inning:7 欠片
翌日から、怪我をチームに打ち明けた西塔は、鋼汰が西塔の怪我を知った翌日から別メニュー調整へと移る形となった。
「ふっ!」
「おらあ!」
良くも悪くも西塔ありきのワンマンチームである白蘭。西塔は練習の質が落ちるのでは無いかという懸念もあったが、鋼汰が一生懸命に練習に打ち込む姿を見て、負けじと小幡らもバットを振り、ボールを追う。
西塔も自分のメニューをしながら、指先の感覚を忘れない為にバッティングピッチャーを買って出たり、皆の動きを先回りして準備をしておくなど、チームへの貢献も忘れない。
以前は「主将・西塔」の仮面を一切崩さないイメージだったが、あんなことがあった翌日は、どこか垢抜けるような、年齢相応な笑顔を見せていたのを皆は覚えている。それだけ、彼女はチームにとって完璧な存在だったのかもしれない。
唯一の3年生でありながら、2年生の頃から不動のエースとして活躍を続けてきた西塔。そんな彼女が、今は仲間を頼るという状態になっており、それが1年生に責任感という大切なものを芽生えさせているような気がした。
「か〜んた君」
「は、はい!?」
1人、毎日欠かさず走り込みをして、1番最後に帰る鋼汰。練習終わりの彼の周りに誰も居ないのを確認するや否や、彼女は彼の腕に何故か軽い頭突きをする。
「行こっか、だーりん?」
「だ、だーりんって……」
あれは冗談じゃなかったのか、と鋼汰は驚いてしまう。
しかし彼女も可能なことがあった以上、1人で街を歩くのが怖いのは分かる。……だが。
「……さ、西塔先輩。く、くっつきすぎじゃ……」
「……だめ?」
と、彼女は上目遣いで見つめて来る。
普段、彼女は校内では知らない者は居ない高嶺の花。鋼汰は日頃教室をトイレと購買以外の目的で出る事はなく、部活でしか西塔に会ったことがない為、あまりそれを知らない。
モデルとしても活躍し、野球ではプロ注目のドラフト候補。ほぼ毎日のように、彼女に告白したら玉砕していき、友達の居ない鋼汰でも、西塔は高嶺の花という話しか回って来ない。そのため、彼女が今自分に見せている姿が一体何なのか、全く得体が知れないのだ。
そんな彼女が鋼汰の服の裾を掴み、適度にくっついて来る。鋼汰は見られたらどうしよう、と変な汗をかいていた。
「……」
ふと彼と目が合い、眼を逸らす西塔。
少し顔を赤らめた後、相変わらず小悪魔な笑みを浮かべて鋼汰を頬を指でつついている。
側から見ればただのカップル。そんなこんなで西塔を送り届け、鋼汰は頭を撫でろと頰を膨らませる彼女を何とか宥めて、帰路に就く。
そしてそこから一夜明けて、白蘭高校はゴールデンウィーク頭の練習試合を迎えた。
「……」
「西塔先輩、今パイプ椅子持ってきます」
「あら、ありがとうね。鋼汰君」
「いえ」
と、鋼汰は急いでその場を後にする。
その姿を見ていた響子と三妻は、
「……なーんか怪しい」
「確かに、西塔先輩……なんか垢抜けたような……」
「まさか付き合ってるんすかねぇ」
「つっ!?つつつつつつっ!?」
「動揺しすぎっすよ、もしかして「わー!わー!」
顔を真っ赤にした響子はにやける畠山の前で両手を広げ、
「おいうっせえぞ1年!」
「す、すいませーん……」
小幡の怒鳴り声に響子らは萎縮し、鋼汰は西塔にパイプ椅子を用意する。そして西塔は満面の笑みを彼に向け、鋼汰は少し照れ臭そうに会釈してこちらにやって来た。
「……どうしたの?響子」
「……別にー」
「……?よく分かんないけど、ほら。アップするよ響子」
「良い。沙希にやってもらうー」
「何拗ねてるんだよ」
「拗ねてなんかない」
そのまま畠山と響子は鋼汰から離れ、その場にぽつんと取り残された彼は、近くに立っていた三妻の方を向いて、
「……どうしたの?響子」
「……さあ……あはははは」
大根役者のような空笑いをして、三妻もその場を後にする。
1人取り残された鋼汰は、どこか孤立したような寂しい気持ちを覚え、それを紛らわすために自分のグローブを磨くことにした。
