面白い世界
ビュオオオオオッッ……
「っきぃぃゃやあああああっっ! っっほぉおおおぉおおぅう!!」
(ひぃぃぃいいいぃい……)
現在落下中のエリエアルだったが……どことなく余裕が見られた。
「あははははっっ! ぁおぅっっ!?」
(ぎゃあああああ……)
エリエアルの落下は途中で急速に減速した後、空中で数回バウンドし、宙吊りの形でようやく静止するのだった。
「ふはー!! 楽しかったねぇ!?」
(うっうっ……私は散々な気分だったわ。いえ現在進行形で。……落ちるのなんて二度とゴメンだったのに)
「エリカって本当怖がりねぇ」
エリカと呼ばれる人物、エリエアルの中身である彼女は高所恐怖症であった。この戦いにおいても、段々と高い所に行くにつれて気が気ではなくなっていた。更に天空闘技場では、周りに何も受け止めるものが無いと分かるや、意識が飛びそうになっていた。なので、万が一に備えてこっそり命綱であるワイヤーロープを仕込んでおいたのだが、まさか本当に使う羽目になるとは思っていなかったようだ。ちなみに意識の飛びかけたエリカに代わり、エリエアルが要所要所で代役を務めていたりしていた。
(というか、私の記憶の中のバンジージャンプの理屈の部分しか知らない貴女が、何でそんなに平気というか楽しんでるの……)
「え? 安全が担保されてるスリルを楽しむ遊びなんでしょう?」
(……それはそうだけど)
「でもここからどうするの? このワイヤーだっけ? 辿って登るの? ……それはとってもしんどそう」
(大丈夫よ。ちゃんと考えてるわ。その前に先ほど作った大量の岩を消しておくわね。私達が生きてるってバレないようにしないと)
「おお! 何か頭良さ気な作戦!」
(良さ気って……。まぁいいわ。腰についてるその機械に魔力を流してみてちょうだい。ゆっくり、ゆっくりね? そう、その調子)
エリエアルが腰の部分に付けられた機構に魔力を通していくと、ワイヤーロープが巻き上げられていった。つまり、ウィンチである。
「おおお!? 勝手に巻き上がっていく!? やっぱりエリカの世界って面白い!」
(うわうわ、分かったからぁ! 余り揺らさないでぇ……高い所嫌いって言ってるでしょう!?)
「ああ、ごめんごめん。旅行中に落下死したんだっけ?」
(そうよ……。だから本当に勘弁してちょうだい)
「はーい。でもでもー、あの高い所すっごく嫌がってたけど、アメリアちゃんがアーチ君を誇らしげにしてるシーンで、興奮してたよねー?」
(……言い訳のしようはないけど、言い方は考えて欲しいの)
エリカは元の世界で旅行してた時、災害に遭遇して高所より投げ出されて落下死した経歴を持っていた。当然紐なしバンジーである。彼女にとって幸いだったのは、恐怖の余り意識を失っているうちに死んだ事だろうか。そして気づけば、直前にプレイしていた乙女ゲームの世界にいたのだが、少しばかり状況把握には手間取ったようだ。因みに旅行そっちのけで乙女げーしてたわけではない。時間を守らない現地人のルーズさに噛みつくのも馬鹿らしい、と暇潰ししてただけである。ゴールデンなペアリングに思いを馳せて……。
(落ちてたはずなのに、気づいたらベッドの中。最初は何らかの理由で助かったんだと、少し神様に感謝したのに……。実際は死にかけてたエリエアルの中。しかも死にかけてたはずなのに、この娘ったら妙に饒舌なんだもの……)
「あはは! あの時はねー、ただただ苦しい苦しい! ってさ。もう死にかけてるのが分かってたからねー。それが急にふっと楽になったのよねー。ああ、私とうとう死ぬんだなーって。そうは思ったんだけど、なんだか窮屈な感じはするけど、特に変わりがなかったのよね。だから、あれ? 生きてる? とか思っちゃって……そしたらエリカが同じタイミングで『あれ? 生きてる?』って」
(あの後のマシンガントークはちょっと引いたわ……。死んだと思ったら生きてて困惑してる所に、しかもどうやら私の常識が何一つ通じない世界の相手がすごい話しかけてくるんだもの)
