第十一話 呂布奉先、ローマを治める <序>
整然とした部屋だった。
節くれた黒木の机が尺を用いて測られたように中央に鎮座している。
掃除は隅々まで行き届いているが潔癖な印象は受けない。
武骨さが形になったような部屋だった。
だが今日はその調和に挑戦するように大きな薙刀が戸口の壁に立て掛けられている。
柄の部分は血痕が染み付き黒みを帯びていた。
部屋の主人はむっつりと座っているが怒っているわけではない。
緑色の目は向かいに胡座をかく男を映している。
ラクレスが珍しく客人を相手にしているのだった。
「雨がきそうですな」ラクレスは言いながら久しぶりに会う友を見る。
古の物語に登場する鬼獣のような男である。
ぶ厚い体をしている。
胸板、腕、太腿、手のひら、そして首にいたるまで鎧のようにぶ厚い。
伸ばすに任せた髪と髭、彫りの深い顔立ちは昼間でさえ眼堝に影を残している。
歳は三十の半ば、男盛りである。熱い。男の体を造る細胞の一つ一つが沸騰しているのかもしれない。
同じ部屋にいるだけでラクレスの額には汗がにじむ。
「雨ですか…どうでしょうな」曖昧に答えると男は目を閉じた。
存外に優しい声である。
男が一刻ほど前に尋ねてきてからの会話はほとんどこの調子である。
ラクレスは立て掛けてある薙刀をちらりと見た。
刃先が象の鼻のように反り返って巻かれている。重さは恐らく200斤(約50kg)をくだるまい。
切るのではなく叩き割るための武器だ。
男はこの象鼻刀を小枝のように振り回しながら、もう一つの武器を自在に使う。
それはすでに神技の域にあるとラクレスは思っている。