響子から受け取った、母のグローブ。外野用としては少し小さいが、血を引いているだけあって使いやすさはそこらの体育倉庫にあるグローブとは段違い。
左手にそれをはめ、右手でポケットの音を鳴らし、そして左手をわきわきと動かして快調を覚えた。
「よし……!」
「なあ小幡はん、今日スタメンいじくろうや」
その隣で、2年生達が何やら話し合っている。
「お?ソディアを3番にするだけで良いだろ」
「でもなぁ、西塔さんがおらんわけやし1年生上に持って来なあかんやろ?山田はんはともかく」
「……出塁率の高い聖川さんを2番に持ってくるのはどうかしら……?」
「ハルカの意見に賛成でス!」
「んあー……面倒くせえから今まで通りにしねえ?下手に動かして今のペース狂う方が怖いっつーか」
「面倒……というのは理由になりませんよ。小幡先輩」
そこに、聖川が割って入ってくる。
「おう浴衣ぁ、お前にゃ関係ねえからあっち行ってろ」
「関係無いわけがありません。攻撃は最大の防御、その打順をちゃんと決めなければ勝つどころか話になりませんよ」
「ウチは監督おらんから試合に出る上級生が決めることになってるんや、ちょっち外れてくれんか?聖川はん」
「なら、これを機に皆で考えましょう。今回は私が1年生を代表します」
「生意気だなぁ……」
「小幡先輩、僕も聖川さんの意見に賛成です。西塔先輩が居ないわけじゃないんですし、西塔先輩も含めて話をしましょう」
「でも西塔はん試合でえへんで」
「試合の外から見えるものもありますよ」
「まあ、そうやけど……」
「……山田君の意見に賛成だわ。西塔先輩を交えて話をして行きましょう。幸い、まだ時間は少しあるのだし」
「ま、そうだわな……行くか」
「ええ」
小幡は少しだけ聖川を睨み、小幡、神干潟、駒田、ソディア、聖川、鋼汰の6人は西塔のもとへと向かう。
西塔は少し驚いたような表情をしていたが、彼女の戦術眼も野球の知識も交え、10分という短い時間でスタメンを決め、両チームともにスタメン表を交換することができた。
こんな時でも出て来ない、顧問の田中先生って何者なんだと心の中で呟き、練習試合の為に鋼汰は体を仕上げて行く。
少し雰囲気がピリついているだろうか。そんなことを感じながら、鋼汰はグローブをはめ、ライトのポジションへと駆け出した……。
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後攻・白蘭高校 スターティングラインナップ
1 二 神干潟東雲 右投右打
2 捕 聖川浴衣 右投右打
3 遊 駒田春香 右投左打
4 中 小幡鞠 左投右打
5 三 山内ソディア 右投右打
6 左 三妻志絵 右投右打
7 投 湯浅響子 右投右打
8 一 畠山沙希 左投左打
9 右 山田鋼汰 右投左打
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……初回、今回も後攻でのスタートとなった白蘭。
先発マウンドへは急遽1年生投手の響子が上がることとなり、試合を折り返した6回からは、同じく左腕の畠山が上がることとなった。
さて、その1球目。聖川のリードに導かれ、響子はまず外角低めにストレートを投げ込んだ。
「ストライク!」
「響子ちゃん良いよ!その調子!内野、セーフティ狙って来るよ!」
西塔の声がベンチから響き、2球目をバッターが捉えた。
ライトへの打球。ライナー性で弾道の低い打球を、鋼汰はなんとかランニングキャッチでグラブの中に捉えてみせた。
「アウト!」
「山田君ナイスプレー!しまってこー!」
ベンチにいても、できることは全てやる。
試合に出られず1番悔しいはずの彼女が、できることを全力でやっているその姿勢に、ナインは身が引き締まる思いを感じた。
そして2番打者に対しても、響子はストレートを中心とした強気のピッチング。このバッターをセンターフライに打ち取ると、3番打者はピッチャーゴロ。自らがしっかりと抑え、この回を三者凡退に抑え込んだ。
「しゃ!ナイス響子!」
「はい!」
「ナイスピッチング、響子ちゃん」
