第十四話『次の約束と馴染の喫茶店』
俺たちの前に現れたスズカの母親は、面倒を見てくれたことのお礼を言いながらペコペコと頭を下げた。ぱっと見の年齢は俺と同じぐらいに見え、身に纏う雰囲気や服装はどことなくおっとり目な印象だ。
どうやら二人は隣の博物館に来ていたようだが、途中目を離した隙にスズカがいなくなってしまったとのこと。活発なので目を離すといつもどこかへ行ってしまうそうだ。
話の途中でスズカという名の漢字が、鈴に花と書くということも知ることができた。よよぎという苗字は代々木という字で書くそうで、母親の名は楓というらしい。
「うちの鈴花がご迷惑をおかけしてしまいー、本当にすいません」
「いえいえ、こちらこそルインのお友達になって頂いて……」
気づけば互いにペコペコと頭を下げ、いえいえと言い続ける譲り合いが始まっていた。それをエリシャは不思議そうに眺め、ルインと鈴花は俺たちなど眼中にないように目の前に広がっている絵本を楽しそうに朗読していた。
少しして母親の楓が鈴花を連れて帰ろうとすると、ルインと別れたくないと大泣きした。ルインもその姿に感化されてしまい、泣きこそしなかったものの名残惜しそうに鈴花から手を離さないでいた。
他に人がいないこともあり図書館の受付人は暖かな視線を向けてくれたが、それでもあまり長く騒ぐのは良くない。せめて外に連れて行こうかと思っていると、意外にも最初に動き出したのはルインだった。
「スズカ、またいっしょにあそぼ」
「……ルインちゃん?」
異世界言語のままだったが、ルインはしっかりと鏡花に目を合わせて言った。すると鈴花は泣き止んでルインの言葉をしっかりと聞き、何となくでも意味を理解したのかコクリと頷いて握っていた手を離した。
「あのー、そちらのお子さんはなんと? わたし外国語には疎くて……」
楓が不思議そうにしていたので、再会の約束をしたのだと伝えた。すると何か考えるように口元に人差し指を当て、俺とエリシャに一つ提案をしてくれた。
「そういうことでしたらー、明後日の土曜日にでもまたここで集まりましょうか? もちろん、そちらのご迷惑じゃなければですが……」
「こちらこそ助かります。実は二人とも海外から来てまして、まだ日本語には慣れていないので、勉強がてら何度かここに来る予定だったんですよ」
「ではー、ちょうどいいですね。ご都合に良い時間は……――――」
そんなこんなで再会の約束を取り付け、二人は図書館を後にした。ルインも鈴花も最後まで手を振り続け、姿が見えなくなるまでお互いの名を呼び合っていた。
それから三冊ほどの絵本と子ども用の学習書を借り、俺たちは図書館を後にした。ちょうどお昼時なので、少し回り道して馴染の喫茶店に行くと決めた。
帰りはルインが自分で歩きたいと言ったので、真ん中に置いて俺とエリシャで手を繋いだ。そして図書館での出会いについて話ながら建物の敷地内を歩いていると、離れた場所の芝生に見慣れた人影があった。
それは昨日コンビニで出会った、大学からの腐れ縁である拓郎だ。拓郎は目の前に置いたカメラに目線を向け、芝生の上でくねくねと創作ダンスらしき変な動きをしていた。
「……何やってんだ、アイツ」
「レンタ、あの方はお知り合いですか?」
エリシャも気づいたようで、遠目に拓郎のことを見ていた。ここに二人がいなければ声を掛けたかもしれないが、今回はスルーを決め込むことにした。
「まぁ、友達ではある。ただ今は忙しそうだし、あっちから帰るとしよう」
「パパ、あのひとのうごきおもしろいね」
「うん、そうだな。でもルイン、お願いだからあの動きは真似しないでくれ」
くねくねしそうだったルインを抱え、エリシャの手を引いてこの場を後にした。ちらりと振り返ると、拓郎はダンスの決めポーズを取って高らかに叫びを上げていた。
「――――マイ、ラブ! ビィクトリー‼」
何が「私の愛の勝利」なのかは不明だが、拓郎はとても満ち足りた顔をしていた。
住宅街の脇道の一角に、目的の喫茶店はある。どこか昭和的な雰囲気を感じさせる洋風の店構えで、入り口前には手書きのおすすめメニューの看板が置かれていた。
まだ開店してさほど時間が経っておらず、中には俺たち以外の客はいなかった。店内に流れるのは落ち着いたオルゴールの音色で、壁には昔の広告ポスターや海外のアンティーク品やヴァイオリンなどが飾られている。
店主である白髭をたくわえた渋い風貌のマスターは、新聞から顔を上げて俺たちを見た。
「おや、煉太君かい。今日はずいぶんとにぎやかだね」
「なんというか、色々ありましてね。マスター、奥の席いいですか?」
「もちろんさ。今日は平日で人も来ないだろうし、ゆっくりと過ごすといい」
俺たちは一番奥のテーブル席に移動し、置いてあったメニュー表を眺めた。写真にうつっている物を簡単に説明してみると、二人はどれにするかと悩み始めた。
(……見ている位置的に、オムライスかハンバーグセットって感じかな)
そんなことを考えながら二人を見守っていると、マスターがテーブル前に現れた。最初は水を持ってきたのかと思ったが、テーブルに置かれたのは喫茶店の看板商品のコーヒー二つとオレンジジュース一つだった。
「あれ、マスターこれって」
「これかい? これはわたしからの奢りだよ。せっかく煉太君が素敵な人を連れてきたんだから、少しはサービスしなくちゃね」
「……ありがとうございます」
「それでサービスついでというわけではないんだが、一つだけ質問してもいいかな? その二人は煉太君の……嫁さんと子どもかな?」
そのマスターの発言で、俺は一口飲んだコーヒーを噴き出しかけた。
「ちっ、違いますよ。今はまだ……ですが」
「なるほど、詳しい事情を聞いてみたくはあるが、団欒の時は邪魔できないね。まぁ何というか、頑張れよ若人」
ポンと俺の背を叩き、マスターは嬉しそうにしていた。気恥ずかしい思いでいると、エリシャがマスターとの関係を聞いてくれた。前からこの喫茶店に世話になっていると話すと、エリシャは居ずまいを正しマスターに頭を下げた。
「これはこれは、どうもご丁寧に」
マスターは親しみのある笑みを見せ、軽く頭を下げ返してくれた。そんな二人のやり取りをルインは交互に見つめ、真似してぺこりと頭を下げていた。