決戦前
我等が喪女さんが戦場に漸く辿り着いた頃、喪女さんはスライムと化していた。
(『表現があれだけど、残念ながらぴったりだわねぇ……』)
着いたと分かるなり馬から転げ落ち、全身脱力して運ぶのにえらく難儀したのだ。女性陣が。
(『意識のない人間を運ぶのって凄い大変なのだけど、フローラは疲れが限界を通り越して、身体に触られたくないのか無意識に避けるから、掴みどころが全く無くて困ったわ……』)
まぁ結局、現地で合流したベルの機転で運ぶことはできた。もっふもふの動く絨毯ことガイアが喪女さんの側に寄り添うと、最高の敷物と認識したのかぬるぬると這い上がり、ガイアの上で丸くなったんだよなぁ。
(『ノーコンちゃんのフローラに対する表現の容赦無さはともかく、本当にそのままの状況だったわね』)
「ベル、フローラの様子は?」
「もう少しすれば、気力も戻ってきますでしょうし、そうなればご自身の魔法で治癒されると思います」
「あの娘は自分で回復できるからと後回しにしたのは失敗だったわね。真っ先に回復させて、あの娘に皆の体力を回復させれば良かったわ」
「何時ものフローラ様ならそれで問題無かったと思われますので、それは致し方ないかと」
「起きたら連絡頂戴? これからの事を相談しなきゃならないし」
いや乙女様、フローラを一発で起こす方法もありますけどね。……恨まれるだけで。
(『どういう事かしら?』)
ステラ様が危ないいい!! って叫んでみたりするだけで飛び起き……
「お母様は何処ぉお!?」
………………。
「「………………」」
<あーあ。今、ノーコンが、嘘を、吐いた。あたし、知ーらねっと>
おいい!? ドサクサに紛れて差し出してくれてんじゃねえぞごるぁ!?
(ノー、コン?)
はいっっ! なんでごぜえますかおぜうさま!?
<ゲラゲラ>
くぅっ! おま、覚えとけ!
(お母様は、無事、なのね? 嘘、なのよ、ね?)
メアラ化しておりますやん喪ー女様! ご無事であります! 披露は見えてますが未だメアラ先生から一撃も貰ってない模様!
(はあぁぁぁぁぁあっ……! 全開回復っ!)
ビッカァァァアアア!!
「きゃっ……っ!?」
「うおっ!?」「なんだっ!?」「め、めがぁ!?」「ばるっ、……あ、駄目だ言ってはならぬ」
……あれ、どっちかな。ミエかな? エリかな?
「くうぅぅう……ちょっと……フローラ?」
「すみません、復活です。ついでに皆の回復も済ませました!」
「……それはありがとう。でも後でディレクから言い聞かせるよう頼んでおくわね」
「えっちょっ……」
「さ、最終確認だけにしても会議を始めましょう」
「ジュリエッタ様? ……乙女様ぁ!?」
<ゲラゲラ>
え、えーと? 何か済まん。
<うわ、ノーコンが謝ってら! 今日は槍でも降るのかしらん>
(ノーコンんんん……)
はい!? なんでせぅ!
(……まいーや、どうせノート一杯だし)
まぁってぇ!? ノート一杯になるほどは記憶に無いのぉ! 喪女様? 喪ー女様ぁ!?
(どっかの悪役3人組の姐さんみたいな呼び方しないでくれる?)
あ、やっと突っ込まれた。じゃねえ、ご慈悲を!
<追徴罰をー>
おま、やめろよ! ノリで罰が増えたら堪んねんだよ!?
(今から大事な会議だから。静かにね? ……ナ・ビ・も・ね)
<はい……> うっす……。
………
……
…
「さて、皆揃ったようだな」
ディレクの呼びかけに、この場に居る全ての人物が頷きを返す。4大家を代表して第3皇子ディレク・アシュカノン、ジュリエッタ・フエルカノン、エリオット・バルカノン、そして先日まで男爵家の教諭を勤めていたクライン・イグナカノンの4名。それを支える別格貴族として、サイモン・アルトマン、アーチボルド・ザルツナー、アメリア・ゴルドマンの3名。戦花繚乱のプレイアブルキャラクターとして光魔法の才能が発現したベルミエッタ・サイランス(ミエ)、エリエアル・ミュラード(エリ)、メイリア・シュトーレンの3名。ここに花ラプの主人公だったフローレンシア・クロードとその祖父、鬼将軍ことマクシマス・ハトラーを加えた12名が将官として戦場に出ることになる。
(……わ、割とガチ構成なのね)
(『当然でしょう? 戦争するのよ?』)
(す、すみません。……あれ? お父様は?)