「はいい!」
大人な笑顔を見せ、響子は嬉しそうに目を輝かせる。鋼汰はベンチの端でハムストリングスをさすって脚が固まらないように注意を払い、次の守備、打撃に備えた。
そうしていると、神干潟と聖川、そして今日3番の駒田が打撃に備える。
「よっしゃ!頼むぜ東雲!」
「任しとき!」
「浴衣!一発お願いね!」
「ああ」
西塔を欠く白蘭。今日の相手は、都内の中堅校である東京高専高校。都内では知らない者はあまり居ない、非常に守備力の高いチームだ。
昨年の夏の大会はベスト16、秋の大会は3回戦敗退。昨年白蘭を夏の大会で破ったチームでもあり、今回西塔を高く評価して練習試合の申し込みを承諾した。
だが西塔が負傷離脱したことを今日知り、あちらの選手らは少し拍子抜けしたような様子だ。
「プレイ!」
しかしそれとは裏腹に、神干潟、聖川、駒田の表情に間抜けは部分は微塵も見当たらない。
チームの精神的支柱とも言える西塔を欠いた今、チームとして、その真価を問われる……。
「にゃ!」
打球は三遊間を抜けていき、神干潟は小さな声で「よっしゃ」と呟き、一塁でストップ。先頭の神干潟が塁に出て、今日2番の聖川が打席へと向かう。
「アウト!」
聖川は初球、高めに浮いたスライダーを捉えたが、セカンドの好捕があり、まず二塁がアウト。
そして一塁に転送され、ツーアウトとなった。
「うがー、惜しいな」
「申し訳ありません」
「気にすんな!後で取り返しゃ良い」
一打席目は期待通りの活躍とは行かなかった。その後の駒田も倒れ、スリーアウトチェンジ。
互いに初回は攻撃の芽を開くことができず。そのまま、試合は投手戦の模様を見せる。
二回表、響子は三者三振と上々のピッチングを見せてこの回を凌ぐが、その裏。小幡にヒットが生まれるも後続が続かず、この回も無得点。
そして三回の表、響子はこの試合初めてのヒットを許すも、駒田の好守もあってこの回も0に抑える。
鋼汰に回る三回の裏。8番の畠山が三振に倒れ、鋼汰が打席へ。
「やっば……!」
強いスイングとは裏腹に、飛んでいった打球はボテボテの平凡なゴロ。だが鋼汰は急いで駆け出し、そのスピードがサードのミスを誘き出す形となった。
鋼汰は俊足を飛ばして二塁に到達し、久しぶりの出塁となり、鋼汰も少し安堵する。
打順がトップの神干潟に返ってその初球、鋼汰は盗塁を仕掛ける。キャッチャーはそれを見越してウエストし、三塁に送球……。
「セーフ!」
余裕で三盗を決め、鋼汰はその役割を果たす。それを見た西塔は鋼汰と神干潟に指示を出し、2球目を見逃した。
相手バッテリーも鋼汰の俊足を警戒する。そしてその3球目、神干潟はバントの構えを見せる。
ファーストとサードがチャージをかける。そのタイミングで神干潟はバットを引き、打球を叩き付けた。
「セカン!」
しかし、ファーストのカバーに入ったセカンドは反応が遅れ、鋼汰は余裕でホームイン。
神干潟は一塁に到達し、バスターエンドランが綺麗に決まって白蘭ベンチも盛り上がる。
そして続く聖川はじっくりとボールを見極め、7球目まで粘ってフルカウントの状況を作り……
「ボールフォア!」
期待通りの四球。高い集中力で相手投手の隙を作り、一死一、二塁とチャンスを繋いでみせた。
「しゃあ!頼むぜ春香!あたしに回せよ!」
「……分かっているわ……」
氷のように冷たく冷静に、そよ風のように落ち着いて。
見た目通りの素振りと構えを見せる駒田は、初球の高めへのストレートを捉えた。
「ファール!」
しかし打球は一塁の横。ファーストが飛び込んだが、切れてファール。
駒田は肩を回し、力の入った自分のスイングを矯正するように大きく息を吐き、続く外へ逃げるスライダーを見逃す。
そこからピッチャーのコントロールが荒れに荒れ、とうとうスリーボールまで来た時。その6球目を、駒田が捉えた。
「おっしゃあ!回れ!返ってこい!」
「ナイスバッティング!」
打球はライト線の内側で落ち、ファールゾーンへと転がっていく。それを見た神干潟はその快速を飛ばし、聖川もライトの体勢を見て三塁を蹴るために加速。
