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 禅一に子供が出来ないと言われ、しばらく無言で考えていた氷彩は、いきなり立ち上がると冷蔵庫からビールを二本持ってきた。

「飲も」
「……唐突ですね。飲まなきゃやってられませんか?」

 実際そうなのだろう。氷彩は答えずに立ったままビールを半分くらい喉に流し込んでから、ようやく禅一の前に座り直した。

「あのね浅見。別にあたしは子供が欲しいから君と結婚したわけじゃないの。浅見を好きになって、珠雨のパパになってくれたら嬉しいなって、思えたから。だって、すごく珠雨のこと理解してくれるでしょう? それって、浅見がなんちゃら症候群だからなの?」
「珠雨の例と僕の疾患を同一視されるのも危険ですけど、まあそうですかね。マイノリティという点においては」

 禅一はその勢いに少し気圧されたようだった。
「だから、子供が欲しいなんて言わないから、あたしの傍で支えて」
 一人では不安で生きてゆけない。
 理解者がいないと息が出来ない。


 ――それなのに。


「ねねね、調べたんだけど、クラインフェルター症候群。絶対子供が出来ないってわけじゃないみたいだよ! 不妊治療、やってみない?」

 何日かして、氷彩が自分なりに調べたらしい。珠雨が寝たあとに持ち出してきた話題に、禅一は目の前が暗くなるような感覚を覚えた。

「……いや、無理です。ないもんはないし。それに、わかってます? 出来たとしても顕微鏡受精とかになると思うし、金銭的にも、氷彩さんの体にも負担が」
「そういうのとりあえず置いといて。やってみないとわからなくない? 可能性があるなら、さ」

 すがるような目で訴えかける氷彩に、禅一は無理とわかっていたが、納得させてやる為に譲歩した。

「治療っていうか、じゃあ一度検査してみましょうか……あまり気は進みませんが」

 重たいため息をついて、禅一はその話題を終わりにした。
 氷彩が悪くないのは禅一もわかっていた。大切なことを黙って結婚した自分が悪いのだと理解していた。
 あまり期待を抱かせて、駄目だった時のことを考えると、更に気が重くなった。
 時折珠雨の口からこぼれる「兄弟がいたらなあ」という呟きは、悪気がないだけに辛かった。


 ――すべては珠雨の為に。
 少しずつ歪みが生じてきて、結局は別れるに至ったのだ。

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