あれこれあれこれ その4
女の子の申し出を受けて、僕は思わず首をひねったわけです。
ちょっと気になったと、いいますか……
「あのさ、ちょっと聴いていい?」
「は、はい!?」
「君、どうして僕の名前を知ってたんだい」
僕はこのナカンコンベにやって来て間がないわけです。
先日の債権者会議に参加しましたけど、あの時の僕はドンタコスゥコ商会の関係者として参加していましたので、一切名乗っていません。
僕の記憶では、このナカンコンベ商店街組合に入ってからも自分の名前を名乗っていないはずですし、レトレも僕のことを「店長」としか言っていないはずです。
改めて見直して見ましても、僕はこの女の子に見覚えがありません。
初対面なのは間違いありません。
なのに……この女の子はどうして僕の名前を知っていたのでしょう?
その疑問から、この質問をしたのですが……
僕の眼前で、女の子は明らかにうろたえています。
ただ、どう言えばいいのでしょうか……
「あ……あの、それはそのですね……その、ま、街でお聞きしたのを覚えていたものですから……それで、そうかなぁ、と思ったわけなのですが……」
女の子は、狼狽しきった表情をその顔に浮かべながら、必死に言葉を取り繕っています。
ただ、その取り繕い方が下手といいますか、おそらくこの女の子は嘘をつくと言うことになれていないんだろうなぁ、という雰囲気がどこかしこからにじみ出ている感じなんですよ。
僕がそんなことを考えていると、後方にいるレトレが僕の背中をつんつんとつついて来ました。
で、そのまま受付台によじ登ると、レトレは台の上で膝立ちになって僕の耳元へ口を寄せてきました。
190cmを超えている僕に対して、レトレは140cmくらいしかありませんからね。
そんな僕の耳元で、レトレは
「店長さん。この子はどう考えても怪しいですです。とりあえずお断りになった方が無難ですです」
そう言うと、改めて女の子へと視線を向けていきました。
「お嬢さん、お名前は何というですです?」
「あ、わ、私、トルソナと申します」
「トルソナさんですです? では、まずは冒険者組合に登録をしてくださいですです。その上で、あなたに適した仕事を斡旋してあげるですです」
「え……で、でも……」
「いいからいいから、ほらほらですです」
レトレは、そう言いながらトルソナの手を引っ張りつつ、同時に僕の背を押しました。
その際、
「雇用の件はあとで斡旋するですです」
そう、僕の耳元で囁いたレトレ。
レトレが気を効かせてくれたわけですけど、まぁ、これでどう考えても怪しい女の子~トルソナを雇わなくて済んだわけです。
僕が店を出て行く際に、トルソナは
「ご、後生ですから~」
って叫んでましたけど……うん、確かに、悪い子じゃあなさそうなんだよなぁ。
本当に何か企んでるのなら、最後にこんな台詞言うはずがありませんからね。
ちょっとひっかかる物を感じながらも、僕は商店街組合を後にしていきました。
◇◇◇
僕が店に戻ると、ルア達が今日の作業を終えて片付けを始めているところでした。
さすがルアです。
すでに外観もかなり見た目が変わってきています。
屋根の上には乗降タワーを設置するための足場までしっかり組み終えていました。
「あ、店長、ちょうどよかった、これ」
そう言うと、ルアは僕の前で図面を広げていきました。
「建物の構造を元にして、若干設計図を手直ししてみたんだけど、どうかな?」
「うん、どれどれ……」
僕は、ルアと一緒に図面を確認していきました。
ルアの説明を聞きながら僕なりの要望を返していき、それを聞いたルアが図面を確認しなおしていきます。
まぁ、ルアの設計図がしっかりしていますので、修正する内容はほぼありませんでした。
「よしわかった! じゃあこの内容で工事をすすめるな」
ルアはそう言うと、笑顔で図面を片付けていきました。
そんなルアの横で、僕は店内を見回していきました。
痛んでいた壁や床板はすでに張り替えられていまして、店舗用の室内は見違えるように綺麗になっています。
乗降タワーの建築には若干時間がかかるでしょうけど、店そのものは、この調子だとかなり早くに稼働を開始出来るかもしれませんね。
僕は、笑顔で店内を見回していきました。
で、その視線が窓の外へと向いた時です。