神干潟が既にホームインし、聖川はセカンドからのバックホームと同時にクロスプレーに入った。
「セーフ!」
「おっしゃあ!ナイスラン東雲!浴衣ぁ!」
「良いよ良いよー!」
「このまま点取りまくりましょう!」
「おっしゃあ!あたしに任せろ!」
威勢の良い小幡が打席に向かい、初球の難しい球をフルスイングするが空振り。
少し大味になっているのか、ベンチから声が飛ぶが小幡は2球目に投じられた外角へのスライダーを引っ掛け、浅いライトフライに。
ソディアが四球で出塁するも、三妻が内野フライに倒れて、3回の裏が終了。
しかし響子を援護する3点が入り、それを引き込んだ鋼汰は守備に向かう姿にも生き生きとした様子が映る。そこから響子は勢いに乗り、5回まで無失点のピッチングを披露。
結果として、5回2安打無失点四死球ゼロ。先発ピッチャーとして完璧な仕事を果たして、響子はマウンドを降りることとなった。
「ナイスピッチング!響子ちゃん」
「良い球が来ていたが、やはり初回はボールが高くなる傾向があるな。次に活かそう、響子」
「うん、ありがとね。浴衣」
「おーし!沙希!気ぃ抜くなよ!高校初登板!」
「はいっす……あー、なんか緊張してきたっす……」
「畠山、私がリードするから問題無い。打たせても後ろには山田が居る。だから気にするな。思い切ってこい」
「西塔さん、ポジションどうします?湯浅にファーストやらせますか?」
「いいえ。小幡さんはファーストの経験があるからファーストに回って頂戴、そのまま響子ちゃんはライト、山田君はセンターでよろしくね」
「「はい!」」
「はいよ!っしゃあ!このまま3点守り切ろうぜ!西塔さんが居ないからって舐めてるあいつらに目にもの見せてやんだ!」
「「おー!」」
ナインの気合は十分。選手らは守備に向かっていく。
さて、6回の表からポジションを交代。
響子がライトに周り、ライトの鋼汰がセンター、そしてファーストにセンターだった小幡が入る形。小幡は昨年の夏までファーストを守る選手だったらしく、本人もファーストミットを持って気合十分だ。
小幡同様左投げの畠山は、9番からの東京高専打線に対し、自らの武器であるスライダーを駆使して投球する。
サイドスロー気味で、典型的なインステップなスリークォーター。その角度から放たれるスライダーは、左バッターから投げるようにボールが投げていき、バッターは体勢を崩されながらもなんとかそれを捉えた。
「サード!」
打球はサード・ソディアの前。それを正面で掴み、ファーストに送球……。
「っとお!しゃあ!ナイスソディア!」
小幡がショートバウンドを掴み取り、これでワンナウト。小幡の好プレーで勢いに乗ると、畠山は続くバッターを空振り三振。
そして2番バッターに大きな当たりを許すが、これは鋼汰の守備範囲。右中間に鋼汰が入り、悠々と掴んでスリーアウト。
6回でも東京高専に得点を許さず。沈黙する東京高専に、ナインは楽勝モードに入り始めていた。
「うーし、このまま行けば勝てそうだなぁ」
「まだ試合は6回ですよ。気を抜かないでください。小幡先輩」
「んな固いこと言わんでもぉ。あっちのムード最悪やで?西塔さんおらんでも勝てるとこまで来たんやし、素直に喜ぼうや」
「ユカタ、肩の力を入れて、でス!」
「それは抜いて、や」
ベンチに笑い声が響き、打席に小幡が向かう。
聖川は何も言わずベンチに戻り、少し息を吐く。
「……野球は9回ツーアウトから……その言葉を知らないのか」
そう呟き、彼女はマスクを外す。
木製のベンチが少し腐りかけているのか、聖川は座った途端に少し軋んだ。それを聞いて、聖川の放つ雰囲気もあってか響子と三妻と畠山が驚く。
「アウト!」
そうこうしていると4番の小幡が外角低めのスライダーを引っ掛けてキャッチャーフライに倒れた。
「ドンマイ小幡はん!」
「わりい、変な球引っかけちまったぜ」
「……」
「三妻、次は君だろう」
「あ、う、うん!」
