inning:9 束の間の
……高校生になって初めてのゴールデンウィークも、いよいよ大詰め。
エースで精神的支柱の西塔を欠く白蘭高校が最後に練習試合で当たったのは、東京高専と同様中堅校の高島商業高校。
商業高校故、優秀な救助が集まるこのチームは、ネクストブレイクの渦中の、その台風の目と言えるだろう。
ゴールデンウィーク最後の試合で、白蘭高校のグラウンドは春の陽気以上の暑さを見せていた……。
「ストライク!」
初球、一塁ランナーがスタートを切る。それに対し、ウエストを掴んだ聖川が二塁へと送球。
矢のようなボールがショート・駒田のグラブに収まり、一塁ランナーがアウトになったのを一瞥して聖川はマスクを外した。
「アウト!」
見事この回スリーアウトを成立させて、白蘭高校はゼロ発進。
今日も9番でライトに入る鋼汰は、引き締まったピッチングを続けるバッテリーを見て自身も気を引き締めた。
「……響子、今日も調子良いな。これは守備も責任重大だ」
しかし、高島商業も負けてはいない。
神干潟を三振、聖川にライト前への流し打ちを許すものの、駒田をセカンドライナー、小幡をファーストファールフライに打ち取ってこちらもゼロ発進のスタートだ。
西塔はその仕上がり具合に怪訝な表情を見せるが、小幡や神干潟、ソディア達は涼しい顔をして守備へ。
好調の響子のピッチングはまだ続く。するとツーアウトになった後の5球目、打球はライトへと飛んだ。
「……!」
鋼汰はスライディングをしながらその打球を掴み取り、スリーアウト。
響子は飛び跳ねながら喜び、鋼汰も慣れないスライディングで擦れたお尻を摩りながらベンチへと戻っていく。
「Nice play!カンタ!」
「やるじゃねえか!スライディングかっちょ悪いけど」
「いたた、汗が滲んで痛い痛い」
そんな和やかな雰囲気の中始まった2回の裏の攻撃。打席に立った5番のソディアに、一発が飛び出す……。
「おおおお!?」
小幡の叫びの向こう、ソディアの放った打球は左中間へ。
大飛球となったそれは、ゆっくりと伸びていき……
防球フェンスの向こう側へと、落下した…………。
「おっしゃあーー!」
「ナイスやでソディアはん!」
「ナイスバッティングー!」
ソディアの先制ソロアーチ。これにより、白蘭は更に勢いづく。
「……!」
三妻の高校初ヒットに始まり、響子、畠山の打席で連続エラー。そして鋼汰の打席、ワイルドピッチで三塁ランナーの三妻が生還。
鋼汰は四球で歩くと、神干潟の併殺の間に畠山が返って3点目を追加。
聖川の今日2本目のヒットとなるタイムリーヒットを放ち、響子が生還して4点目。
その後の駒田が倒れ、4点でこの回の攻撃を終了。ここから白蘭の先発・響子が見事なピッチングを続ける。
だが4回の表。ワンナウト一、三塁とピンチを抱え、このタイミングで打席に迎えた5番打者に長打を許した。
打球はセンターの後方。三塁ランナーがタッチアップ体勢に入り、今日センターに入っている小幡がこれを掴む。
しかし小幡の送球と動作に力は無い。三塁ランナーだけでなく、ギャンブルプレーを行った一塁ランナーまでも進塁を許す形となり、得点圏のピンチは更に続く。
しかし、その6番打者の打席で三妻が難しいライナーの打球に飛び込むファインプレーを見せ、最少失点でこの回のピンチを切り抜けた。
「ナイス志絵!」
「えへへ、ありがと」
「悪りぃな、響子。あたし肩弱くてよぉ。でもバッティングの方で取り返すからな!」
「はい!お願いします!」
「……」
聖川が見つめる先、その小幡の打席で放った打球は平凡なピッチャーゴロ。外角の変化球を引っ掛け、小幡はそそくさとベンチに戻って来た。
そして今日ホームランを放った5番のソディアも、初球に投じられたストライクゾーンに入るかどうかの難しいボールに無理矢理手を出して、セカンドフライ。
「のおおおう……」
「いいっていいって!ソディアは今日ホームラン打ってっからな!」
「もうそれだけで十分やで!」
以前の東京高専との練習試合のように、どこか気楽なメンバー達。
そして試合はそのまま5回を1-3、白蘭リードのまま折り返し、以前のように6回からは畠山が登板した。
「打たせろよ!沙希!」
「肩の力抜いてー!」
例によって、センターの小幡がファースト。ピッチャーの響子がライトへと向かい、ライトの鋼汰がセンターのポジションへと入る。
