inning:5 買い出し
……再び練習試合の時を迎えた、白蘭高校のグラウンド。
夏日となった今日。汗の滴り落ちる炎天下の中、球女らは絶えず声を張り上げていた。
「しゃあ!打たせてこいや!」
「ここ集中ー!」
「行けますよ!しっかり!」
白蘭高校対、都内の中堅校・大田第二高校との練習試合。
初回からエースの西塔が、自慢のカットボールを駆使した大人なピッチングでスコアボードに0を並べ、試合は気づけば8回表。
今日7番・左翼でスタメン出場していた三妻に代わって、6回から左翼のポジションへと入った鋼汰は、2つの好プレーで西塔を助けてきた。
8回表、ワンナウトランナー無し。
西塔は、5球目のボールを投じる……。
「レフト!」
聖川の声が飛ぶ。
打球はレフトへのライナー。鋼汰は前進し、落下地点へと入る……。
「……!しまっ……!」
しかしボールをグラブではなく手首に当ててしまい、リカバリーしようにも体勢を崩してボールを溢してしまった。
それを見てバッターランナーは一塁へと加速。鋼汰は慌てて内野にボールを返すが、バッターランナーはもう一塁に到達していた。
「……」
項垂れる鋼汰。だが、センター・小幡の声でなんとか切り替え、守備位置に戻る。
基本的なミス。飛んできたボールをしっかりと見て、それを掴むのは基本的な動き。だが、鋼汰は捕ることを意識するあまりそれを怠り、結果打球を落としてしまった。
それを頭の中で反復し、続くバッターの打球に反応した。
「レフト!」
打球は左中間。小幡を制し、ショートの頭を超えて落ちたそれを彼は掴む。
ランナーは二塁でストップ。鋼汰はショートにボールを転送するが、指に引っかかりサードを守るソディアの元へ。
ソディアが少し驚いたような表情を浮かべる。それを見て、鋼汰は自分がミスをしたことに気が付いた。
「……」
記録にはならないミス。この状況でミスとは言えないが、もしあの送球がソディアの頭を超えていたなら、今頃致命傷になっていただろう。
0-0の緊迫した投手戦。その状況で、鋼汰はミスを連発したのだ。
聖川は鋼汰を一瞥し、タイムをかけてボールを受け取る。
「西塔先輩、ダブらせれば大丈夫です。焦らずに」
「ええ、分かってるわ」
どんな状況でも落ち着いた素振りを見せる西塔。少し腰を回して、彼女はピッチャーズプレートを踏む。
インプレーがかかり、西塔と聖川はサインを交換。しかし、西塔は聖川のリードに首を振っていた。
「(……ここは外のストレートでストライクを取りましょう。今のプレーで、今日の山田の守備がまずいことは明白です)」
「(でもそれじゃ、普通のピッチングになっちゃうわ。今求められるのは、普通じゃない正解のピッチング)」
「(普通ではない正解……?)」
「(ワンナウト一、二塁、一打で先制。投手戦の終盤は、相手も慎重なのに血の気が多くなってくるわ。併殺だけは避けようって)」
「(……ならば、どうすれば)」
「(……私を信じてくれる?聖川さん)」
「……」
聖川は少し考え、詰まった息を吐く。
胸のあたりを襲っていた苦しさがそれで消え、聖川は両手を広げてミットを構えた。
「……ありがとう、聖川さん」
そう呟いて、西塔はミットを睨み付ける……。
「ん゛っあ゛!!」
唸り声をあげ、文字通り唸るように向かっていくボールは、右バッターの内角高め。
バッターはそれを振り抜き、辺りに甲高い音が鳴り響いた。
「ショート!」
打球は再びショートの上。レフトの鋼汰が反応を見せる。
「……!」
しかし、ショートの駒田がジャンプ1番。
素早い反応を見せた駒田はその打球を掴み取り、そのままセカンドのカバーに入った神干潟にトス。
「アウト!スリーアウトチェンジ!」
「……ふぅ」
天を仰ぎ、安堵の息を吐く。
味方の失策からやってきた一死一、二塁のピンチを、ショートライナーゲッツーに収めた西塔。
あの初球に投げたボールは、内角高めへのカットボール。バッターが待っていた所へ、1番自信のあるボールを投げ込んでみせ、更に1球でゲッツーという最高の形に仕留めてみせた。
