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閉店後二階にある自宅に上がる前に、禅一はまず一階の浴室に向かう。ある程度リフォームはしたが、元々の間取りを活かしている為に一階にも生活に必要なスペースは残っている。
食品保存用のポリバックにタブレットを入れて洋画を流し、洗うところがなくなってからようやく浴槽に沈むと、無意識に深いため息が出た。
字幕は視界からシャットアウトし、演者の科白を聞き取ることに専念する。どちらにせよ眼鏡を掛けていないので、字幕はほとんど読めなかった。以前はコンタクトレンズを使用していたが、素顔だと年齢が実際より低く見えるらしく、ここ数年は眼鏡に切り替えている。
ロマンチックなラブストーリーは、現実の禅一にはあまり縁がない。
「実際こんな甘い科白を吐くものかな」
誰が聞くわけでもないのに、独り言が漏れた。海外の小説を翻訳していると、愛情表現が日本よりダイレクトだったりして、ギャップに悩むこともある。けれど現実を描いているわけではないのだから、ある程度は妥協出来た。
(久々にオプションやったから、疲れたな……しかしなんというブーメランを投げているんだろうか僕は……よく言う)
疲れたし反省点はあるが、まあまあ楽しかった。
女子高生と話せたのが楽しいわけではない。相手が誰でも、人の話を聞いてあげるのが好きだ。自分が体験していない感情をトレスできるからだ。それは日常を彩るスパイスだった。
珠雨もまた禅一にとっては日常を彩る存在だ。珠雨がいなければだいぶ色褪せた人生なのだろうが、それを本人に告げたりはしない。
(珠雨が来てから、毎日が結構楽しい)
春から居候している大学生は、バイトに入るのは一週間のうちの三日間という取り決めをしていた。
毎日束縛するのは可哀想だし、珠雨が入らない日にシフトを入れている、他のアルバイトの大学生もいる。だから他の四日間珠雨がどんなことをしているのか、禅一は良く知らなかった。出掛ける時も、場所や目的などは聞かない。
(氷彩さんに目の辺りが似てる)
かつて妻だった人を思い出した。縁があって結婚して、けれどあまり長続きもせず別れた。
あの時禅一は、今のような見た目ではなかったから、だいぶ印象が変わるだろう。もし珠雨が覚えていなくても無理はなかった。
(あ、そろそろ……病院行かないと……)
なんとなく体がだるくなってきて、少しだけ瞼を閉じた。