Ⅳ 水の錬金術師アクア・クララ
「ふんげっ」
変な声で目を覚ますと、朝だった。昨日はメルちゃんを真ん中にして三人で眠っていて。メルちゃんは初めはお母さんの方にくっついていたはずなのに(うらやましいって思った)。
今は私の胸の辺りにぐりぐり顔をこすりつけている。
なんだか、寂しそうだったからぎゅっと抱きしめてあげると。呼吸が落ちついてきて。また一眠り。朝だから起きてほしいんだけどなぁと思っていると。太陽を後ろにしてお母さんが座っているのに気づいた。本を読みながら、きっとこっちを見てほほえんでいるのだけど。まぶしすぎて表情が見えない。
「アイリス。少しだけ、留守にするわ」
「う、うん」
「メルちゃんが起きて、朝ご飯ができたら。呼んでくれる?」
「大きな声、出せばいい?」
「ふふふ、そんなことしなくても、聞こえるわ。『カンパニューラの呼び鐘』があるでしょう?」
「あ、そっか。わかった」
「じゃあ、よろしくね」
そう言うと、窓が開いて。お母さんはタンポポの綿毛になって消えてしまった。
ちなみにカンパニューラとはピンク色の鐘の形をしたお花で。ぴんっとはじくとシャララとキレイな音がする。けれど、この音は私やお母さん、メルちゃんみたいに人間じゃない人にしか聞こえない。そして、どこまでも届く。カンパニューラには花が生えている場所によって音階が変わるから『聞こえる者』はここに集まるの。そこには動物や鳥たちもいて。たまにいっしょにご飯を食べたりする。その中でもカンパニューラの呼び鐘、これは特別なもの。お母さんが調整してくれたものだから私とお母さんにしか聞こえない、そう言ってた。
「ん……」
「おはよ。めるちゃん」
「ん……あ……お母様……おはよう……の……キス……」
「え……」
メルちゃんが、眠たそうにふわっとほほえんで。唇が柔らかく開く。なん、だろう。どうしてこんなにキスしたくなるんだろう。そう思いながらそっと唇を合わせる。
「ん……」
優しい、優しいキス。恋とか、わからないけど。どちらかというと、お母さんといつもするキスに似ていて。でも、お母さんへの想いもまた、いろんな大好きが詰まってるから。きっといっしょなんだろうなぁ。なんて思ってた。
「……アイリス、嫌がらないんだな」
「きもちい、よ」
「あまり、うかつにそういう表情をするな。それに、無防備すぎる。アタシはなにをするかわかんないぞ」
「その時はお母さんが助けてくれるもん」
「そうか、そうだね。うん。やっぱりアイリスは愛されてるね」
「あはは。なにそれー。ごはん食べる? ちょっと早いけど。お母さんな……ら……」
起き上がろうとする私を、メルちゃんは抱き寄せて倒した。ぼふっと布団の糸とかが舞って。太陽を反射してキラキラしている。
「める……ちゃん?」
「もう少し、もう少しでいいから……このままいさせて……きっと、最後だから……」
「うん……」
最後、その言葉は気になったけどおふとんが気持ちよすぎて。私もまたゆっくり眠ってしまった。
✾
「ふんげっ!!」
パンの焼けるにおいで目が覚めた。二度寝したからかな。頭がぼーっとする。
「おはよう。アイリス、メルちゃん」
「ん……おはよう、マリア」
「お、おはよ。お母さん」
「おはよう、おねぼうさん」
「う」
「ごめん。アタシのせいだ。アイリスは悪くない」
「ふふ、分かってるわ。それよりお客さんよ」
「お客さん……お母さんをとっちゃう人?」
「違うわよ。大丈夫。アイリスは心配性ね。ほら、食事にしましょう。おいで、おちびさんたち」
「「はぁい」」
