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第3話(1) ポリバレントなお寿司屋さん

「だあ~ダメだ、出来ねえ~」

 情けない声を出して、グラウンドに倒れこんだ竜乃ちゃんに対して、聖良ちゃんが呆れたように声をかけます。

「リフティング20回も出来てないじゃない。桃ちゃんからの宿題は?」

「50回…」

「先は遠いわね……大体アタシとの1対1では、すご、……なかなか良かったじゃない? あのプレーなんかどうやったのよ?」

「さあ? 体が勝手に動いたっていうか……」

「本能のおもむくままに、って訳? まさに獣ね……」

「獣はお前だろ、ピカ子!」

「誰が○ケモンよ!」

 竜乃ちゃんと聖良ちゃん、すっかり仲良くなって良かったな~と二人の微笑ましいやり取りを横目に見ながら、私もリフティングを続けていました。リフティングとは見たことある方や、ご存じの方も多いと思いますが、手以外の部分を使って(手を使うと、サッカーでは「ハンド」の反則をとられてしまいます)、ボールを地面に落とさずに蹴り続けることです。手以外ならば、太腿や頭、肩や胸、なんだったら背中やお尻を使ってもOKです。一見お遊びのようにも見えますが、これがどうしてなかなか重要な練習方法なのです。何よりボールに多く触れることができますし、「これ位の高さまでボールは上げるには、どの位の強さでボールを蹴ればいいのか」、「この位の高さのボールは体のどの位置で止めれば良いのか」などといったプレーの感覚が掴めるようになるからです。まあ、竜乃ちゃんの場合、そういった感覚は本能的に、集中力が研ぎ澄まされたときに発揮されるようですが、それでは十分とは言えません。もっとコンスタントにスーパープレーが出せるようになれば、鬼に金棒です。……そう思って、まずは「リフティング50回」を彼女に課したのですが、なかなか上手くいきません。教え方が悪いのかな~と思ったとき、あることに気が付きました。

「ああっ!」

 突然の私の叫びに、竜乃ちゃんたちが驚きます。

「そっか~」

 と言って、私はボールを自分の頭上高くに蹴り上げます。

「大事なこと忘れてた~」

 私は真上から落ちてきたボールをノールックで右足の甲にピタリと乗せ、そのままボールをすくい上げ、近くのボールかごに入れました。そして、二人の方に振り返り、こう告げました。

「練習後さ、二人とも私に付き合ってよ」

「あ、ああ…」

「な、何今の神業…」

「集合!」

 副キャプテンの呼ぶ声がしたため、私は何やらあっけにとられている二人を尻目に、小走りで皆の元に集合しました。副キャプテンが集まった部員にこう告げました。

「明日からの土日は、二日間とも午前・午後と2部練習を予定している。ハードなものになるだろう。今日は早めに切り上げて、各々体を休めるように。それでは解散!」

 思いがけず、時間が多く取れることになりました。……という訳で本日は買い物に行きます!



 練習後、私たち三人は制服に着替えて、学校近くの商店街へと向かっていました。竜乃ちゃんが不思議そうに私に問いかけます。

「ビィちゃん~買い物って何を買いに行くんだよ~?」

「ふふっ、それは着いてからのお楽しみだよ~」

「何だよそれ……ってあれ、この辺って確か…」

 竜乃ちゃんがキョロキョロと辺りを見渡します。

「どうしたのよ?」

 聖良ちゃんが竜乃ちゃんに尋ねます。

「いや……あ、やっぱりあった。なぁビィちゃん、その買い物って急ぎか?」

「え、いやまだ時間的には余裕あるけど……」

 私はスマホの時計を確認しながら答えました。

「ならよ、ちょっと早いけど腹減ったから晩飯にしねぇ? 美味い店知ってんだよ」

「あのねぇ私たちは買い物しに来たのよ? そんな寄り道してる暇は……」

「竜乃ちゃん、案内して」

「桃ちゃん⁉」

 美味しいお店があると聞けば、グルメの私としては黙ってはいられません。竜乃ちゃんの案内する方向についていきました。

「ここだ」

 竜乃ちゃんが指し示したお店は、目当ての商店街から一つ外れた通りにありました。お店の名前は「武寿(たけず)し」。少し年季の入った二階建ての建物は歴史を感じさせます。

「寿しって……お寿司屋さん⁉ そんなお金無いわよ!」

「大丈夫だって、ここ結構リーズナブルだからよ。それにこの時間帯は……まあ、いいから入ろうぜ、なあビィちゃん」

 なるほど……「この美味しさでこのお値段⁉ 信じられない‼」路線のお店というわけですか……。これは否が応でも期待が高まるというものです。きっといかにも職人肌のナイスミドルな女性が「いらっしゃい……」と言葉少なに出迎えてくれるのでしょう。私は高鳴る胸を抑えながら、竜乃ちゃんに続いてお店の暖簾をくぐりました。

「へい! らっしゃい‼ 儲かりまっか!」

 私の期待は入店2秒で粉々に砕け散りました。私たちを出迎えたのは、職人気質のナイスミドルな女性ではなく、商人気質のソフトアフロの女子でした。

「お、竜っちゃんやん! 久々やなぁ~最近来てくれなくて寂しかったわ~」

「相変わらず賑やかだな、アッキーナは」

 そう言って笑いながら竜乃ちゃんはカウンターの席に腰掛けます。私と聖良ちゃんも戸惑いながらも椅子に座ります。

「今日はダチを連れてきたぜ、ビィちゃんとピカ子ってんだ」

「だからピカ子ってのを……ってダ、ダチィ⁉」

 文句を言おうとした聖良ちゃんですが、途中で黙り込み、俯いてしまいました。何故かちょっと顔を赤らめています。

「へーそうなんや! 流石竜っちゃんはお友達もベッピンさんが多いな~。どれどれ~? 端からベッピンさん、ベッピンさん、一人飛ばして、ベッピンさん、……ってそれだともう一人おることになるやないか~い!」

