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先日、駅前で珠雨たちが演奏を行ったのには意味がある。
日にちに意味があるわけではない。定期的にやることに意味があるのだ。
|高遠烈《たかとおいさお》が古民家カフェ・ヒトエにやってきたのは、今日が初めてだった。バイオリンのケースを持ってやってきた烈を見た時、禅一はこの人は何をしに来たのだろう、と普段は思いもしないようなことを考えてしまい、なんとも複雑な気持ちになった。勿論ここはカフェで、お客として来店したのであれば大歓迎なのだが。
「禅一さん、この人は俺がすごくお世話になってる人で……|烈《れつ》さ……」
「高遠烈です。イサオは強烈のレツです。SNS上では読みを音読にしています。今日は浅見さんにご挨拶をしたく、参上しました」
珠雨が紹介しようとするのを遮り、自分で挨拶を始める。
丁寧なのだが、どこか変人の匂いがする。ほんの少し言葉を発しただけなのに、キャラが濃い、などと禅一に思わせる人物だ。
メンテナンスしたらわりといい男に仕上がりそうなのに、寝不足なのか目の下に隈が濃く出来ており、先日見た時と変わらず顎髭を生やしていた。
「ご丁寧にどうも……、浅見禅一です」
禅一は客商売で身に付いた笑顔で返す。
「私は小野田珠雨さんと一緒に、定期的に駅前でパフォーマンスを行っています」
「ああ、先日の。見ましたよ。素晴らしい演奏でした。……何かお飲みになります?」
「ではダージリンをいただけますか」
「珠雨、出来るかな? 淹れて差し上げて」
「は、はい。今」
珠雨は慌てて厨房へ向かう。烈は禅一を上から下まで検分するように眺めて、まるでここの主であるかのように「どうぞお座りください」と言った。仕方なく烈の向かいの席に腰を下ろす。
「小野田さんの使っている楽器をご存知ですか?」
「ええまあ。バンドネオンでしょう? 実物見たのは初めてですが、何故珠雨が?」
「あれは私がミニチュア楽器を作る為に入手したアンティークです。一度バラしましたが、ちゃんと音も出るしメンテナンスもしてあります。それを小野田さんに演奏いただいております」
「どういった経緯で?」
「SNS上に様々な自作品を上げています。これは私のアカウントです。小野田さんは私のフォロワーでした」
スマートフォンが禅一の前にそっと置かれる。
「ああ失礼」
画面が禅一の方向に向いていなかったので、すぐにくるりと回された。独特のテンポがある男だ。