その様子に、聖川は顔には出さないまでも平伏の意を示している。
「……バッターにとって自信のあるコースで打たせて取る。並のピッチャーにできることではないな」
バッターの狙い、得意なコース。それを構えやスイングを見て瞬時に見抜くのが、キャッチャーの務めとも言える。
だが西塔は神経をすり減らしながらそれを行い、あの場面を1球で収めてみせた。
その野球脳の高さ。そしてそれを駆使できる、ピッチャーとしての高い実力。
名実ともに、正にエース。西塔悠于の、底力……。
「……最速145km/hの本格派右腕、ドラフト候補なのも頷ける」
聖川はそう呟いて、西塔とハイタッチを交わす。
「……」
ベンチに戻った鋼汰は、ヘルメットを被りバットを持って集中。
そして立ち上がり、
「……今度は、僕が助けるんだ」
そう呟いて、打席に向かう。
……だがその気合とは裏腹に、バットは空を切り……
「ストライク!バッターアウト!」
「……!」
鋼汰はなんとか悔しさを噛み殺して、走ってベンチに戻ってくる。
バットとヘルメットを置き、帽子を被ってグローブをはめた。
打席に向かった1番の神干潟の姿を見ながら、彼は込み上げてくる悔しさを再び噛み殺す……。
「……落ち着いて、山田君。そんなに力が入ってちゃ、当たるものも当たらないよ」
「は……はい」
見かねた西塔は鋼汰の隣に座り、そう語りかける。
まるで母に語りかけられたような気持ちになった鋼汰は、頭に上っていた怒りと血が引いていくのを感じた。
そしてその状態で見える西塔の整った顔。その目が合い、思わず逸らしてしまう。
「落ち着ついたみたいね……いい?焦らなくて良いから、自分のプレーをすることだけを考えるの。大丈夫。山田君は良い守備できる。大丈夫」
「は、はい!」
鋼汰の頭が完全に切り替わると同時、2番の駒田がショートゴロに倒れてスリーアウト。
「……さぁ、後ろは頼んだわよ、山田君」
「はい!」
大船に乗ったつもりで。そして、信頼できる人に背中を預けるように。
彼は、グラウンドを駆け回る……。
⚾︎⚾︎
……あの後、西塔は吹っ切れた鋼汰の好プレーもあり、三者凡退で9回の表を凌ぐ。
そしてその裏、3番の西塔が内角を綺麗にライト前へと運ぶと、小幡のスリーベースヒットで西塔が生還し、サヨナラ勝ち。
鋼汰は相変わらず2打数ノーヒット、まだ高校2本目の安打は記録できていないが、守備で随所に存在感を示してみせた。
そうこうしていると、4月も終わりに差し掛かる。世間では明後日からゴールデンウィークということもあって、新たな生活を迎えた者達は小休止に沸いていた。
しかし、白蘭高校の野球部は違う。
「おう!山田ア!」
「こんにちは、小幡先輩」
「おう!」
そうしてチームのみんなは集まり、練習開始。
「西塔さん、山田の監視役はあたしがやります」
「ええ、よろしく」
「か、監視役?」
「お前が変なことしやがったら痛い目に合わせる為の役職だ!細えこたあ良いんだよ!」
「(…身の危険を感じる)」
「なら、小幡先輩がいない時の監視役はウチがします」
「おう、しっかりやってくれよ?三妻」
「はい!」
「(…やっぱり、僕下っ端中の下っ端なんだな)」
「ふふ」
「ん?どうしたの?三妻さん」
「いや、なんでもないよ」
「変なの」
そうして、僕らは練習を進めていく。
ランニング、ストレッチ、ベースランニング。ここでは、チームの中でも存在感を発揮できる。そもそも、今の自分はこれ以外の長所を持たない。
キャッチボール、そしてノック。
そして今日、まず内野に入った僕は、打球に素早い反応を見せた。
「守備は~上手いんやな~」
「ありがとうございます」
褒めてくれたのはセカンドの2年生レギュラーである
「なあ?春香はん」
「…」
無言で頷くのは、ショートの
ちなみにノックを打つのは西塔先輩。
「山田君、外野」
「はい!」
僕は走って外野に移動。
西塔先輩に守備能力の高さを買われた僕は、内外両用のユーティリティープレイヤーになってほしいと打診を受けた。