鋼汰も1番得意なポジション故か、その動きにキレが増した。そしてその回、畠山が前回の醜態を払拭する見事なピッチングで三者凡退。
そこからランナーは出すものの、畠山は相手に付け入る隙を与えない。
「良いじゃねえか沙希!」
「ナイスピッチングや!ええ調子やで!」
「あざっす」
そして試合は8回裏、ワンナウト一、三塁で打席には小幡が入った。
「しゃあ!来い!」
「小幡先輩!外角の変化球は捨てて!打てる球を狙ってください!」
聖川の声が飛ぶ。そしていつも初球から積極的に打っていく小幡はその初球を見逃し、打席の土をならした。
そして2球目、小幡の好きな高めのコースにボールがやって来る。
「しゃあああ!」
小幡は叫び、その雄叫びに応じるように打球は空高く舞い上がる。
外野は追っていくが、もうその走りも力無い。そのまま打球は防球ネットを越えていき、小幡はダイヤモンドを回りながらガッツポーズを浮かべた。
「おっしゃあ!やりい!」
「ナイスホームランや!」
「小幡先輩かっこいいー!」
「おうよ!」
相手投手が舌鳴らしをし白蘭ベンチを睨み付ける。それを見た西塔は小幡達を諌めた。
そして白蘭は9回の表、この試合最後の守備へと向かう……。
「畠山ぁ、気楽にな気楽に!」
「はいっす!」
そうして畠山の肩の力は抜け……そのまま、本領に入った畠山は見事なピッチングを続ける。
「……!」
聖川はショートバウンドを後ろに弾いてしまい、苦悶の表情を浮かべた。
「浴衣ぁ!落ち着け!頭冷やせー!」
「……」
聖川は頷いて、マスクを被る。
そして畠山は振りかぶり、その試合70球目を投じた……。
⚾︎⚾︎
……試合は、1-6で快勝。
西塔を欠いた白蘭高校は、このゴールデンウィークで……西塔が居なくても闘える、と、都内の中堅校に知らしめた形になった。
響子もここまで特に大崩れした試合は無く、畠山もその不安を払拭するピッチングを見せ、自信に満ちた表情を浮かべている……。
「いやぁ、良い試合だったっすねぇ」
「今日も勝てたね!先発全員出塁!いい感じ!」
「あれ?そういえば聖川さんは?」
「浴衣は用事ーって帰ったよー」
「そうなんだ」
「でもなんか、今日も聖川さんピリピリしてなかったっすか?」
「そう?」
「ちょっと派手に喜びすぎたのかも……相手ピッチャーさんもこっち睨んでたし」
「みんなそんなもんじゃないっすか?」
「まあ畠山さんの言う通りだけど……」
「山田君は心当たりある感じ?」
「……多分だけど、みんな結構勿体ないミスとか打席とかが多かったから、聖川さんはそれを見て気が抜けているって思ったんじゃないかな……?聖川さんは最後まで気を抜かない人だし、逆にその雰囲気の中で聖川さんが浮いちゃってるのかも」
「あー……」
「でも、結果として試合には勝ってるわけだし……」
「そこなんだよね……でも、この時期はまだ負けていい時期だから……ゴールデンウィークでの勝利を、あまり間に受けない方がいいのかも」
「そうかもしんないっすけど、相手は西塔さん目当てで来た中堅校っすよ?それ相手に勝てたんなら、普通に自信持って良いんじゃないすかね?」
「確かにそれは言う通り……明後日からの練習で、どんな姿が見れるか……」
「……あ、そだ。志絵、浴衣の誕生日っていつだっけ?」
「6月13日だよ?」
「まだまだ先かぁ……でもさ、なんかみんなでお揃いにしない?」
「お揃い?前に松本さんにグローブをオーダーしてもらったばっかりだろ?」
「さすがにそこまで高いのは無理だけど、例えばリストバンドとか!」
「大会規定とか大丈夫なの?それ」
「今年からその辺が緩くなったはずっすよ、春の選抜でみんな違うリストバンドしてる高校とかありましたし」
「やっぱりJKはオシャレしなきゃだよね!」
と、響子は言う。
確かに、野球のユニフォームは男女同じの長ズボンにアンダーシャツと半袖といった昔ながらのスタイル。
白蘭高校もそのスタイルだが、近年ではスカート型の可愛らしいモデルのユニフォームに、まるでカチューシャに帽子の機能が付いたような、かなり短いタイプの帽子がプロ野球でも導入され始めている。
温暖化の進む現代で、帽子は体温を上げることになりかねないということから、そういった帽子も認められ始めているわけだ。
リストバンドといった着用義務の無いものはともかく、ユニフォームや帽子はチームで揃えるという規定は変わらない。だが、着用義務のないものは自由に、景観や競技の妨げにならなければ良いというのが新たな根拠となっている。
