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ネメシスとエイビス

「結局、以前の再現でしょうか?」
 とある山の上で、エイビスは眼下の光景を眺めながらネメシスに問い掛ける。
「そうとも言えるけれど、今回は以前よりは少し進展があると思うけれど?」
「まぁ、以前は奇襲で最初だけでしたからね。今回は備えた相手に一進一退といった感じですが」
 ネメシス達の眼下では、人が護る砦を魔物が攻撃している様子が繰り広げられている。もう三日ほど同じ状況が続いているが、傍目には進展がみられない。
「どっちもよくやっているよ。ただまぁ、魔王も大陸に覇を唱えたところで慢心したといったところかな」
「戦えば連戦連勝。魔王個人の強さも並ぶ者無し。あれだけあっさりとあの大陸を統一出来たら、慢心ぐらいはしそうですね」
「それでも、直ぐに他の大陸を攻めずに、まずは内側を固めたのは評価するけれど……その後に二正面作戦を展開したのは流石に慢心だったと思うよ」
「攻める大陸を一つだけ、もしくは片方を援軍を阻止するための楔として派遣するだけだったなら、今頃橋頭保ぐらいは確保出来ていたかもしれませんね」
「そうだね。いくら大陸間を移動する技術が向上したとはいえ、攻める大陸を二つにした影響で自分の首を絞めているようだし」
「魔王は仕事で大変そうですね」
「あれぐらいなら……いや、私達と比べる方が間違っているか」
「地を這う草に、空浮く雲を見習えと言っても無意味ですよ。そもそも存在そのものからして異なるのですから」
「まぁあれも特異な存在ではあるのだが」
「他のちり芥と同種でしょうに」
「………………君にとってはね。というより、君はこの世界をれい様かそれ以外かでしか分けていないのだろうが」
「ふふふ。何を言っているのですか。この世界はれい様のみしか存在しませんよ。他などれい様を愉しませるための夢幻でしかないのですから」
「………………相変わらずだな」
 ネメシスはそれを本気で言っているエイビスに、小さく息を吐き出す。
 エイビスにとって同格のネメシスでさえ、欠片も存在を認めていない。エイビスはれいが与えた役割を演じているだけ。その結果としてれいの糧になるのなら、それこそが喜びでしかない。そのためなら、己が身でさえどうだっていいのだ。
 エイビスの眼にはれいしか映っていないし、エイビスの世界にはれいしか存在しない。れい至上主義者であり、れいの絶対性以外は全く考えていない。それ故に、れいに対して僅かでも敵意を向けたと判断した場合は、管理補佐達の中で最も残酷な存在であった。
「まぁいい。とにかく今回はこのままいけば、時間はかかるだろうが、前回よりは魔物が駒を進めるかもしれないね。もっとも、その後が大変だが」
「ああ、前回は飛び地に支配域を創ったまではよかったのですが、結局独立されましたからね」
「そうだね。独立後は人とも交易を開始して、今ではすっかり同化して、その大陸の民になってるから」
「あれはあれで面白い結果になったと思いますよ? 私としては褒めてあげたいぐらいです」
「れい様が興味を持ってらっしゃったからね」
「ええ。ちり芥にしては上出来の働きでした。なので、今回も多少は期待しているのですよ」
「れい様は既に魔王に多少興味を持ってらっしゃったと思うが?」
「ええ。珍しい見世物としてしっかりと働きましたね。今後もしっかりと働くかは分かりませんが」
「現状では歴史を焼き直したうえで少し進展させるぐらいかな。魔王自ら戦場に赴けば流れは変わるだろうけれど……」
「それをするには人材不足ですね。急激な拡張に人材が追い付いていません。そもそも魔物で社会的な頭脳労働が可能な人員がどれほど存在するのか。元を辿れば動物だったからか、野性的な者が多いですからね」
「その分、戦闘に関しては中々だけれど」
「それも大軍では運用に苦労しているようですね」
「まぁ、魔物は個人主義か、多くて群れ単位だからね。だからこそ、あの大陸に統一国家なんて巨大な国が存在していなかったわけだし」
「過去には頭のよさそうな者も居たのですが」
「そちらは大抵研究の方に走ったからね」
「あれはあれで興味深いものがありました。新しい発見もしていますし、人と共存すれば今以上の発展は望めそうですが」
「それこそ、それをどうするかは魔王次第というやつでしょう。今のままだと完全に人の敵になりそうだけれど」
「人と同化した魔物が心証のポイントは稼いでいるのですがね」
「そうだね。仮に魔王がこのままでも、そちらで成果が出そうだし。そういう話が出ていたという報告があった気がするけれど?」
「庶民階級では人との共生が形になりつつありますからね。それをもう少し上まで、程度なら話に出たそうですが、まだ議論の段階で形にはなっていませんね」
「そう上手くはいかないか」
「最悪、人に国を乗っ取られますからね」
「独立した国だけに、その辺りが一番怖いのかもね」
「さて、このままこうして見ていても進展はなさそうですから、情報の交換は終わりましたし、私は先に行きますよ」
「ああ。ではまた」
「ええ。それでは」
 そう言葉を交わすと、エイビスは一瞬で姿を消す。
 それを見送ったネメシスも、疲れたように息を吐き出した後に一瞬で姿を消したのだった。

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