第十三話『都会の町並みと図書館での出会い』
俺たちは三人一緒に初めての外へと繰り出した。好きに歩かせるのは怖いのでルインは俺が抱えて運び、エリシャはそのすぐ隣を歩いた。異世界生まれの二人は周囲に広がる建物を眺め、道路を通り過ぎていく何台もの自動車に驚いていた。
「……あんなに早いのに、馬も魔法も使っていないとは驚きです。しかもあれほどの乗り物が、一般家庭で買えるんですよね」
「確かにあっち基準で考えたら、一家に一台乗り物があるとかありえないか」
「やはりお高いのでしょうか? ……お高いのでしょうね」
車に興味が湧いたのか、エリシャは色々と質問をした。値段は確かに高いが買えないほどじゃないということと、車を所持するための免許は持っていることは伝えた。
(車かぁ……。今まで必要と思ったことはなかったけど、買ってもいいかもな)
ルインは初めて見る車に慣れないようで、近くを通り過ぎていく度に緊張して俺の服を強く掴んだ。帰りたいと言い出すかもと思ったが、外に対する興味の方が勝るようで、怖がりながらも辺りの景色に目を向けていた。
「パパ、パパ。あれなぁに?」
「あれはスーパーって商店だよ。大雑把に言うなら市場のようなに色んな物が揃う場所で、今晩の夕飯の材料もあそこで買うつもりだ」
「それじゃあ、あれは?」
「あの建物は銭湯だな。昨日みたいな小さな風呂じゃなく、十人ぐらいは余裕で入れるほどの大きな風呂があるんだぞ」
他にもコンビニや郵便局や薬局など、二人に周辺の施設をおおまかに説明していった。
(……こうして見てみると、治安も良いし充実した町だよな)
異世界に旅立つ前はせわしなく働いていたので、余裕をもって見ることなどなかった。大学生活も含めれば八年は暮らしているはずなのに、俺は本当の意味でこの町に住んでいなかったのだと気づかされた。
(ずっと暮らしていくかもしれないし、これから二人と一緒に知っていこう)
心の中で決意しながら、俺たちは目的地の図書館に向かった。
大体十分ほど歩き、無事図書館前にたどり着いた。
そこは市民体育館や博物館が隣接しており、子どもが遊べるような公園も備わっている広い場所だ。平日なので特に人影はないが、休日は広い芝生のスペースに家族連れが過ごしているのを見たことがある。
一通りの施設を二人に説明をしながら歩き、目的の図書館の前まで移動した。
「一応だけど、図書館内は静かにする決まりがあるから気をつけてくれ。じゃないとルインも俺たちも、怖い怖いお兄さんお姉さんに怒られちゃうぞ」
「うっうん、ルイン……がんばる」
「よし、良い子だ。それじゃあ、中に入ってみようか」
そう言って歩き出したところで、俺はエリシャが緊張していると気づいた。
「エリシャ、図書館に何か感じたのか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……。私としてはまだ本というのが高額なものという認識があって、それが図書館という場ともなると委縮してしまいます」
「あぁ、なるほど。確かにあっちの図書館って言ったら、王族か貴族みたいな高位の者しか利用できなかったりするからな」
異世界で紙は貴重品であり、印刷技術も無いので本はどれも一点ものだ。今の俺たちの世界のように、誰でも本を読めるというのはとても恵まれているのだろう。
「色々思うところはあるだろうけど、それは入ってからのお楽しみだな」
そう言って手を差し伸べると、エリシャは手を取り進んでくれた。
建物内にはあまり人影がなく、落ち着いた空気が流れていた。今まで二十数年生きてきて自発的に来たことはなかったので、何とも不思議な気持ちで辺りを見回した。
受付にいる女性に会釈して進み、スリッパの音を響かせながら歩いた。目的の絵本コーナーは館内のどこからでも見える位置にあり、素足で歩くも良し座っても良しなクッション性の床となっていた。
まずは五十音の練習からと思ったが、ルインは絵本に関心を向けていた。ちゃんとした勉強は部屋に戻ってからも可能なので、今日は体験として絵本を読んであげることにした。
(最初に読ませる絵本は……、やっぱりこれかな)
俺は棚にあった桃太郎の絵本を手に取り、それを二人の前で広げた。ルインは俺のあぐらの上に腰を下ろし、エリシャは両膝を床について横から覗き込んだ。
「むかしむかし、あるところに。おじいさんとおばあさんが……――――」
二つの言語を交え物語を読み上げていく間も、二人は真剣に耳を傾けていた。一通り終わり絵本を閉じると、エリシャが感心したように手を叩いた。
「これが絵本ですか。子ども向けの物語とは聞いてましたが、とても面白いです」
「日本語を覚えるなら、こういうところから始めた方が良いかもしれない。使ってる俺が言うのも何だが、日本語ってのは結構複雑で覚えづらいらしいからな」
異世界の共通文字言語は、ひらがなを少し複雑にした程度のものだ。英語が苦手だった俺でも、筆記会話含めさほど苦労せずに覚えられたほどだ。
「とりあえずひらがなを読むことを目標にして、いくつか借りていこうか。絵柄とかで読みたいのがあったら、好きに選んでいい」
「好きに……、色々あって迷いそうですね」
「パパ、ママ。ルインはつぎこれよみたい」
「一寸法師か、俺も読むのは久しぶりだな」
基本的にルインが読みたい絵本を選び、数回に一度エリシャが選んだのを読んであげた。
一時休憩にしてトイレに行き、俺はなるべく急いで二人の元へと戻った。すると絵本コーナーの方が賑やかになっており、そこにはエリシャとルインの他にもう一人見知らぬ五歳ぐらいの女の子がいた。
まだ日本語は喋れないはずだが、ルインと女の子は仲良くやっていた。二人で床に絵本を広げ、書いてある文字を一緒に音読していた。
「あっ、パパ。おかえりなさい」
「ただいま、ルイン。その子は?」
「さっき会ったの。なまえは……えっと」
「わたし、すずか! よよぎ、すずかだ!」
女の子は何故か自慢げな表情を見せ、自分をスズカと高らかに名乗った。快活な見た目をしたポニーテール髪の女の子で、子どもの用のオーバーオールを身に着けていた。
この年頃だからか、二人は言葉が通じなくてもある程度の意思疎通ができるようだ。互いに絵本の感想を言い合い、和気あいあいと盛り上がっていた。
近くに親がいるのかと探したが、辺りにそれらしい人影は見えなかった。
「エリシャ、俺がいない間にこの子の親はここに来たのか?」
「いえ、来てないですね。ルインと一緒に絵本を読んでいたら、入り口の方からこの子だけが駆け寄ってきたので」
「もう少し待って来なかったら、館内放送で呼んでもらうか。にしてもルインと仲良くしてくれて、スズカちゃんには感謝だな」
それから母親が現れるまでさほど時間はかからなかったが、ルインはスズカという初めての友達との時間をとても充実に過ごしていた。