inning:8 邂逅
試合を終えて、疲れた体を引きずる鋼汰は、響子、三妻、聖川、畠山の1年生ズと帰路に着く。
「鋼汰、今日頑張ってたね」
「ああ、ありがと」
「東京高専の人からリアルピノって言われてたよ」
「ぴ、ピノ…」
「ヒットは生まれなかったが、あの守備走塁は素人にできるものではない。だからこそ打撃のスキルアップが必要だな」
「ありがとう、聖川さん」
と、鋼汰は聖川に礼を言う。
……今日の試合、最後の最後までピンチを迎え続けたが、2-3。1点のリードをなんとか守り切り、勝利を収めた。
試合の中盤までは楽勝ムードだった白蘭高校。しかし東京高専の意地が白蘭をあと一歩まで追い詰め、白蘭も一度ライトに下がった響子を再度マウンドに向かわせることで、事なきを得た形になる。
あの大ピンチの連続だった6回表、ツーアウト一、二塁の場面で鋼汰の好守に助けられ、ピンチを脱出。
東京高専、白蘭共にあと一本が出ない形となり、全体を通して熾烈な投手戦を演じたという試合模様になった……。
「(西塔先輩、今日は1人で帰ってたけど大丈夫かなぁ)」
「山田」
と、聖川は鋼汰の前に立つ。
そして彼女は、鋼汰に対して頭を垂れた。
「ひ、聖川さん?」
「……私は、山田に謝らねばならない」
「へ?」
「正直、私は山田の優柔不断な部分が嫌いだった」
「え」
「あー、確かに聖川さん……山田さんとあんまり話したりしなかったっすもんねぇ」
「だが先の西塔先輩や今日の小幡先輩へと発言、そして今日のプレーを見て、山田への認識を改めねばならない……そう思った。非礼を詫びる。すまなかった」
と、頭を上げた聖川は再びゆっくりと、流れるような所作で腰を追った。
「あ、頭上げて?別に謝ることじゃないし……」
「いや、これは私なりのけじめだ」
「そ、そか…なら、謝罪として受け取るよ」
「ああ、そうしてくれ」
「仲直り、だね!」
「ああ」
「うん」
聖川が笑みを浮かべている。それを見た鋼汰は、どこか新鮮な気持ちになった。クールな人だから、初めて笑顔を見たかもしれない。
「……ん?私の顔に何かついてるか?」
「あ、いや、その。笑顔……初めて見たから」
「ああ。今からよく笑うようにする」
「あ、山田君。またたらし込んだ」
「え?いや、たらし込んでなんか……」
「ほう、たらし込む」
「たらし込んだますねぇ」
「いや、聖川さんも本気にしないで?」
「……そだ、試合後にいっぱい話してた他校の子!あれ誰?西塔さんがすごい睨みつけてたよ」
「ああ、東京高専のセンターの人で、守備のこと聞かれたから答えただけだよ」
「守備のことだけじゃあんなに話し込まないよね。監視役として情報の開示を求めます」
「そうだな、あまり女子生徒をたらし込まれると後々何が起こるかわからん。しっかりと説明してもらおうか」
ずいっ、と3人は僕に迫る。
「……え、いや、待って。なんでみんなそんなに」
「さあ吐け」
「山田君」
「鋼汰」
「山田さーん?」
「……いや、あの、だから……」
鋼汰はその視線を変えるため、何か話題を探す。そしてそうこうしていると信号が青になり、鋼汰は逃げるように信号を渡る。
響子らは追いかけ、鋼汰の服を掴んで拘束した。
「逃げるということは何かやましいことがあるということだな?」
「ありません、断じて」
「ほんとっすかー?」
「何かありそうだね」
「あー、そうだ。僕グローブ買わないといけないんだった。ごめん、僕はこれで「「「「待てい」」」」
しかし、彼女らは離さない。
「……じゃあ、ウチも行こっかなぁ」
「そうだな。親睦を深めるためにも、そして謎を説くためにも」
「ここで逃したら、他の女の子にたらし込むかもしれないっすもんねぇ」
「かんたー?」
と、闇。孕んだ4人のセリフに、鋼汰は思わず身震いする。
そしてその恐怖の中、彼は一言だけ……。
「……はい、分かりました」
と、呟くと……響子は、
「よーし!れっつごー!」
「おー!」
「おーっす!」
「おー」
僕はその後1時間……彼女らに拘束されることに。
そのまま帰路から逸れて商業街の方へと向かい、彼らは鋼汰が寄る(という口実で逃げようとしていた)野球ショップへ。
この辺りは最近再開発が進み、工事の音や景色は散見されるが……少しずつ、この大田区も都会化が進んでいるのだろうか。
そんなことを考えながら、一行は右方向に見えてきた野球ショップへと脚を運んだ……。
「前来た時より品揃え多いね」
「そうだな」
店に入れば、まずはどこかのYouTuberとのコラボTシャツが迎える。そのYouTuberの等身大パネルの隣を抜けて、彼らは階段を登っていく。
「で、鋼汰。どんなグローブ買うの?」
「外野用。母さんには申し訳ないけど、ちょっとグローブ小さくて」
