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弧を描く(1)

 平気で人の心に入り込もうとする。それが綾音(あやね)の一つ下の後輩、(ゆかり)だ。

 体調が思わしくない綾音は、体育館の隅で一人部活の見学をしている。本当は帰っても良かったが、縁を残して帰るのが嫌なのだ。

 ()を描く弓が(きし)み、冷ややかに空気を裂いた矢は、綾音の心の中心を鋭く力強く撃ち抜いた。弓道部のユニフォームを身に(まと)う縁のシルエットは美しい。真白い上衣と闇を流したような胸当てに袴。少しだけ覗く肌に数秒だけ視線をやり、綾音はすぐに縁を意識の外に追いやった。

 眼鏡を掛けた横顔は綾音を見てはいない。とても真剣な表情からは、学校帰りに見せる揺らぎなど一切伺えない。

(好きよ)

 声に出してはいけない言葉。綾音は縁の気持ちを弄ぶ存在であり、けして心を奪われてはならない。そんなことを認めてしまうのは、どうしてか悔しかった。

(大好きよ)

 微かに唇を動かして、声もなく繰り返す。誰に聞こえるわけでもない、誰に伝えるわけでもない告白は、綾音の心臓からぽたぽたと血を流し、足元に染み込んでゆく。

「──綾音さん」

 なんだかとても眠くて微睡(まどろ)みに落ちていたら、声を掛けられた。
 部員が後片付けをしている。もう終了の時間のようだった。
 部活に出る時はいつも、綾音の長い髪は一つに結われている。程よい緊張を呼び起こす感覚と、それを(ほど)いた時の解放感が好きだったが、今日は最初から結われてはいない。その髪にふと縁の指が触れた。

「なあに」
「ほっぺに髪が」
「ありがとう。……帰りましょ」
「顔色が、良くないです」
「貧血なの」
「帰れば良かったのに」

 綾音の内心など思いもよらぬかのように、縁は冷たい言葉を吐く。勿論その本意は冷たさからは程遠く、綾音を(おもんぱか)ってのことなのだろう。それでも、帰れば良かったなどと言われるのは心外だった。


 体育館の外に出ると、夕日が空を茜色に染め上げていた。熟した鬼灯(ほおずき)の実のような太陽をぼんやりと眺め、二人で他愛のない話をしながらバス停留所への道程をゆっくりと歩く。

「いつもよりのんびりね」
「綾音さん、つらそうだから」
「そういう時は鞄持ちましょうかって言うのよ」
「──鞄、持ちます?」
「大丈夫、自分で持てる」

 綾音の返しが面白かったのか、縁は笑みを浮かべた。他人に荷物など持たせたりはしない。自分のことは自分で出来る。

「じゃあ、手を繋ぎましょうか?」
「……繋ぐなら、私からよ」
「そうですよね」

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