第2話(4) 勝負の行方
二本目先攻、聖良ちゃんが攻める番です。今度は今までとは逆方向、竜乃ちゃんにとっては右側の方にドリブルしていきます。スピードは十分ありますが、それでも竜乃ちゃんを振り切れません。聖良ちゃんは一瞬止まりました。さあ、どうするのか。体を右に傾けました。竜乃ちゃんもそちらに重心を傾けます。次の瞬間、再び左側(対面する竜乃ちゃんにとっては右側)を抜きにかかります。
「うぉ⁉」
竜乃ちゃんはバランスを崩されました。彼女の反応の鋭さを逆手に取って、上半身だけでフェイントをかけたのです。駆け引きに長けています。聖良ちゃんが早くもシュートモーションに入りました。すぐさま反転した竜乃ちゃんがスライディングに近い体勢でシュートブロックを試みます。一本目と似たような形になるかと思われましたが、ここからが違いました。聖良ちゃんはシュートを打たず、急停止します。滑り込む形になっていた竜乃ちゃんは止まれません。聖良ちゃんは左足でボールを転がし、自らの軸足(右足)の裏側に通します。そして、竜乃ちゃんの左側をすり抜けます。大体ゴール前右三十度位の位置です。聖良ちゃんが左足でシュートを放ちますが、ボールはゴール前を横切るように飛んでいきます。キックミスか、と思わせてそこからググっとボールが左に、つまりゴールに向かって曲がっていきました。アウトサイドに回転をかけたのです。このままゴールの左サイドネットに突き刺さるかと思われましたが、永江さんが横っ飛びでこれを弾き出しました。またも得点はなりませんでした。しかし、利き足ではシュートを打たないというハンデを自らに課しながらこれだけのプレー。相当な実力者です。ホントに何故このチームに入ろうとするのでしょう?
二本目後攻、竜乃ちゃんの番です。今度は笛が鳴るとすぐに、左斜め前方にボールを蹴り出し、早くもシュートモーションに入りました。角度をつけてシュートコースを作るのは正しい判断です。しかし当然、聖良ちゃんがシュートを阻止しようと動きます。
「馬鹿の一つ覚えなのよ!」
「かかったな!」
「なっ⁉」
竜乃ちゃんはシュートを打つのを止めて、右斜めに抜け出します。見事なキックフェイントです。聖良ちゃんは完全に逆を突かれました。
「よっしゃ、もらった!」
竜乃ちゃんが右足でシュート体勢に入ろうとします。しかし聖良ちゃんも追いついて、竜乃ちゃんの左肩に右肩でタックルを仕掛けます。
「ぬぉ⁉」
「きゃっ⁉」
何とタックルを仕掛けた聖良ちゃんの方が吹っ飛びました。ですが、流石に竜乃ちゃんも体勢を崩しました。それでもシュートを放ちますが、ボールはゴール左に逸れていきました。シュートを撃った勢いで転げてしまった竜乃ちゃんですが、すぐ起き上がり、聖良ちゃんに不平を言います。
「おい!今の反則じゃねーのか!」
「今のは横からのショルダータックル! 正当なプレーよ!」
聖良ちゃんも立ち上がりながら言い返します。ここまで0対0。勝負は三本目にもつれこみました。ここまでの接戦になるとは思いませんでした。
「竜乃ちゃん! ドリブルが大きいと、次のプレーに移りにくかったり、ボールを獲られやすくなるよ! ボールタッチは細かく、小さくを心掛けて!」
「分かったぜ、ビィちゃん!」
竜乃ちゃんが頷きながら所定の位置に向かいます。
三本目先攻、聖良ちゃんの番です。
「桃ちゃんのハートを掴むのは私……こんな奴に邪魔させない……」
何やら呟いて、聖良ちゃんがドリブルに入ります。今度は真っ直ぐに竜乃ちゃんに向かっていきます。高速で突っ込みながら、右左にシザーズを入れ、左足アウトサイドを使って、自身の左斜め前にボールを持ち出します。
「どぉわ⁉」
見たことの無いスピードのフェイントに竜乃ちゃんも翻弄されて、置いていかれます。このままシュートを打つかと思いきや、聖良ちゃんはスピードを緩めます。
「ナメんな!」
追いついた竜乃ちゃんが横に並びかけ、左肩でショルダータックルを仕掛けます。それを予期していたのか、聖良ちゃんはボールを左足裏で操りながら、3歩程後ろに下がります。
「何だ⁉」
タックルをかわされ、戸惑う竜乃ちゃん。次の瞬間、聖良ちゃんはボールを左足で思い切りすくい上げます。皆が「あっ」と思ったその時、ボールは緩やかな弧を描いてゴールに吸い込まれていきました。絶妙なループシュートです。キーパーの永江さんも虚を突かれた形で一歩も動けませんでした。目の前に竜乃ちゃんが立ってしまったため、聖良ちゃんの動きが一瞬見えなくなったのも要因だと思います。ただ、それも含めて彼女の計算だったのでしょう。