5番のソディアが打席に立っている中、萎縮している三妻に聖川は声をかけ、彼女は急いでネクストヒキタニサークルへ。するとソディアは、ライトフライに倒れた。
「Oh……のおおう」
「ドンマイドンマイ、そんなに落ち込むなっての」
「……」
気楽そうにしている小幡を、聖川は後ろから睨みつけた。
まだ試合は終わっていない。更にまだ試合を折り返したばかりで、ここから逆転の可能性は大いに残されている。
だが、格上を相手にここまで3-0とリードされているこの状況に、彼女らは浮かれているのだ。
「ファースト!」
三妻も打ち上げて、ファーストの頭。ファーストミットにボールが収まり、スリーアウト……。
「さーて、ちょちょいと締めたりましょかー」
「だなぁ!」
小幡と神干潟がそう言って守備に向かい、聖川はゆっくりとマスクを被る。
畠山も聖川の様子に少し気を遣っているのか、少し肩の力が強まっているようだ。
「……?」
鋼汰も、その異変に気付いた。
甘みの中の苦味……例えるならそれだろう。優勢の良い雰囲気の中に、暗雲が立ち込める感覚。
青空の中に雨雲が立ち込めているような感覚……と言うべきか。
「!」
すると、打球はセカンドの頭を抜ける。
この回クリーンナップから始まり、その3番バッターがライト前にヒットを放つ。
すると響子はそのボールをファンブルし、バッターランナーは一塁から離れるが、響子の様子を見て帰塁した。
「……」
ばつの悪そうな顔をする響子。畠山と、レフトの三妻も同様だ。鋼汰はそれに気付き、レフトとライトに声をかける。
センターの役割は、外野陣の統率。どこか動揺する三妻と響子を見て、鋼汰は2人を安心させる意味も含めて声をかけた。
そして4番の打球。センターの遥か頭上を行き、鋼汰は背走しながらこれを追っていく。
簡易設営された防球フェンスの手前で飛び、その長い腕に伸ばされたグラブに、そのボールが収まった。
「山田はん!ファースト!」
神干潟からの指示。薙ぎ倒した防球フェンスを放っておき、ボールを内野に返す。
ランナーは慌てて帰塁し、鋼汰はフェンスを立て直して守備位置に戻った。
「まだ試合は終わってませんよ!締まって行きましょう!皆さん!」
と、鋼汰の上擦った声が響き渡る。
それに三妻と響子の目が少しだけ明るくなり、2人の表情が少しだけ引き締まった。
「(……今のプレーが無かったら逆転されていた。感謝する……山田)」
心の中でそう呟き、聖川はミットを構える。
……だが。
「セカン!」
打球は小幡と神干潟の間を抜けていく。外野守備が苦手な響子の前、一塁ランナーは二塁を蹴った。
響子は中継の神干潟にボールを返すが、一塁ランナーは三塁に到達し、東京高専のベンチから大歓声が湧く。
それを気押されるようにマウンド上の畠山は体を震わせ、畠山は両肩が上がっているのにも気付かず、聖川からボールを受け取った。
「畠山、肩の力を抜け。大丈夫だ!」
……しかし、畠山にその声は届いていない。
聖川はサインを出さず、痺れを切らしてタイムをかけようとするが、畠山は投球動作に入った。
「な……!」
そして、その甘く入ったボールを叩く……。
打球はサードの頭。レフト線でフェアとなり、三塁ランナーはホームイン。
一塁ランナーも二塁を蹴り、そのままホームを狙う様子だ。
レフトの三妻は素早くボールを内野に返すが、そのタイミングで一塁ランナーが三塁を蹴った。
駒田はボールを聖川に返すが、ボールが逸れランナーが生還。
この回一挙2点を失い、静まりかえっていた東京高専が逆にそのボルテージをあげている……。
「……」
ランナーは二塁。そしてアウトカウントは、まだ1つ。
相手は代打を出し、流れを掴みかけているこの状況で今の畠山が抑えられるとは思えない。
「……」
練習試合だ。そう自分の心に言って、この湧き上がる焦りを押さえつける。
だが、聖川の心は収まってくれない。元来生真面目か彼女に、負けて良い試合など無いのだ。
「(……西塔先輩は動く気配がない。畠山に任せる気だな)」
聖川は自らの心を落ち着かせる意味で息を吐き、畠山のボールに対してミットを向ける。