「リストバンドっているっすか?」
「帽子被ってたら欲しくはなるね」
「決定!さあショップへごー!」
「一年生で揃えて、聖川さんの誕生日のタイミングでみんなで揃えるわけか」
「大正解!れっつらごー!」
「でも汗流したいっすね……一旦家帰ってから集合にしないっすか?」
「賛成!鋼汰君は?」
「みんながそうするなら、僕もそうする」
「じゃ、今が12時前だから……13時にここへ集合!みんなでお昼食べて、そのまま遊ぶぞーっ!」
「「おー!」」
と、皆はそのまま一旦解散。
そして鋼汰と響子は帰宅し、シャワーを浴びて汗を流すと、私服に着替え必要なものをポケットにしまい、再び外へと繰り出す。
同じタイミングで響子と出会し、そのまま2人で目的地に向かうことにする。
「あ、そのワンピ着てくれたんだ」
「えへへ、似合う?」
「似合うんじゃない?分かんないけど」
「むー、そういう時は似合うって言いなさい」
「とても良くお似合いです(超棒読み)」
「むがあ!」
と、私服に着替えた2人は先程解散した場所に戻って来た。
そうして暫く2人は日陰で過ごしていると、
「湯浅さーん、山田さーん」
と、畠山がやって来る。
白いTシャツの上に、以前プレゼントする形になった響子と同じタイプの黒のキャミソールワンピースを着用。まるで響子とペアラックをしているみたいだ。
「ふふん、似合うっすか?」
「良いんじゃない?似合うよ。やっぱり黒で正解だったね」
「これで山田さんの嫁候補筆頭っすね、ぬふふ」
「響子ちゃん、山田君、沙希ちゃん、お待たせー!」
と、今度は緑色のTシャツの上に白いキャミソールワンピースを着た三妻が現れた。
「すご!みんなお揃い!」
「えっへへ、似合う?」
「似合うよ、やっぱり三妻さんは白だね」
「む、鋼汰志絵には普通に似合うって言うー」
「はいはい、響子の赤も似合うよー」
「なんか超てきとー」
「まあまあ、行こ?」
「だね!どこでお昼食べる?」
「響子、前確か駅前の喫茶店行ってみたいって言ってなかったっけ?」
「それだ!行こ!」
と、相変わらず鋼汰の記憶力は冴え渡り、4人は最寄りの駅前へと向かう。そこにあったオシャレな喫茶店に入り昼食を済ませると、響子は満足そうな顔で鋼汰の横腹を突いていた。
そんなこんなで響子達は店を出ると、そのまま目的のお馴染み野球ショップへ。
松本さんが居たりしないかなと期待しながらも、当然居ないのでリストバンドの注文を済ませる。4人で2000円か。まあオーダーメイドだし。
「ねえ、色どうする?」
「何でも良いんじゃないっすか?」
「え?みんなのイメージカラーみたいなのにした方が特別感増すんじゃない?」
「イメージカラー?」
「山田君は、ウチは白、響子ちゃんは赤って言ってるから友達になった印にどうかなって……」
「賛成!それにしよ!」
「となると、湯浅さんが赤、聖川さんが紫、あたいが黒、三妻さんが白……あれ?山田さんは?」
「青で良いんじゃない?」
「何でも良いけど、その心は?」
「なんか青っぽい」
「なんだそりゃ」
と、野球用リストバンドの色についてわちゃわちゃと話しながら、それを6月13日に取りに来るよう手配して、一行は店を出る。
その後はショッピング…まあ買いはしないけど、色々巡り歩く。
ヒールの音を響かせて歩く三妻は、少しずつ歩くペースが遅くなる。鋼汰はそれに歩幅を合わせ、響子と畠山を呼び止めた。
「大丈夫?志絵」
「うん、ごめんね?ちょっと靴擦れしちゃって」
「あたいちょっとあの店見て来るっす、その間座ってて欲しいっす」
「鋼汰、志絵をお願い」
「ああ、うん。三妻さん座ったら?」
「あ、いや……ウチは大丈夫だよ。ごめんね」
「本当に?あの調子だと響子まだまだ歩くよ?」
「じゃ、じゃあ座……」
ふと、三妻は履いていたヒールの爪先で躓いてしまう。それに鋼汰は反応して、三妻の体を抱き止めた。
「だ、大丈夫?」
「……う、うん……その……」
顔を真っ赤にしている三妻さん。
「あら」「まあ」といった辺りを行き交う婦人達の視線に気付き、僕はすぐに三妻さんをベンチに座らせた。
「……」
「…あ、あり…がと…」
「う、うん……」
顔を真っ赤にしている三妻さんが色っぽくて、リップクリームを塗った唇が更に艶やかさを強くしている。
「(どうしよう、めっちゃ可愛い)」
