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SNSの投稿には、烈が自作したと思われるミニチュアの楽器が並んでいたり、その小さな楽器を実際に演奏したりする動画があった。楽器は多岐に渡り、珠雨が演奏していたバンドネオンのミニチュアもある。
「あの、高遠さん失礼ですがおいくつですか?」
その画面を見ながら、禅一は何気なく尋ねた。傍で見ても年齢が判断出来なかった。
「今年で28ですが何故かもっと上に見られます。ひどい時には、小野田さんと親子に見られることも」
髭のせいだったのかもしれない。あとは醸し出す雰囲気のせいか、喋り方か。
先日麦が烈をおじさんと表現していたが、彼がおじさんなら禅一もおじさんだ。なんとなく悲しい。
珠雨がカップを載せたトレイを持ってやってきた。紅茶のカップが二つだ。禅一はどちらかと言うとコーヒー派なのだが、珠雨はそこまで気が回らなかったようだ。
「お待たせしました」
「珠雨もお座り。僕にわかるように教えてくれると嬉しいな」
禅一に許可を取るようなことでもないのだが、こうやって烈が挨拶に来ている以上、聞かないわけにもいかない。氷彩から預かっている手前、不明な点は把握しておいた方がいい。
「烈さんは、なんというか……バンドネオンを貸してくれた人で」
「うん、それはさっき」
「浅見さん、ご存知でしょうか。バンドネオンはほとんど市場に出回りません。オークションで高値がついたりして、素人が始めたいと思ってもなかなか手は出せない。私の作るミニチュア楽器は極力実物に近づけた音を出せる構造にしています。そのように作る為には実物を熟知する必要があります。実際のスケールで作成することも可能ですがそれでは私が作る意味がない。ミニチュアであることに意義を感じているからです。小野田さんには、人前で定期的にデモ演奏をして頂くという交換条件で、私のミニチュアの為に検体となってくれたバンドネオンをお貸ししています。それが先日のパフォーマンスです。またやりますので是非」
科白が長い。
ちら、と禅一が珠雨に目をやると、珠雨が頷く。
「バンドネオン欲しいってSNSで呟いたら、リプが返ってきて、それからやり取りするようになって……」
「珠雨がそういうの興味あったの、知らなかったから驚いたよ」
「元々中学から吹奏楽部には所属してて、楽器は好きだったんですけど……言う機会がなかったから」
禅一が知らなかったのは、珠雨の傍にいなかったからだ。別に責められているわけではない。知っているが、禅一は心が波打つのを意識した。
「えっと、それで高遠さん。念の為聞きたいのですが、珠雨と交際してるとかでは、ないんですよね? わざわざご挨拶に来られたので、こちらもそういう可能性を考えてしまうんですが」
「交際……?」
烈は何を聞かれているのだかわからないようで、しばらく中空を見つめる。珠雨が沈黙を破り、代わりに答えた。
「禅一さん、烈さんは人間に興味がない方なんです。楽器を愛しているんです。俺なんか論外です」
「そう……私は出来ることならヴァネッサと結婚したい。ただ彼女には戸籍がないので、今の日本では無理ですね」
「ヴァネッサというのは烈さんのバイオリンの固有名詞です。そこの椅子にいらっしゃいます」
「――あっ、そうなんだ」
色んな価値観があるのは禅一もわかっているが、にわかには信じられない嗜好だった。烈がバイオリンケースを持ってきたのは恋人同伴ということだったらしい。
「それは失礼しました」
奇妙な性癖を聞いて、珠雨がこの年齢不詳の男となんでもないことがわかり、禅一はほっとした。何故ほっとしたのだろう。