「ボール!」
「(……高い。怖がって逃げている)」
畠山のコントロールが定まらない。そのままストレートでボールカウントを重ねて行き、4球目。
「ボールフォア!」
ストレートのフォアボールを出して、これでワンナウト一、二塁。
ここで西塔がタイムをかけ、マウンドに向かった。
「……」
「畠山さん」
西塔は明後日周りの見えていない畠山の両肩を掴み、彼女の目を見つめる。
「大丈夫よ、畠山さん。後ろにはか……山田君がいるわ。安心して」
「……す、すんませんっす……」
「とーにかく!気が抜けすぎよ!締まって行きましょう!」
「「はい!」」
西塔の言葉で、内野陣の表情が変わる。
そして西塔がベンチに戻ってプレーが再開されると、畠山は大きく息を吐いて聖川のミットを見据えた。
「(……落ち着いて、落ち着いて)」
畠山は心の中でそう呟き、ボールを投じる……。
「ストライク!」
右打者の外角低めに決まり、畠山の目の色が変わる。
そこからスライダーとストレートでバッターを追い込むと、8番打者に対する5球目……。
「ストライク!バッターアウト!」
外角低めいっぱいに決め、畠山は吼えた。
ランナーは動かず。これでツーアウトとなったが、緊迫した場面は変わらない。
9番打者に対し、畠山は変わらず四隅を突くピッチングを崩さない。
しかし得点圏のプレッシャーからか、コントロールが定まらない場面も見られた。
「ボールスリー!」
そしてカウントは、フルカウントに。
畠山は大きく息を吐き、聖川のミットを見据える。
そして7球目、畠山はボールを投じた。
「(……!低い!)」
しかしそのボールを、バッターはカット。
バッテリーは安堵し、そして再び気を引き締めた。
「(……ストレートか、スライダーか……どっちを選べば良い。どっちを投げれば……!)」
今日の畠山は、スライダーの方がコントロールが定まっている。
だが、ここまで良いストレートが良いところに決まっていることを考えると、ここはストレートを求めるべきか。
この状況で、2人ともの思考が定まらない。全くと言って良いほど、心が一つにならないのだ……。
「(……畠山、最悪歩かせて良い。だから)」
と、聖川はミットを構え、畠山はボールを握り締める。
突如とやってきたピンチ。気の抜けていた白蘭ナインに襲い掛かる、東京高専打線。
西塔を欠いた白蘭の弱さ。その欠片を掴んだ東京高専が、その隙を狙うーー。
「……!」
畠山は、ボールを投じる。
聖川はそのボールを睨み、ミットを向けた。
「ーーー!」
しかし、グラウンドに甲高い音が響き渡る。
盛り上がる東京高専ナイン、そして打球を追っていく鋼汰と響子。
伸びていく打球に、鋼汰のスピードは更に上がる……
「……!届け……!」
鋼汰は、その左手を伸ばした……。
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選手名鑑No.1 山田鋼汰
白蘭高校1年 外野手
右投左打、身長184cm 体重72kg。
陸上上がりのスピードソルジャー。その高い走力を活かした広大な守備範囲と走塁能力は、現段階の時点で白蘭高校No.1。ただ野球を始めたばかり故か、細かい技術に欠け、打球判断を誤ったりするなど粗さも目立つ。
バッティングにおいても当てることにばかり気が向いて自分のスイングが出来なかったり、逆に自分のスイングをしようと思ったら緩急や動く球に翻弄されたりとまだまだ素人の域を出ないが、芯に当たれば飛ぶタイプと言える。
能力詳細
(SABCDEFGの8段階、Sが1番高くGが1番低い)
右ミート G
左ミート G
長打力 D
・パワーC
走力 S
・走塁力 S
守備力
左翼D 中堅C 右翼D
・捕球 E
・送球 E
・肩力 B
・打球判断 E
・守備範囲 左翼C 中堅B 右翼C
良得能
走塁C 盗塁C 選球眼◯
悪得能
三振 エラー 併殺 内野安打△
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