「自分のミスをグローブのせいにするのは感心しないよ?鋼汰」
「違うよ、手が擦れて痛いんだよ。だからメンズの外野手用を……」
と、グラブコーナーへとやってきた鋼汰は、その値段に絶句する。
「……さ、さんまんえん」
「あー、メンズって高いからね」
「……はぁ、僕の小遣い半年分だよ」
「因みに所持金は?」
「12530円」
「ありゃま」
鋼汰は考えが甘かった……と溜息を吐き、グラブコーナーに背を向ける。
「……レディースで大きめなやつ探そうかな」
「そっちの方が安パイっすねぇ、メンズってレディースと性能変わんないのに高いっすから」
「だが、山田の手の大きさだと……ここにあるもの全て、山田に合うようには思えないぞ?」
「鋼汰手おっきいもんね。握力も強いから驚いちゃう」
「デザインは何でも良いんだけど……あ」
と、先に来ていた女性が落ちたグラブを拾う鋼汰。
「あら、ごめんなさい」
「いえ」
当たり障りなく返事をして鋼汰は踵を返す。だがその女性は、その背中をじっと見つめていた。
「ごめんなさい、少し良いかしら」
「え?僕ですか?」
鋼汰は再び振り返る。歳は少し行っているように見えるが、サングラスに薄化粧でも若く見える40代くらいの女性。
来ている服から、その人がそれなりの富裕層であることを鋼汰らは察した。
「ええ。最近、小さな女の子を助けた覚えはない?」
「小さな女の子……?」
「道路に飛び出した女の子を、貴方が走って助け出したと、私の妹夫婦から聞いてるの」
「妹夫婦……?あ」
「鋼汰、入学式の日だよ!制服ボロボロになって買い替えてもらったじゃん」
「ああ……それと貴女に何の関係が……?」
「その助けてくれた女の子、私の姪なのよ。この子でしょ?」
と、女性はスマホの画面を見せてきた。それに対し、鋼汰はそうです、と頷く。
朗らかで嬉しそうな女性と、活発な女の子のツーショット。何故かピースサインで「いーっ」みたいな口の形をしている。
その可愛いらしさに鋼汰は思わず破顔してしまうが、聖川はその写真を目を見開いて二度見した。
「どうしたの?聖川さん」
「……あ、あの……さ、差し支えなければ教えて頂きたいのですが」
冷静な聖川が動揺している。
その様子に、鋼汰らにも緊張が走り……動揺を顔に現した。
「も、元巨人の……ま、松本哲巳様……で、あらせられるでしょうか」
「ええ、そうよ」
と、彼女はサングラスを外して、さらっとそう言ってみせた。
それを受け、響子と畠山と三妻は息を吸う……。
「え「響子、店に迷惑!」
と、悲鳴をあげそうになった響子を抑え込む。
少し微笑んだ松本哲巳はサングラスをし直すと、
「ごめんなさい。私ここにお忍びで来てるのよ」
「……す、すいません」
「申し訳ありません。取り乱しました……」
「良いのよ。それで、山田君だったかしら?」
「はい。山田鋼汰と言います」
「松本哲巳です。改めて、よろしくね」
「は、はい」
と、鋼汰は松本と握手を交わした。
そしてその時、彼はその掌に違和感を覚える。
「(……女の人の手って、こんなに硬くてザラザラしてるのか?)」
響子や三妻らの手は、女の子らしくすべすべで……そして、鋼汰が握れば潰れてしまいそうな細さや柔らかさをしている。だが、松本の手はそれと一線を画していた。
掌の皮が、まるで中身が入っている時のダンボールのように硬い。それでいて、やすりほどとはいかないが、そのようなザラザラ感がある。
それを感じ、鋼汰は松本がプロの世界で生き抜くためにしてきた努力の、その一端を垣間見た気がした。
そんな様子を見て松本は、
「ごめんなさいね。野球しかしてこなかったから、手ボロボロなのよ」
「あ、いえ。すいません」
と、鋼汰は松本の手を離した。
「さて。こ山田君。ここに来ているということは、何かグローブを買いに来たのかしら?」
「ええ、まあ……メンズの外野手用を買いに来たんですけど、やっぱり高くて」
「確かにメンズの外野は高いものね……何年値段が上がってるし…………そうだ。ここでみんなでオーダーメイドしたら?私がお金出すから」
「いや、それは……」
「良いの良いの。愛しき姪っ子の命の恩人なわけだし。それに、良いものを見せてくれそうだしね」
「いや、その……もう制服買い替えてもらってるので……」
「あたいらは関係ないんで、悪いっすよ」
「良いの良いの。こういう時は貰っておくのが礼儀なのよ。すいませーん」
と、松本は鋼汰らが困惑しているのを放置して店員を呼んだ。
そしてカタログを受け取ると、
「はい。この中から好きなのを選んでくれる?」
「いや、あの……」
「遠慮はしないで?後ろめたいなら、この3年間で結果を出して、動画を喜ばせてあげてほしいわ」