僕はこれを了承し、積極的に取り組んでいる。
外野ち移動した僕は、素早く白球を追う。
「山田ア!ボールから目え離すんじゃねえぞ!」
打球に反応した鋼汰は、小幡のその声を背に、ランニングキャッチを披露。
「おー、ナイスプレー山田」
「はい」
「センター狙いらしいなあ、あたしは渡さねえぜ?」
「奪わせて頂きます」
「はっはっは!」
僕は走力を活かす為にセンターを中心に守備を練習している。ありがたいことに肩も強く、僕は精力的だ。
陸上部時代の筋トレが功を奏したな。
守備走塁では見事な動きを見せる一方で、投手である響子や畠山がバッティングピッチャーを務める打撃練習では素人臭さを隠せていなかった。
「おらあ山田あ!全然当たってねえぞ!」
「く…ふっ!」
フルスイング。しかし、打球は思うようには飛ばない。やっぱりあんな簡単にはいかないか、と、初めての練習試合の時を回想しながら呟く。
「そんなんじゃレギュラーは遠いなあ!」
「はい!ふっ!」
打球は、外野後方まで飛んでいく。
少しずつではあるものの、バットにボールが当たり始めた。そして、陸上で鍛えたこの大きな体が活かされ、それなりに飛距離で出てくるようになっている。
だが、本番になるとやはり勝手が違う。ここまであのタイムリーのみ、それ以外で塁に出れたのは2つのエラーの時だけ。
脚の速さを活かすためには、少なくとも塁に出なければ話にならない。それを理解し、彼は一心不乱にバットを振る……。
そして技術練習が終われば、ウエイトトレーニング。
野球は下半身が肝心だ。
だからスクワットで鍛えていく。
「西塔さん!重さどうします?」
「悪いけど、私は遠慮するわ」
「あ、そっすか」
ただ闇雲に鍛えるだけでは駄目。鍛える部位、効果を意識して適切な方法を取らないいけない。
例えば大臀筋(お尻の筋肉)、大腿四頭筋(ふともも前)は膝を90°に曲げるフルスクワット、ハムストリングス(ふともも裏)は浅いハーフスクワットで強化。
瞬発力、俊敏性強化の為に軽い重さスピードを意識してやったりもする。だがまずは重さを重視。そして重さを少しずつ落とし、スピードを重視するスタイルを取っていく。
終われば走り込み。ショートダッシュを繰り返し50mを15本走って終了。
そうして厳しい練習を終え、受験勉強のブランクもあってか顔を家紋に歪める響子らを、鋼汰と先輩達はひきずりながらクールダウンを行い、解散となった……
「あーー……終わった……」
響子がくたびれたとばかりにベンチに座り込む。
「鋼汰はしんどくないの?」
「走るのは慣れてるから」
「すご……」
「おーい、1年~」
僕達は小幡先輩の声に反応する。
「はい」
「明日の土曜、練習の後に部品の買い出しに行ってきてくんねえか?」
「部品……ですか?」
聖川が立ち上がって尋ねる。
小幡は頷き、
「おう、毎年1年が足りねえもんを買いに行くのが伝統らしくてさ。あたしらも去年行ったんだよ」
聖川さんはそれを聞いて、
「具体的には?」
「ああ、ノック用のバットがボロっちくなってっからさ。それとボールの補充も頼むわ。領収書田中っちに出したら払い戻ししてくれっから安心しろ」
「バットとボールくらいなら僕1人でも行けそうだね」
「えー?ついでに遊ぼうよー鋼汰ー」
「じゃあ僕買い出しに行くから響子らは「駄目!」
「鋼汰も一緒!良いよね?浴衣、志絵、沙希」
「う、うん」
「……分かった」
「良いっすよー」
「(…僕、聖川さんに嫌われてるのかな)」
「じゃ、よろしくな」
「は、は~い」
と、手をぷらぷらも振る小幡先輩の背中を見送り、僕の明日の予定が埋まるのだった。
⚾︎
そんなこんなで、翌日。
部活が終わり、一旦帰ってから再び集合することに。
集合場所は、若者がよく足を運ぶラウンドワン。1番最初に着いた僕は、スマホを触りながら待つことにした。
「……」
店の窓が鏡の役割を果たし、自分の姿がふと目に入る。さすがにジャージじゃ駄目だろうから、私服に着替えてきたけど……うん。ダサい。これはオワコンだね。