「(へ、変なとこ……無いかな……あれ?なんでウチこんなに顔赤いんだろ……)」
三妻は自分の心の鼓動に疑問を抱く。そして鋼汰の顔をチラチラと見ていると、たまたま目が合って同時に逸らした。
そしてそこから沈黙が流れ、熱りも冷めて来た時、
「「あ、あの」」
2人は声をかけようとする…だが。
再び立ち上がろうとして、また足を躓かせる三妻。そして鋼汰は抱きとめる……が、右手に収まりきらないその柔らかい感触が、頭を沸騰させた。
「ご、ごめん…!」
「……う、うん……」
三妻は顔を真っ赤にしたまま、鋼汰を上目遣いで見つめながら両腕で胸を隠している。
「(お、終わった…!)」
そんな様子に鋼汰は、絶望感を心に染め上げた。
「(…や、山田君の手って、大きいんだ…)」
と、鷲掴みにされた感覚が色濃く残る胸に少し触れ、その瞬間更に鼓動が速くなる。
「お待たせー!あれ?どしたの2人とも」
「な、何でもない!ね、み、三妻さん」
「う、うん!」
「(怪しいな)」
「(怪しいっすなぁ)」
しかし響子と畠山は詮索はせず。
そのまま、一行はショッピングモールを回りながら。そしてその都度、三妻を休ませながら店を回る。
そしてまた、2人はベンチで2人きりになった。
「……」
「……」
「(き、気まずい!何か、何か話すことは……)」
「(……ウチ、山田君のこと好きなのかな……)」
「「あの」」
「「どうぞ」」
……結局、僕から話すことにして、
「あ、あの、さっきはごめん」
「べ、別に……わ、わざとじゃないんでしょ?」
「う、うん。それは、絶対に」
「……」
「(……でも、すごい柔らかかったな)」
「……えっち」
「え゛」
と、目を点にした鋼汰は顔を赤くする志絵を見つめる。
「う、ウチの胸の感触思い出してたんでしょ?」
「ち、違う!断じて!」
「鼻の下伸びてるよ」
「嘘」
「ほんと。山田君意外にえっちなんだね」
「むぐ……申し訳ない」
「……ばか」
三妻さんは僕の前に向き直り、
「じゃ、じゃあ……わ、私の言うこと聞いてくれたら
許してあげる」
「な、何?」
「わ、私と…」
言い悶え、そして口を動かす。しかし、声が出ていないから何を言われたかは分からない。顔を真っ赤にする三妻を見て、鋼汰は釣られて赤くなる。
「や、やっぱりいい。やっぱり山田君はえっち」
「ま、待って。気になるよ」
「気にしなくて良いの!」
「……ま、まあそこまで言うなら……」
「じゃ、じゃあさ。う、ウチのこと名前で呼んで?」
「三妻さん」
「下の名前!」
「し、志絵」
「……!」
三妻さんは僕に背を向ける。
三妻は頰を真っ赤にして、それと心臓の音を何とか抑え込みながら、悶絶しそうな自身の心を落ち着かせる。
「(な、何でこんなドキドキするの……?)」
「み、三妻さ「名前!」
「し、志絵……あ、あの…もしかして、これからずっと?」
「……うん。その代わり、鋼汰君がすごくえっちなのは秘密にしといてあげる」
「……あ、ありがとうって言うべきなのかな」
「山田さーん、三妻さーん」
「ふふ、行こ!鋼汰君!」
「あ、うん……」
と、笑顔を浮かべた三妻。
そんな彼女と共に、鋼汰は4人で思い出のひとときを刻んでいく……。
⚾︎⚾︎
選手名鑑No.3 畠山沙希
白蘭高校1年 投手 身長156cm 左投左打
響子の同年代投手で、精密なコントロールと大きな変化をするスライダーを武器とする変則左腕。〜っすという口調と、黒髪を肩ほどに伸ばし、どここ眠たそうな垂れ目が特徴。
左投げ故に登板しない時はファーストとして出場することが多いが、あまりバッティングは得意ではない。
牽制とクイックが得意だが、ピンチになると肩に力が入って制球が定まらなくなるため、あまりピンチに強いとは言えないが、ランナーさえ出さなければその精密なコントロールでバッターらに仕事をさせない。
響子は右の本格派、畠山は左の技巧派。これからの成長が楽しみなピッチャーと言える。
能力詳細
(SABCDEFGの8段階、Sが1番高くGが1番低い)
投手 スタミナE
ストレート
・球威 E
・コントロール C
スライダー
・球威 E
・コントロール B
・変化量 C
良得能
奪三振
悪得能
対ピンチ× 動揺 四球
打者
右ミート F
左ミート F
長打力 F
・F
走力
・E
守備力
投手 E 一塁 E
・捕球 E
・送球 B
・肩力 E
・打球判断 E
・守備範囲 投手E 一塁F
良得能無し
悪得能無し