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包囲殲滅戦の悪魔

 一方、時間を少し下ったアシュカノン帝国内では、帝国に侵入を果たしていたレアム軍が帝都での短期間決戦に向け、着実に歩を進めていた。如何に隠蔽の魔法を使おうと、何もない道を堂々と通っていけるわけでもないため、森や山を利用して隠れ進んできたのである。レアム軍は帝都を囲むようにほぼ一定の距離を空けて包囲網を築いていた。

「(そろそろ時間だな。あの女の予言通りなら今頃若き将官共の方も開戦しているだろう)」

「(予言、ですか)」

「(奴の言葉によれば予測でしかない。が、あそこまで大きな流れを言い当てる辺り、もう予言扱いで構わんだろう。あの女の頭の中がどうなってるかは知らないが、伊達や酔狂であの様な名乗りをすまい)」

「(そうですね)」

 レアムの将軍達は『あの女』が現れた当時の事を思い返していた。

「(最初はサザン殿だったな。一地方貴族でしかなかったサザン殿は、圧政に苦しむ我等の前に希望はあるのだと自ら剣を取って見せてくれた。最初はほんの小さな抵抗だったが、次第に我等は数を増やし、そして徐々にレアム王を追い込んで行けるまでになっていた。……調子に乗っていたのだろうな。ああも容易く我等が罠に嵌ったのは。そしてそうなる事をさも知っていたかのように現れたあの女……)」

「(……サザン殿は最後まで怪しんでいましたね)」

「(しかしあの女の助言のお陰で事は成された。……多大な犠牲と共に。あの女の献策は全て的確であったが、同時に狂気も孕んでいた。より凄惨な結果になるように、より痛みと怒り、憎しみが増すようにあれとばかりに……)」

「(サザン殿はそれが許せず、何度も対立してましたね。なのであの女はお飾りを立てて別行動するようになってしまった。結局、別行動をするあの女の暴走を止めることができないまま、あのお飾りだったはずのが国王軍を壊滅させてしまった。どちらの生き残りもほとんど残らなかったという、目の当てられない惨状ではありましたけどね。それを責任に感じてサザン殿は身を引かれてしまった)」

「(……儂はな、こうも思っておる。もしかすればあの女が居ようと居まいと、我等に未来はなかったのかも知れぬと。あの女が居らねば我等は息絶えていたのだろう。しかしあの女が居たお陰で独立はなった。新しい体制下での違った意味での圧政に変わっただけだがなぁ)」

「(将軍……)」

「(話はこれ位にしておこう。しかしまだか? フィアンマの部隊が口火を切る予定であったろう? 傍受されぬためにも魔法での通信は厳禁故、全ては他部隊の準備と行動にかかってくるのだが……)」

「(……少々遅いですね?)」

「(うむ。ここまで殆ど予定通りに進んでいる以上、不測の事態があろうと進む以外に無いが……)」

 ドオ……ンッ

「(ふむ、始まった様だな……)これより全軍をもってアシュカノンの帝都を制圧する! 我等はただただ帝都を制圧するのみ! 他のことにかまける愚か者は戦後厳しい処罰が待つと思え! 全軍突撃ぃ!!」

「「おおおおおぉお!! ……?」」

「……何だ? 何故反応が薄い? どうした! 声を上げろ! 己を奮い立たせるのだ!」

「それは無理というものですよ」

「誰だ!? ……お前、その顔! 『包囲殲滅戦の悪魔』か!?」

「おや? 私の顔を知っているのですか? ……おかしいですね。今まで接敵した中で生かして逃がした相手など居なかったはずなんですが?」

「今はレアムの兵となっておるが、若い時は各地で戦っておった故な! まだ新兵だった頃、お主に良く似た顔の男に殺されかけたわ! あの恐怖は未だに忘れられん! 訳も分からぬまま、気付けば仲間がどんどん減っているのだから。……だが、私が知る者ならとっくに死んでいるはず。ならその血筋の者か?」

「……やれやれ、爺様も目撃者を生かしておくだなんて何を考えていたのでしょうね。私と良く似た歳の少年兵を殺すのを躊躇った? いやいや、そんな訳が無いですね。何かイレギュラーでも……」

「ああ、そうだな。運悪く……いや運良く魔法の絨毯爆撃が儂を中心にして飛んできおってな。様子を見たそ奴は、黒焦げになった儂を一瞥すると、次の戦場へと消えていったわ」

「……やはりおかしいですね。私なら例え相手が虫の息だろうと止めを刺しますが」

「絨毯爆撃が終わる前に、周りの死体に偽装したからな。儂は匍匐状態で逃れたのよ。無事では済まなかったがな」

「納得はしかねますがまぁ良いでしょう。……今の今まで誰にも言わなかったのは?」

「あの戦争は生き延びるために何でもやったからか、儂の心を壊しかけたのでな。無理やりに忘れておったのよ」

「で、私の顔で思い出してしまったと……残念ですねぇ。今度こそちゃんと葬ってあげますよ」

「……はっ、こうして話してる間にも、周りはどんどんお前の部隊に飲まれているのだろうな。だが簡単には死なんぞ! 貴様一人位は道連れにしてくれるっ! 我が名は……」

「名乗りは結構です。覚えませんし、貴方には墓も用意しませんので」

「ぬっ、ぐ! バラス・デドリオ! 推して参る! 貴公も名乗れぇ!」

「ああ、もう、要らないというのに。まぁ良いでしょう。あの世に逝ったなら私の爺様に一言伝言をお願いします。テクトニカ家の楽隠居、ジュールが仕事の甘さを嘆いていたと」

「ぬかせ! いざっ……!?」

 バラスの前にジュールの兵が5人立ちはだかる!