(『バフの関係でマクシマス将軍と対で行動してもらうことになるわ』)
(ほへー。そうなんですね)
興味無さ過ぎだろ。
(だって……。戦争なんて起こるなんて思っても見なかったし。……そんなの、乙女ゲーじゃ、ないやいっ)
子供か。
「敵戦力の把握はできている。ただ、あの国はこれまでも隠し玉がゴロゴロ出てきている。あくまで現時点での目安未満程度に思ってくれ」
言い得て妙だな。
(ねー)
「まず状況確認だ。現在、敵方に付いたメアラがフローラ嬢の母君、ステラ殿と交戦中だ。これに関してはむしろステラ殿が押しているので心配は無用」
(………………)
(『フローラ、気を強く持ちなさい』)
(……はい)
「そして彼女らの背後、国境を越えたレアム国内直ぐの所に巨大な要塞が現れているのを確認している」
「要塞? それはどういうシロモノなんだ?」
「詳細不明の物質で一夜にして作られた巨大要塞だ。小さな村くらいの規模があり、高さも小さな城並にはある」
「はぁ!? なんだそりゃ!?」
「オランジェ女史には伝えなかったが、高い確率でこの要塞の中にグレイスが囚われている」
「「「「「 !! 」」」」」
「ディレクよぉ、オランジェ女史に言わなかったのは何でだ?」
「要塞が我々をおびき寄せるためだけに存在する可能性を考慮した」
「……つまり十中八九囚われている、が、居なければ洒落にならねえって事か」
「それに敵国での情報収集にて『鉄壁要塞』という言葉がよく聞かれたらしい。であるならば、あれは敵方の『鉄壁』のアルモの能力で作られたと見て良いだろう」
「……無茶苦茶だな」
「いつでもあの規模のものを作れるとなれば、ただの罠でグレイスが居ない可能性が高くなる。それに要塞を形作っているのであれば、作った本人であるアルモは最奥で待ち構えているだろう。であるなら、我々の目的はアルモの元に一人でも多く味方を送り届ける事にある」
ディレクの言葉に、皆がもう一度頷きを返す。
「敵のおさらいだ。部隊の士気高揚を得意とするハルロネ。これにはメイリアとベルミエッタ、それにベルベッタを補佐につける」
「了解です」「 !? 」「承りました」
「因縁と言う面もあるが、何より既に一度勝っている。なら補佐をしっかりつけて、確実に勝利したい。次に魔法の得意なアルディモ、これにはこちらも魔法の得意なサイモンとクライン兄様にお願いしたい」
「分かりました」「心得た」
「グレイスを拐った憎き男ヴェサリオの相手は、アーチボルドとマクシマス将軍にお願いしたい」
「おう、腕がなるぜ」
「殿下、お願いなどと儂の顔色を伺う言い方は頂けませんな。ただ命を下されば良いのです」
「……そうか、では敵を確実に仕留めてこい」
「御意に」
「次に射撃の得意なシェライラだが、掴んだ情報によれば国内から一歩も出ていないらしい。どうも『鉄壁』のアルモと行動を共にしているようだ。とは言え、あの要塞から無尽蔵に矢の雨を降らされてはかなわん。アルモと一緒に居るかもしれない、程度の認識で良い。これには一応の相手として、同じく無尽蔵に武器を用意できるエリエアル、そして補助の得意なアメリアに当たってもらう」
「無尽蔵というわけではないのですが……」
「了解しましたわ。エリエアル様、配分はお任せを」
「アルモが居た場合、ジュリエッタを除く残りの者、私、エル兄、フローラ嬢が合流して対応する」
「……それは分かりましたけど、ロドミナはどうされるので?」
「相手の士気を下げる力を持つロドミナ、こいつにはジュリエッタが対応する事になっている」
「ええ!? 一人で!?」
喪女さんと同じく周りも少々ざわついたが、
「これは私の希望なの。我侭なのは承知の上で許して欲しいの」
「ジュリエッタは4大家でも別格の力を持つ。故に負ける事は考えられない。それよりどのように接敵となるか分からんのだ! 各々自分の割り当てられた相手との戦いに集中せよ! 尚、これより私も共に戦場に赴く故、全体の指揮は別の者に任せることになっている」
「うっ、ジュリエッタ様の事はまだちょっと納得いきませんが……指揮を取るのは別の者なんですか?」
「楽しみにしているが良い」
「えぇぇ……?」
「それとは別に、今から少し話がある。先程のとてつもない光魔法の行使について、な」
「うえぇぇええ!? ちょ、開戦前! どどど、どうかご容赦を!」
「ならん。であればこそ気を引き締めねばならぬ」
こうして喪女さんは前に良くあった光景よろしく、ドナドナれて行くのだった。
(勘弁してぇ!?)