「山田君~おまたせ~」
と、1番最初に現れたのは三妻さん。
黒のスキニーパンツに茶色いブラウスの、大人っぽい雰囲気を醸し出すコーディネート。
目が合った三妻さんは、少し顔を赤らめてちらちらと上目遣いで僕を見つめ、
「ど、どう……かな」
「う、うん。大人っぽくて、似合うよ」
「あ、ありがと……」
まだ出会って3日。初々しい。
そんなことを考えていると、辺りを見渡していた三妻さんはこちらにやって来る聖川さんを見つけて、
「あ、浴衣ちゃん!こっちー!」
黒いハーフパンツにタイツ、白いパーカーという意外なスタイルの聖川さんも合流する。
「……」
「……」
「ほら、山田君、似合うって言ったげて」
「え!?あ、あの……」
「構わん。山田に見せるつもりで着たわけではない」
「……ご、ごめん……」
「おっまたー!」
「っすー!」
卑猥に聞こえる挨拶で合流する響子と、それに繋がる畠山さん。黄色のガウチョパンツに白いノースリーブという少し露出が目立つ格好。
畠山さんは今時の女子高生らしいのか、ブラウスにミニスカートとシンプルなスタイルだ。
僕はすぐに自分のパーカーのファスナーを下ろして脱ぎ、響子に着せた。
「えー?別にいらないんだけど」
「良いから」
「ぶー」
「響子、山田の気持ちを汲み取ってやれ。さすがに年頃の女とはいえ露出が多すぎる」
「はあ、むっつりめ」
「ぼ、僕はむっつりじゃないから!行くよ!」
「照れてるっすかー?」
「照れてない!」
「あ、待って~」
「……」
合流した5人は散策を始め、早い段階で野球ショップに到着し、僕達は目的の物を探す。
冷房の効いた室内に思わず安堵の息を吐き、店の中を探索。響子と畠山さんはグラブを眺めているようだ。
僕は聖川さんとノックバットを品定めする。
赤いモデルと普通の木製のモデル。
「ひ、聖川さん。どっちの方が良いと思う?」
「性能が変わらんのならどちらでも構わんだろう」
「そ、そか」
「……」
会計を済ませ、領収書を貰う。
そしてグラブやスパイクを見ていた響子、三妻さん、畠山さんと合流して、僕達は外へ。
「はあ、あのグラブかっこよかったなあ」
「だね」
「そっすねぇ」
「どんなやつだったの?」
「ピッチャー用と外野用なんだけど、松本哲巳さんの限定モデル!」
「松本哲巳ってあの巨人の?」
「そ!稲妻!」
巨人の赤き麒麟と呼ばれた、「英雄」・
彼女は巨人を長きに渡り引っ張った1番打者で、野球を知らない男でも知っているほどの名選手。
高卒一年目から15年連続盗塁王、ゴールデングラブ賞。三冠王5回とかなりの実力者だったが、出産と怪我で36歳の若さで惜しまれながらも現役を引退した。
しかし今では指導者として、数多くの名外野手を輩出しており、野球解説者としても多くのファンを獲得するバリバリのキャリアウーマンなのである。
「はあ……ポジション違うけど憧れるなあ」
「だよね~かっこいいもん」
「あの阪神戦でのファインプレーは忘れらんないっす」
「鋼汰は誰が好き?」
「僕?巨人の陽選手も好きだし……松本さんも……うーん……難しいなあ」
「鋼汰らしいね」
「(優柔不断な男だ)」
「(聖川さんに睨まれたような)」
「さ!これからどうする?」
「浴衣ちゃんは行きたいとこない?」
「特には」
「じゃカラオケとか?定番でしょ?」
「鋼汰君!決めて?」
「う~ん」
「(……時間の無駄だな)」
「……あ、響子。今日あの日じゃない?」
「あの日……?あ!それだ!行こ!みんな!」
「あれって?」
「限定マンゴースイーツ!今日だよ!」
「あ!忘れてた!」
「(優柔不断が役に立つ時もあるのだな)」
「早速れっつごー!」
「あ、走ると危ないよ!」
そうしてやって来たクレープ屋の屋台の前。
かなりの行列が向こうの曲がり角まで続いている。
行列を眺めている距離感からでも甘い匂いが届き、響子と三妻さんと畠山さんは喜びを隠せない。対し、聖川さんは興味があまりなさそうだ。
「何分並ぶんだろ」