松本はスマホの画像を見せる。
そこには、黒く汚れた青かったグローブがあった。
「私が、高校1年の時から現役引退までずっと使ってたグローブ。実はこの子、貰い物なのよ」
「誰から貰ったんですか?」
「原監督よ」
「は、はらっ……!?」
と、響子は再び鋼汰に口を押さえられた。
「私もその時ね、みんなみたいに遠慮したわ。でも原監督は私にこう言ったのよ」
松本はスマホをしまい、鋼汰らを見据えーー、
「いいことは引きずらない、悪い結果が出たときは引きずらなきゃいけない。道具は、その一瞬一瞬を共にする心臓なんだ……そう言って、私にこのグローブを買ってくれた」
「……一瞬一瞬を共にする
「……心臓」
「だから、ここは私に。かつて原監督が私にしてくれたことを、誰かにしてあげたいの。山田君へのお礼じゃなくて、私の願望。それならどう?」
「……」
鋼汰らは互いに見つめ合い、どこか納得したような表情で頷いた。
「……すいません。甘えさせて頂きます」
「「「「ありがとうございます!」」」」
「はい。甘えられます。ふふふ、気持ちの良い子達ね」
そう微笑んだ後、鋼汰らは松本を含めてグローブの色、モデルなどを検討。
鋼汰はご希望通り、メンズの外野手用。響子と畠山は投手用、三妻は内外兼用を、そして聖川はキャッチャーミットをそれぞれオーダーメイド。
総額、なんと28万円。その金額に鋼汰らは思わず目を見開いてしまい、それをブラックカードで一括支払いする松本を見て、更に目を見開いた。
正に上には上がいるとばかりの光景に、社会の厳しさの一端を垣間見た彼ら。
「6月までには出来上がるらしいわ。夏の大会に間に合うわね」
「「「「「ありがとうございます!」」」」」
「ふふ、そんなに堅苦しくしないで?お金はもう払っておいたから、5月の29日に取りに来たら良いわ」
「はい……本当に、ここまで良くして頂いて。ありがとうございます」
「良いの良いの。じゃあ、私は時間だから……頑張ってね」
「「「「「はい!」」」」」
と、鋼汰らはサングラスをして颯爽と歩いていく松本を見送り、その興奮冷めやらぬまま、彼らは再び帰路へと就いた。
「まさか松本氏に会えるとはな」
「鋼汰のたらしがこんなとこで効果があるとはね」
「ちょっとー?」
「でも良かったっすよ。あたいもグローブやばかったし」
「確かになんか飛び出してたもんね。でもやっぱり綺麗だったなぁ、松本さん」
「ああ……1人の女性として、憧れてしまうな」
「今日だけはお礼言っとくね、ありがと鋼汰」
「なんか釈然としないなぁ……」
鋼汰は右ポケットに揺れを感じ、スマホを取る。
「おばさん?」
「ああ、うん。残業決まって帰りが遅くなるから適当に済ませろって」
「じゃあこのままどこか食べに行かない?ついでに喋ろ!この興奮喋らないと収まらないよ!」
「賛成だ、行こう」
「お?聖川さん初っすね」
「ああ、山田と交流を深めねばならん。勿論たらし込まれれば容赦はしないが」
「……僕、ひと「れっつごー!」
と、彼女らは相変わらず興奮冷めやらぬまま道を行く。
まさかの邂逅に、皆の表情が思わず朗らかになる。それだけ、松本哲巳という存在が大きいのだろう。
そして鋼汰は、握った手から……日本の英雄が、その裏で重ねてきた努力の一端を知った。
この日が、野球人生の大きなターニングポイントになることを……彼女らは、心の中で願っていたのだった。
⚾︎⚾︎
選手名鑑No.2 湯浅響子
白蘭高校1年 投手
右投右打、身長155cm。
ピッチャーとして、最速134km/hのストレートを中心とし、縦に大きく割れるカーブとスライダー、チェンジアップを武器とする本格派右腕。
コントロールに課題があるものの、調子の良い日には手がつけられなくなる選手。
中学時代はエースで4番だったが、野手としての能力はあまり高いとは言えない。ピッチャーとしてもカーブ以外の変化球はかなりお粗末な為、今後の課題となりそうだ。
鋼汰に野球の魅力を伝え、その世界に引き摺り込んだ張本人。
能力詳細
(SABCDEFGの8段階、Sが1番高くGが1番低い)
投手 スタミナD
ストレート MAX134km/h
・球威 C
・コントロール F
カーブ
・球威 D
・コントロール F
・変化量 D
スライダー
・球威 F
・コントロール G
・変化量 G
チェンジアップ
・球威 F
・コントロール F
・変化量 F
良得能
ノビ◯ 尻上がり 荒れ球
悪得能
スロースターター 荒れ球
打者
右ミート F
左ミート F
長打力 E
・パワー E
走力 D
・走塁力 D
守備力
投手 E 右翼 G
・捕球 E
・送球 F
・肩力 C
・打球判断 E
・守備範囲 投手E 右翼G
良得能無し
悪得能無し