 アフロさんの大げさな動きとは対照的に沈黙が店内を包みます。

「な、何で笑わへんの……?」

 アフロさんが絶望に囚われたような表情でこちらを見ます。よっぽど自信のあるジョークだったのでしょうか。すると竜乃ちゃんが口を開きます。

「注文良いか?」

「えぇ⁉ クール!」

 私が驚いていると、アフロさんもパッと表情を変え、

「ほい、何にしましょ?」

「切り替え早っ!」

 どうやらこの二人にとって、このノリが通常営業のようです。

「うーん、日替わりメニューで良いか。二人もそれで良いよな?」

 お寿司屋さんで日替わりメニューっていうのがさっぱり意味分かりませんが、もはやついていけない私と聖良ちゃんは黙って頷きました。

「はいよ、日替わり三人前ね、ちょ~っと待っててな!」

 威勢の良い返事をして、アフロさんは調理を始めました。

「お待ちどうさん~本日の日替わりメニュー『魚介スパゲッティ~地中海の調べ~』になりま~す。どうぞ召し上がれ~」

「お、美味そうだな~いっただきま~す♪」

 あ然とする私たちをよそに竜乃ちゃんはフォークにスパゲッティを巻き付け食べ始めます。

「ン? ドッタノ? ファベネーノ、フハリトモ(食べねーの、二人とも)?」

「う、うん、頂きま~す……」

「頂きます……」

 私と聖良ちゃんも困惑しつつもスパゲッティを食べ始めました。

「ん⁉」

 私は一口食べてから、呟きました。

「美味しい…!」

「せやろ?」

 アフロさんが得意げに答えます。

「この麺に絡んだトマトソースの甘く濃厚な味わい。たっぷりかかったオリーブオイルとニンニクの香りが絶妙なアクセントになっています。そして何といってもこの豊富な魚介類!あさりにイカ、エビ、ホタテに、ムール貝とタコ! 地中海は私のお口の中にあったんですね…」

「お、おおきに」

 若干引き気味なのが気になりますが、私の感想にアフロさんも満足して頂けたようです。私や竜乃ちゃんには少々遅れましたが、聖良ちゃんも完食しました。

「ごちそうさまでした……美味しかったわ……でもね!」

 聖良ちゃんが立ち上がり、アフロさんに捲し立てます。

「なんでアフロ? なんで関西弁? ってかなんでお寿司屋さんでスパゲッティ⁉ 突っ込みどころのバーゲンセール過ぎんのよ!」

 興奮を抑えきれない聖良ちゃん。無理もありません。入店からこっち、私たちの頭はパニック状態です。気持ちは分かるのですが、とにかく私は聖良ちゃんを落ち着かせ、椅子に座るように促しました。そんな私たちの様子を見て、アフロさんがゆっくりと口を開きました。

「ウチな……『ポリバレントな寿司屋』を目指してんねん……」

 またも沈黙が店内を包みます。

「まあ、今ので大体分かってくれたと思うねんけど……」

「いやいやいや! 分かんない! 分かんない! さっぱり分かんないから!」

 聖良ちゃんは右手を顔の前でブンブンと振りながら否定しました。ちなみに『ポリバレント』とは本来英語で「多価」を意味する化学用語でしたが、日本サッカーにおいては「複数のポジョションをこなせること」という意味に“翻訳”されて定着しました。

「……つまり貴方が目指すのは、『様々な料理をお客さんに提供するお寿司屋さん』ということになるのでしょうか」

「そういうこっちゃ。ただ、実はまだ肝心の寿司の修業を本格的に初めてへんねん……おふくろも入院中でな……あ、単なる検査入院やけどな、今お店は一番上の姉ちゃんが寿司を握っている。ウチは店が開く数時間前にこうして場所借りてレストランみたいなもんをやっているって感じや、和洋中、なんでもござれやで」

「で、そのアフロは何よ⁉」

 聖良ちゃんが赤みがかったアフロを指差します。

「これか? これは……個性や!」

「こ、個性……?」

「せや。これからの寿司屋はもっと話題性を重視せなアカン! なんかあの店にアフロの奴がおるでってなる! 話題になるやん! お客さんぎょーさん来てくれはるやん! 素敵やん?」

「そ、それはご家族も御承知なの?」

 勢いに気圧されつつ、聖良ちゃんは質問を続けます。アフロさんは僅かに顔を反らし、寂しそうに呟きます。

「それがな……母ちゃんも姉ちゃんも『お前は寿司職人として間違っている』って言うねん……一体何が間違ってるっちゅうねん……」

「何がって何もか…! ミョミョチャン(桃ちゃん)⁉」

 聖良ちゃんの口を横からムギュっと挟み、彼女の言葉を遮ります。これ以上の議論は平行線……というか全くの無意味だと思ったからです。私は竜乃ちゃんにアイコンタクトを送ります。竜乃ちゃんも頷き、

「そんじゃ、アッキーナ、おあいそ頼むわ」

「はい、おおきに! それじゃあお一人六〇〇万え~ん」

 三度沈黙が支配する店内。

「六〇〇円な……じゃあな、ごっそさん」

「まいど~また来てや~」

 やはりこのノリが通常営業のようです。

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