「退けぇ! 雑魚に用は無い! 死にたくなくばぁ……下がっていろぉ!」

「おやおや」

 バラス将軍の薙刀が5人を同時に薙ぐ軌道で迫る! しかし……

 ガガギンッザザザシュッ!

「かっ……!?」

 5人の内の2人が盾を地に着け完全防御の形を取り、薙刀とぶつかるかどうかのタイミングで飛び出した3人が、胴・利き腕・首を切りつけ、一瞬でバラス将軍の首を落としてしまっていた。

「しょ、将軍……」

「先程も言いましたが、墓を作る気はありません。なので名前も覚えません。そこの貴方、抵抗しない方が痛くなくて済みますよ?」

「くっ! ……将軍が仰っていた」

「はい?」

「帝国の若き将官達は経験不足であると。機構の様な経験豊富な将軍が後方に控えているということは、その経験不足を補える人材が前線に居ないという事だろう! 我等はここで消えるかも知れぬが、それもお前達の未来ある若者達と引き換えと思えば気も紛れるというものだ! はぁっはっはっは!」

「……はぁ、何か勘違いされていますねぇ」

「……っは?」

「私の技術はもう若い者に伝え終わってます。先程も言いましたが、私は楽隠居の身。帝都の守護に息子を置いていますが、前線には私以上の才覚の持ち主を向かわせていますよ」

「……嘘だ、ハッタリだ!」

「いえ、別に信じてほしいわけでもありませんし。私はとっとと帰りたいのですよね」

「……嘘だ、うそだうそだうぞぶっ」

「……もっと早く切って下さいよ」

「そう言いますが隊長、ちょっと位は会話してあげましょうって」

「もう……そんなのどっちみち死ぬんだから一緒ですって。……案外貴方みたいなおせっかいなのが爺様の下に居たのかも知れませんねぇ」

「それがさっきの将軍を逃がしたって? ちょ、やめて下さいよ! 責任問題になってくるじゃないですか!」

「取らされるのは上に立つ私なんですが?」

「差し出がましい事をしちゃってすんませんでしたねぇ!」

「はぁ……良い年コイた爺が可愛げのない」

「あんたも変わらん歳でしょうが。放っといて下さいよ。大体、そんなのは教え子さん達だけで十分でしょうが」

「ええ、そうですねぇ。士官クラスの優等生の一人は血族でしたが、もう一人は……なんでしょうね。天才ってやっぱり居るんですねぇ。自分が凡人だったと思うのは初めてですよ」

「隊長が天才を羨むとか、何の冗談ですか。嫌味ですか?」

「私の10倍以上の人員を使いこなせる娘をどう表現すれば良いんです? 本気はまだ底が知れないし……」

「あー、なんかすんません」

「血族の娘はまだ私の10分の1程度ですけどね。慣れていけば問題無いでしょう」

「そんな天才が前線に立つなら心配無い……なんて言えたら良いですなぁ」

「……どれだけ安全の担保があろうと心配しないわけ無いでしょう。大事な生徒達なんですから」


 ………
 ……
 …


 そして一方。ディレクからのきっつい説教喰らって放心中の喪女さんの前に、ある人物が姿を見せていた。

「フローラやっはー」

「やっはー……って、ベティ!?」

「だからそういう挨拶の仕方はどうなんですの……」

「そしてミリー!?」

「フローラ、ご機嫌よろしくて? 私は全軍指揮権を持たされたベティのサポートとして参りましたのよ」

「ベティが元帥!?」

「げんすい?」

「ああ、こっちじゃ無いのか。えーっと、大将?」

「そういう扱いっぽい」

「……物申したい所は幾らかあるけど、まぁ前線に出ないなら安心ね」

「前線に出ないと誰が言った」

「でるの!?」

「言ってみただけ」

「ちょぉー!?」

 良いように振り回されてんな、喪女さんは。肩の力は抜けたか?

(ぬっ!? ……あー、何時もの調子に戻った、気はする)
「ベティ、ありがとね」

「ん、苦しゅうない」

「え? え?」

「ミリーもギュー」

「きゃああ!? ってまたこれですの!? ちょ、あ、ベティ!? あんな遠くに!?」

「ミリーは可愛いねー」

「何でいっつもこうなんですのぉ!?」

 喪女さんだから。

(後悔はしない!)

 してないじゃなくてしないんだね。

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