窓の向こうに見慣れない荷馬車が通っていきました。
荷台部分が鉄格子の牢屋みたいになっている荷馬車です。
で、その中には、すごく露出度の高い衣装を身に纏った女の子達が、首に鉄の輪をはめられた状態でいれられています。足枷もされていて、その先には巨大な鉄球がくっついていますので、まともには走れない感じになっていますね。
「あれは一体……」
「あぁ、あれかい? ありゃこの先にある風俗街の宣伝だよ」
ルアは、そう言うと僕の肩に腕を回してきました。
「ああやってさ、新しく入った女の子を街中にお披露目してんだよ。風俗街のある街じゃ、普通に見られる光景だけどさ……店長、あんなのに目移りしてたら奥さんにドヤされるんじゃないのか?」
ルアはそう言うと、その顔にニマァっとした笑みを浮かべながら僕の脇腹をつついてきます。
もちろん、僕も風俗店を利用しようとか、そんな気は毛頭ありません。
ただ、その女の子の中に、見覚えのある顔があったような気がしたもんですから、つい視線がいってしまったんですよね。
で、僕は思わず駆け出しました。
そのまま店の外へ出ると、荷馬車はまだそんなに進んでいませんでした。
お披露目のためなのか、かなりゆっくり進んでいます。
で、そういう店を利用する気満々の男達が、その荷馬車へ好奇な視線を向けています。
その荷馬車の中に、トルソナがいるではありませんか。
「トルソナ?」
僕が声をあげると、その女の子は、ビクッと体を震わせてから僕へと視線を向けてきました。
「……あ」
その女の子は、僕と視線があうと、フイッと横を向きました。
間違いありません。
トルソナです。
「トルソナ、どうしたんだ一体? 商店街組合に登録したんじゃなかったのかい?」
「……あの……わ、私、そんなことをしてもらえる人間じゃないんです……もう、こうするしか……」
そう言うと、トルソナは顔を伏せていきました。
で、僕はさらに事情を聞こうとしたのですが、
「はいはい、お客さん。店の女の子にこれ以上近づかないでくださいねぇ」
「気に入った子がいましたら、今夜お店に来てくださいねぇ」
荷馬車を護衛しているらしい屈強なゴブリン2人に押しとどめられてしまいました。
ゴブリン達は、僕に「ランチーパ」と書かれたチラシを手渡すと、僕の肩を軽く叩いて『これ以上ついて来るんじゃないぞ』って意思表示をしてきました。
◇◇◇
どうにも、トルソナのことが気になった僕は、その足で商店街組合へと向かいました。
レトレに、トルソナがどうしてこうなったのかを聞こうと思ったわけです。
「レトレ、いる?」
僕は、商店街組合へ入るなりそう声をあげました。
すると、忙しそうに室内を動き回っている蟻人の群れの中から1人の蟻人が手を上げながら僕の元へ駆け寄ってきました。
「あぁ、店長さんご苦労様ですです。斡旋の準備はまだですですね」
「あ、いや、それよりもさ、トルソナのことを聞きたいんだけど……さっきトルソナが風俗の馬車で連れていかれてたんだけど……」
「あぁ、しょうがないですです。トルソナは借金を抱えていたんですです。しかもよからぬ業者からですです」
レトレが言うには、トルソナは諸事情でまとまったお金が必要になり、そのため僕が元いた世界で言うところのヤミ金みたいなところからお金を借りていたらしいんです。
「商店街組合では、正規の借金以外の借金を抱えている人間は、風俗店しか紹介出来ない規則になっているですです」
「その諸事情って?」
「それは最後まで言わなかったですです。なので、こちらもそれ以上は聞かなかったですです」
レトレは、そう言うとにっこり笑って
「店長さんの店には、変な店から借金をしていない、まともな子を斡旋するですです」
そう言ってくれたんですけど……なんででしょう……どうにも僕にはトルソナの事が気になるんですよね。
「……なぁ、レトレ。なんとかしてトルソナと話をすることは出来ないかな?」
「はい?」
「ちょっと事情を聞いてあげたいと思ってさ。あの子、そんな変なとこから借金するような子には見えなかったし……」
「それは私も思ったですです。でも、本人が頑なに何も説明しなかったですです。無駄だと思うですです」
「それでも、一度だけなんとか出来ないもんだろうか?」
僕が再度そう言うと、レトレは腕組みしながら考え込んでいきました。