「やー、面目無い。私相当長く苦しんでたからさー。友達もいなかったしー。気兼ねなく話ができる友達ができたーって思ったら、嬉しくって嬉しくって、ついついねー」
(逃げ場のない人間を捕まえて、気兼ねなく一昼夜ぶっ通しで話しかけておいてそれ? やられる側からしたらかなりキツイのよ? 私は私で死んだ直後だったんだからね……)
「あの時はそもそも、私の弱りきった身体の主導権は貴女に渡ってたから、辛いのも貴女だけだったものねー。私はただただおしゃべり出来て楽しかった! ……貴女も身動きできない間は暇だったでしょう?」
(だからって、ぐったりしんどい所を無理矢理起こすのはどうなのかしら……。元気になったらにしましょ? って何度も断ったのにね)
「ごごご、ごめん?」
(はぁ、まぁ良いわ。貴女の事嫌いじゃないし)
「ありがとー! ……で、ここからどうしようか?」
『突然失礼致します。ご無事で何より。そして面白い物使ってますね。エリさんの自作ですか?』
取るべき行動を思案し始めた二人の頭に、指揮官であるベティの声が響く。
「あ! えーっと、ベティちゃん?」
『……その雰囲気、エリエアルさんご本人でしょうか?』
「そうそう、初めまして! かな? よろしくねー!」
『よろしくお願いします。で、そのゆっくり上に戻ろうとしてる機械は自作ですか?』
「そうそう、エリカの作ってくれた奴なの!」
『ふむ……。殿下方もそうですが、敵方にも貴女方の存命は勘付かれておりません。あの岩を消したのは作戦ですね?』
「その通りー! エリカすごいでしょー!?」
(もう、エリエアルったら……)
『であれば、このままシェライラの捜索に当たって頂きたいのですが如何でしょうか? 後、少しばかり声を抑えるか、頭の中で喋ってもらえますか? 大声を出すと、敵方にバレてしまうかもしれませんので』
エリエアル達の状況を把握したベティが一つ策を提案し、ついでに声に関する注意を促す。
(それもそうだわね。エリエアル、静かにお願い。そして探索任務は了承よ)
「(オッケーだってー!)」
(……それ、声をちゃんと潜めれてるの?)
幼子がやるような大きなヒソヒソ声に、エリカが思わずと言った感じで苦笑する。
『有難う御座います。それと、その機械と同じ物を作ることはできるでしょうか?』
(作れるわ)
「(作れるー!)」
『では私に一つ作って下さいますか? その場合、受け渡しはどうしましょう?』
(落下傘に括りつけて送るわ。風を受けて流れるようにするから受け取ってね)
「(えーっと、らっかさん? にくくりつけて流すー? 落とすー?)」
『分かりました。落ちてくるというなら受け取るのは容易いと思います』
「(おお、ベティちゃんすごいねー!?)」
『私には沢山の目がありますから』
(でもこれをどうするの?)
「(どうするんだって聞いてるよー?)」
『殊の外アルモとか言う方の防御が硬いので、あそこまで硬いと相性が良かったはずの皇子達であっても、むしろ逆転してしまって相性が悪くなっています。なので、私が乗り込みます』
「(大丈夫なのー??)」
(大丈夫なの?)
『問題ありません。天空闘技場での戦いはしっかり見させて頂きましたので、不死のからくりにも当たりはつけております』
「(わぁお、ベティちゃんも優秀ねー!)」
(……殿下達をお願いね)
「(殿下達をお願いー)」
『そちらもシェライラの探索をお願いします』
「(まかせてー!)」
(任せてちょうだい)
こうしてエリエアルは、一旦ウィンチに送る魔力を止め、エリカが同じ物を作り上げるのを待ったのだが……
(ぎゃあああ!? 風っ、風があぁァァ!!)
「(あーもー、怖がってないで早く作っちゃおうよー)」
(無理言わないで!? そもそも大分魔力が減ってるのよ!?)
「(もー、文句ばっかりー)」
(他人事みたいに言わないでー!!)
とても大変だったようだ……。