「僕並んでくるよ。欲しいのはLINEにお願い」
「あ、ウチも行く」
「浴衣、行くよ」
「ああ」
そして30分ほど並んで、目的の「マンゴープレミアムクレープ」を4人分(僕は普通のやつ)を買うことができ、響子と三妻さんと畠山さんはご満悦だ。
「おいひ~」
「マンゴー美味しいよね」
「あ、響子、口元にクリームついてるよ……ほい」
「ん」
「ひゃあ、2人とも仲良いんだね」
「ラブラブっすね〜」
「幼馴染だから!」
「さすがに少しは食べ方直そうよ」
「山田の言う通りだぞ、響子」
「むぐ……頑張ります」
それからは豪快にぱくりと頬張るのではなく、慎ましく少しずつつまむようになった。
「さーて!さあどこに行こうか」
「あ、そうだ響子。今日響子が狙ってたメーカーの大特価だよね」
「それだー!行くぞーっ!」
「だから走ると危ないよ」
「(記憶力は高いな)」
ショッピングモールに入り、洋服を販売するブースに移動。
しかしここでも、見事に人、人、人。
ムスカ大佐なら大喜びしそうだが……
「あの服!あれ欲しいんだよね~」
「確かに可愛い」
「湯浅さんにも似合うっすなぁ」
「……ふむ」
「浴衣はどう思う?」
「響子や志絵が着る分には構わんだろうが、私は2人より背が低いからな…」
「響子、どれ?」
「あれ!あのキャミソールワンピース!」
「……あー、確かに4人とも似合いそうだね。
白と赤と紫と黒があるんだ」
「鋼汰!出陣!」
「分かったよ」
そうして「少年よ、大志を抱け」なポーズの響子に命令された僕は、女性の中をかき分けキャミソールワンピースのサイズを確認して精算。にしても4着で12000円は大特価すぎないか?赤字になるぞこれは。
僕みたいな人相の男じゃこんなとこで買い物してたら何言われるか分からないから、すぐさま退散。
「はい」
「ありがと鋼汰!」
「や、山田君躊躇なく行ったね……お客さん引いてたよ」
「さすがにあたいもびっくりしたっす……」
「昔から影薄いから人混み得意なんだ」
「そういう問題なのか?」
「あ、はい。三妻さんには白、聖川さんには紫、畠山さんには黒だね」
「え?良いの?」
「私は頼んでいないが」
「いや、4人で着たら良いよ。もう買っちゃったから貰って欲しいな」
「……そっか、なら……ありがとね、山田君」
「礼を言う」
「響子はともかく、お代は良いよ。僕が勝手に買って来ただけだし…」
「えー、なんで私だけー」
「響子は欲しがったじゃん」
「ぶー」
「僕は金の貸し借りにはうるさいよ」
「お母さんみたいだね、山田君」
「響子が昔からおてんばだったからね」
「ふむ、今も昔も変わらんのか」
「ちょっと!おてんばじゃないし!」
「いーや、かなりおてんばだよ」
「逆に湯浅さんがおてんばじゃないなら、サザエさんが淑女になっちゃうっすよ」
「ふふふ……ほんと、兄妹みたい」
「私が姉だよ!」
「響子がお姉さんか……弟は苦労するだろうなあ」
「それどういう意味!」
「そのままの意味だよ、お姉さん」
「むきー!」
「はいはい」
むきーっと怒りを露わにする響子の頭を抑え込んだ後、僕達は折角だからとショッピングモールを回る。
そして時間も時間。適当な場所で別れ、響子と2人で帰路についた。
「はー、楽しかった」
「だね」
「欲しいものも買えたし、楽しかったし、
久々に遊んだんじゃない?」
「そう……かな。うん、そうだね」
「んで、誰が好みなの?」
「何が?」
「志絵と浴衣と沙希!誰がタイプってこと!」
「いやいや、さすがに会って数日そこらだよ?」
「教えなよ~教えなよ~」
グリグリと横腹をつまむ響子。
それを僕は何とか振り払い、
「だ、だから別にタイプとかそんなんじゃ……」
「えー?ほんとー?」
「ほんとだよ!揶揄わないで!」
僕は響子に揶揄われながら、帰路を行く。
まだ夕刻ではあるけど、こうして2人で帰る時間は
久しぶりに感じる。
どこか楽しかった……いや、単純に楽しかった。
……また、こうやって遊びに行けたら良いな。
そう願い、僕は響子の頭を鷲掴みにするのだった。