「……これで私の1点リード。よく頑張った方だけど、勝負は見えたわね、私が本気を出せばこんなものよ」
聖良ちゃんが所定の位置に着こうとする竜乃ちゃんに話しかけます。
「まだ終わっちゃいねぇだろ……!」
竜乃ちゃんの闘志はまだ萎えていないようですが、力量差は明らかです。打つ手があるようには思えません。
「ビィちゃん!」
竜乃ちゃんが私を呼びます。私は駆け寄りました。
「え、どうしたの?」
「強いシュートの撃ち方を教えてくれ、私のフォームおかしいんだろ?」
「気付いていたの?」
「どうにも撃ち心地が悪くてよ。この前みたいにスカッといかねぇんだ」
「撃つときは軸足を、竜乃ちゃんの場合は右足を、ボールの真横に置くことを心掛けるんだよ、そして軸足をしっかりと踏み込んで、最後までボールをよく見て撃つんだよ」
「OK。大体分かったぜ」
竜乃ちゃんが所定の位置に着きました。
三本目後攻、竜乃ちゃんの番です。竜乃ちゃんは軽くボールをすくい上げます。少し浮いて落ちてくるボールをそのままシュートしようとします。
「⁉ やけくそってこと⁉」
聖良ちゃんがシュートブロックに入ります。しかし、竜乃ちゃんはシュートを撃ちません。ワンバウンドしたボールを自分に右斜め前方に大きく蹴り出します。
「しまっ…!」
聖良ちゃんの反応が遅れました。竜乃ちゃんはボールに追いつきますが、右足でシュートせずに、ボールをキープする体勢に入りました。聖良ちゃんが追いつきました。
「もらった!」
聖良ちゃんがボールを奪い取ろうと足を伸ばします。しかし次の瞬間、驚愕のプレーが飛び出ました。竜乃ちゃんが左足裏でボールを引き寄せ、クルっと反転し、今度は右足裏を使って、ボールを自身の前に運びます。「ルーレット」と呼ばれる技術です。この土壇場で出してくるとは……恐らくまた本能的なものでしょう。ともかくこれで聖良ちゃんと完全に入れ替わる形となりました。キーパーと1対1の状況です。そして、竜乃ちゃんはシュートモーションに入りました。軸足をしっかりとボールの真横に置いています。私は思わずまた叫んでしまいました。
「撃て!」
竜乃ちゃんの撃ったボールは凄い勢いでゴールに向かって飛んでいきました。永江さんのほぼ正面でしたが、伸びが予想以上に鋭かったのか、キャッチングをしようと伸ばした彼女の両手を吹き飛ばし、ゴールネットに突き刺さりました。あまりの衝撃に皆しばし呆然としてしまいました。やがて我に返った美花さんが、
「ゴ、ゴールです! 同点です!」
と、得点を宣告しました。
「さて、スコアは1対1だがどうする?」
永江さんが二人に問いました。
「延長戦ってやつか⁉ 望むところだぜ!」
竜乃ちゃんが鼻息荒く答えます。
「……私の負けで良いです」
聖良ちゃんが沈んだ声で答えます。竜乃ちゃんが驚きます。
「あん⁉ なんでそうなんだよ!」
「1点ずつ取ったけど、しっかりと相手をかわしてゴールを決めたのはアンタ。内容的にアンタの方が勝ちにふさわしいわ」
そして、聖良ちゃんはその場を立ち去ろうとします。竜乃ちゃんが呼びかけます。
「どこ行くんだよ?」
「サッカー部入部をかけた勝負って言ったでしょ。敗者は黙って去るのみよ」
「待って!」
私の声に聖良ちゃんが振り返ります。
「私のハートに火を付けろ!って言ってたよね? 私、聖良ちゃんのプレーにすごく魅了されたよ! 『幕張の電光石火』と一緒にプレーしたいよ!」
「桃ちゃん……」
「一緒にサッカーやろう?」
「うん! あの時みたいに!」
私が差し出した手を聖良ちゃんは両手でグッと握り締めてきました。あの時っていつでしょう?まだ思い出せませんが“とりあえず相手の調子に合わせてみる”作戦はもうしばらく継続です。そして聖良ちゃんは竜乃ちゃんの方に向き直って話しかけました。
「色々突っかかって悪かったわね。えっと……龍波さん」
「竜乃で良いよ」
「え?」
「これからチームメイトってやつになるんだろ? さん付けなんか良いっての。それよりお前ホントサッカー上手いよな、これから色々教えてくれよ」
「ふふっ、私で良ければ。よろしくね、竜乃」
「おう、よろしくな! ピカ子!」
「は? ピ、ピカ子?」
「だって、ピカピカうるせぇし、あだ名が『電光石火』だっていうし……そのツインテールも○カチュウの触覚みてぇだし……だからピカ子」
「~~~!」
聖良ちゃんの肩がプルプルと震えています。そして私の方に振り返り、叫びました。
「桃ちゃん! 私やっぱりコイツ嫌い!」