置からでも十分ゴールを狙える。池田も即座にシュートブロックに入ろうとした。その瞬間、常磐野MF押切が猛然と後方から走り込んできた。朝日奈はシュートを選択せず、自身の斜め前に走る押切へ強いグラウンダーのボールを送る。このボールを押切はスルーを選択した。
(しまった! 釣られた!)
押切に即座に体を寄せていた丸井と脇中だったが、まんまと出し抜かれた形となってしまった。ボールは押切の右から走り込んできた天ノ川の元に転がる。シュート体勢に入る天ノ川。すかさず、谷尾がブロックに入る。しかし、驚くべきことに天ノ川もシュートをせずに、スルーを選択したのだ。転がるボールの行く先には一人の常磐野の選手の姿があった。
「コロコロコロコロと、都合よく転がってきてくれるわよね~」
ペナルティーエリア内でまんまとボールを受けた豆は悠々とキックモーションに入り、ゴロのシュートを仙台和泉ゴールへ落ち着いて流し込んだ。これで1対1。スコアは同点。
「さあ~前半の内にさっさと逆転しちゃいましょ~」
豆は自身のチームメイトを鼓舞するだけではなく、仙台和泉の選手たちにも聞こえるように言った。自分を睨み付ける相手選手が意外と多かったことに、豆はむしろ満足した。
(ふふっ、そうこなくっちゃね~このままじゃ面白くないものね~)
29分…常磐野、自陣でパスをカットした栗東がそのままドリブルで持ち上がる。小宮山とパス交換をしてミドルシュートを放つが石野がブロック。
31分…常磐野、ロングパスを天ノ川が豆に落とす。豆が相手を引きつけて横パスを送る。走り込んだ結城がミドルシュートを放つ。低い弾道のシュートは永江が抑える。
33分…常磐野、巽のロングパス。右サイドに流れた天ノ川がこれを受けて、中央にパスを送る。小宮山が右足でシュートを放つが、神不知火が防いでCKに。
34分…常磐野、右サイドからのCK。豆が短く出して、地頭が低いクロスを送り込む。ニアサイドで受けた栗東が頭で逸らし、本場が合わせようとするも谷尾がクリア。
35分…常磐野、結城がパスカット。即座に豆に繋ぐ。豆、ダイレクトで前方の小宮山に送る。小宮山、中央寄りでボールを受ける。前を向いて、神不知火をかわしにかかる。
小宮山が鋭いステップから神不知火の左側を抜き去ったと思われたが、神不知火が粘り強く足を伸ばし、ボールを奪いにかかる。小宮山は苛立った様子を見せつつ、体勢を立て直す。
(何なんこいつ? さっきから全っ然振り切れんのやけど)
右サイドから地頭がオーバーラップしてきた。小宮山は一瞬中に切れ込むと見せかけて、外側の地頭にパスを出す。地頭がすぐさま低いクロスを中央に送り込む。このボールを、脇中が跳ね返す。しかし、クリアは不十分で、押切の足元に収まる。丸井が素早く体を寄せる。
(天ノ川に縦パスを入れようと思ったが、そのコースは丸井に切られているか……ならば!)
押切は浮き球のパスを選択。ボールは左サイドの朝日奈の元へ。ペナルティーエリアの近くで池田と対峙する。朝日奈は中央にカットインを試みるが、池田が反応し、石野も体を寄せる。挟み込まれる形となったため、朝日奈は一瞬動きを止める。そこに結城が猛然と駆け上がってきてバイタルエリアに侵入する。石野と池田の脳内にやや混乱が起こる。
(そこに6番⁉ 7番はどこだし⁉)
(強引にシュートと思ったらパスかなー?)
(良く走ったわ、美菜穂! 後で褒めてあげるわ!)
僅かに生じた隙を見逃さず、朝日奈が縦に抜け出す。ボールは池田の股下を抜け、ペナルティーエリア内に転がる。やや長かったが、ゴールエリア(ペナルティーエリアの内側にあるエリア)の手前約右三〇度の位置で朝日奈が追いつく。左足でシュートと思われたが、脇中が阻止に入る。朝日奈はシュートモーションを止め、中央に目をやる。右足で天ノ川か小宮山へのパスを出すだろうと、脇中もその後ろのGK永江も判断する。しかし、朝日奈は再び左に切り替えて、狭いスペースに入り込み、左足でシュートを放つ。
(シュートだと⁉ コースがあるのか⁉)
朝日奈が撃った強烈なシュートは、永江の伸ばした両手の上を抜け、ゴールネット上方に突き刺さった。スコアは2対1。常磐野の逆転である。そのまま主審が長い笛を吹いた。前半終了のホイッスル。10分間のハーフタイムである。
「ナイスですよ~美陽さん~」
「ええ、良く決めてくれたわ~まさに捻じ込んだ! って感じだったわね~良い娘、良い娘」
「ええーい! 皆で頭をポンポンしないで頂戴! なんか腹立つ!」
逆転された側とした側。ロッカールームに戻る両軍の様子は対照的だった。
<常磐野ロッカールーム>
「前半の内に逆転出来たのは良かったな」
常磐野の監督、高丘は簡潔に前半を振り返った。そして後半の戦い方に関して、いくつかの修正点を提示した。
「とは言っても、ゲームプラン自体に大きな変更は無い。強いて言うならば……後半の早い時間帯に1点獲れ! それで相手の心は折れるはずだ。本場!」
監督に促され、キャプテンの本場が立ち上がる。ロッカールームをゆっくりと見渡しながら、チームメイトたちに声を掛ける。
「仙台和泉、想像以上に強いチームだ……しかし、前半の内に逆転することができた。これは誇って良いことだ。我々が目指しているのは全国優勝。決して楽な道のりではないだろう。だが、こういった試合をしっかりとものにしていくことが我々の力になっていくはずだ。監督もおっしゃったように、後半立ち上がりが勝負だ。そこでもう1点取れれば、この試合はもらったも同然だ! 常磐野学園、気合い入れていくぞ!」
「「「オオォ‼」」」
常磐野イレブンの声がロッカールーム中に響き渡った。
<和泉ロッカールーム>
「1点リードを許しているというのは、勿論良くはありませんが、最悪ではありません」
ロッカールームの中央をゆっくりと歩きながら緑川が淡々と語る。
「こちらにとって悪くないということは、あちらにとって望ましくないということ……言うまでもないことかもしれませんが、次の1点が大事になってきます。向こうは後半早い時間帯で勝負にくるでしょう……こちらも堂々と受けて立ちます」
緑川が座っている菊沢と龍波の前で立ち止まる。
「大変お待たせ致しました。後半はお二人に存分に暴れてもらいます」
「へへっ、待ちくたびれたぜ! やってやろうぜ! カルっち!」
「いちいち叫ばなくても良いから……準備は出来ているわ」
「頼りにしています」
二人の返事に頷いた緑川は全員を見渡す位置に移動し、静かに檄を飛ばす。
「改めて言いますが、十分勝てるチャンスのある試合です。チーム一丸となって、絶対女王を倒しましょう。後三十五分間、皆さんの力を貸して下さい。仙台和泉、勝ちましょう!」
「「「オオォ‼」」」
仙台和泉イレブンの声がロッカールーム中に鳴り響いた。