弧を描く(1)
平気で人の心に入り込もうとする。それが
体調が思わしくない綾音は、体育館の隅で一人部活の見学をしている。本当は帰っても良かったが、縁を残して帰るのが嫌なのだ。
眼鏡を掛けた横顔は綾音を見てはいない。とても真剣な表情からは、学校帰りに見せる揺らぎなど一切伺えない。
(好きよ)
声に出してはいけない言葉。綾音は縁の気持ちを弄ぶ存在であり、けして心を奪われてはならない。そんなことを認めてしまうのは、どうしてか悔しかった。
(大好きよ)
微かに唇を動かして、声もなく繰り返す。誰に聞こえるわけでもない、誰に伝えるわけでもない告白は、綾音の心臓からぽたぽたと血を流し、足元に染み込んでゆく。
「──綾音さん」
なんだかとても眠くて
部員が後片付けをしている。もう終了の時間のようだった。
部活に出る時はいつも、綾音の長い髪は一つに結われている。程よい緊張を呼び起こす感覚と、それを
「なあに」
「ほっぺに髪が」
「ありがとう。……帰りましょ」
「顔色が、良くないです」
「貧血なの」
「帰れば良かったのに」
綾音の内心など思いもよらぬかのように、縁は冷たい言葉を吐く。勿論その本意は冷たさからは程遠く、綾音を
体育館の外に出ると、夕日が空を茜色に染め上げていた。熟した
「いつもよりのんびりね」
「綾音さん、つらそうだから」
「そういう時は鞄持ちましょうかって言うのよ」
「──鞄、持ちます?」
「大丈夫、自分で持てる」
綾音の返しが面白かったのか、縁は笑みを浮かべた。他人に荷物など持たせたりはしない。自分のことは自分で出来る。
「じゃあ、手を繋ぎましょうか?」
「……繋ぐなら、私からよ」
「そうですよね」