メルちゃんの手をとってご飯のお部屋に行くと、そこには見慣れない人が座っていた。身体の周りをぽわぽわと水の玉が浮いている。髪が長くて、水色。とても優しそうな瞳で私たちに手を振ってくれた。
「おはよぅ。アイリスちゃぁん、あとぉ、そちらはメルちゃんねぇ」
「お、おはよう、ございます……」
「そんなに緊張しないでぇ。私はぁ、あなたが小さなころに会ってるわよぅ」
「そう、なの?」
「えぇ。種だったころから知ってるわぁ。あなたの中を循環する『生命の雫』は私が創ったのよぅ」
「え!」
「アイリス、この人は……」
「私からぁ、自己紹介させてぇ」
「ふふ。じゃあ、よろしくね」
「はぁい」
イスから『とん』と降りて私たちの目線にあわせてしゃがむ、水色のお姉さん。手のひらを出すとそこからぽわんっと水の玉が出てくる。ぷるぷるのゼリーみたい。私たちはそれをツンツンしたり、持ってみたり。それで遊んでいると。すごく優しい顔でほほえんでいて。もうひとりのお母さんなんじゃないかなぁって思った。
「かぁわいいわぁ。ねぇ、どちらかもらっていっていいかしらぁ」
「だぁめよ」
「ふふ。じょうだんよぅ。さぁ、おちびちゃんたち。自己紹介をするわねぇ。私はクララ。水の錬金術師『アクア・クララ』アイリスちゃんはお久しぶり。メルちゃんは、初めまして、ね」
「あ、はい。え、えっと、よろしくお願いします。くららさん」
「……よろしく」
「ふふふぅ。ふたりともぉ、緊張してるわぁ。かわいぃ」
「ほら、朝ごはんが冷めちゃうからみんな食べながらお話ししましょう」
「う、うん」
「ジュースはなにがいい? ミルクも作り出せるわよぅ。あ、でも……おっぱいからは、出ないけれどねぇ。ふふふぅ」
「そうなんだ。えっと、アタシはなんて呼んだらいい?」
「あらぁ。錬金術師ジョーク無視されちゃったぁ。アクアも良いけれど、クララがいいわぁ。それでぇ、聞きたいことがあるのよねぇ? メルちゃん」
「えっと、単刀直入に言うけど。母ちゃんを戻せるのか」
「マリアから聞いてると思うけれどぉ。それは無理ぃ。身体がすでにこの世の物ではないというのもあるけれどぉ。そもそもぉ、神や錬金術師が関与した場合はぁ。その当人たち以外はほぼ不可逆的存在となるのよぉ」
「難しい。かいつまんで」
「夜の錬金術師『ニュクス』。始まりと終わりの神『メルクリウス』。このふたりにしかあなたのお母様の形を変えられないということねぇ」
「どこにいる。何年かかっても探す」
「無理よぅ。ニュクスは深淵だわぁ。マリアに言われて手繰っているけれど、居場所を掴んだって思った瞬間に。座標が変わるのぉ。『闇の帳』だと思うけれどぉ。向こうから干渉してこない限りはぁ。ニュクスへのアプローチは事実上不可能よぅ」
「なんだよ。偉そうなこと言って」
「あらぁ。ごめんねぇ」
「協力してくれるだけでもうれしいわ」
「ふふ。それでぇ。マリアはどうしてニュクスに干渉しようとしているのぉ? 『常闇の花』でもとりに行くのぉ?」
「ううん。ちょっと、人を探しに」
「野暮なことを聞いたわぁ。引き続き、調査を続けてみるわねぇ」
「お願いね」
「えぇ。それで、メルクリウスの方だけれどぉ」
「う、うん!」
「もう既にここにあってぇ、けれどここには存在しないのだけどぉ、確かにここにいるのよねぇ」
「どういうこと?」
「言って良いのかしらぁ」
「えぇ。そうでないと、この子は救われないわ」
「うーん……かわいいかわいいアイリスちゃん」
「ふぇ!? わらひ(私)?」
「朝ごはんを食べてるところ、ごめんなさいねぇ。お友だちとまた離れる事になっちゃうわぁ」
「え……」
「えっとね、メルクリウスはぁ」
「メルちゃんよ」