生活
出航して263日、九ヶ月足らず。
第四宇宙遠征植民船『パピリオ』は今日も、静かに大宇宙を亜光速で航行していた。長い旅でも、その中の生活は決して退屈で窮屈な日課ではなかった。なぜならその巨大な船には充分な生活圏が整っていたからである。何しろ2088年の地球人は極めて簡素と質素で、余裕を知らない。彼らがアパート暮らしは疎か四畳半の生活すら、想像しえない贅沢だと思っている。例え路頭に迷わなくとも精々確保できるのは、カプセル住まいである。そこまで我慢が鍛えられる新しい常識・ニューノーマルであり、そのお陰で人類は新たな進化を成し遂げていた。
それだけ自分で自分を窮地に立たせて、人間を否定する時代になっていた訳だ。常識であるカプセル住まいとか、極端な場合には押し入れ暮らしとか、どれも本船の居住区域と比べものにならない。
真空の危険を顧みず宇宙植民になりたいのも無理もない。地球での窮屈な生活から脱出するために他に道は、上流階級か富裕層ではなければ非常に限られている。実際のところ宇宙植民とは、エリートたち彼らの代わりに犠牲になる無謀な行為に過ぎない。それでも、どこまでも歯車の人生と解っていても、この船での生活が快適だと否定できない。
そしてそこには子供たちが、何も考えずに気楽に、楽しく遊んでいた・・・
「もういいかい?」
「まあだだよ!」
「もういいかい?」
「まあだだよ!」
「もういいかい?」
「・・・もういいよ!」
毎日はそうだ。セイジ君に無理矢理に付き合わされて隠れんぼなどをする日々。この子は、いつ飽きるのか? 退屈しのぎには退屈すぎる遊びだ。
「・・・あぁもう、もういいよセイジ君、何時間も遊ぶつもり?」
「早くアイツらの隠れ場所を教えて!」
「って、聞いてねぇ・・・だからね、私に訊いてズルして面白いの?」
「頼むよう~! 姉ちゃんは最高のAIなんだろ?」
AI呼ばわりされてもビクともしなかった。マリは、自分の新しい在り方にある程度慣れていた訳である。『数学トランス』の件以来、面倒な仕事をスーパー君に押し付ける癖が付いた。特に乗組員と接する時は人格模写の機能に頼るばかりである。面倒なことに、彼らには理想のAI絵図があるので、その期待に沿えるように最も人間性に欠けているかつ効率性だけが取り柄のスーパー君に任せることになった。
しかしあの人格設定の正体を疑うことが時々ある。一体どういう人格を模写しているのかな。数学教師? 公務員? 自衛隊? 一つも表情の変わらないヤツだ。なになに『実行』とか、なになに『完了』とか、なになに『点検』とか、なになに『故障』とか、なになに『承諾』とか、なになに『拒否』とか、なになに『交付』とか、なになに『不交付』とか、実に詰らない単語しかヤツの口から出て来ない。
まぁ~でも、堅物の船長の相手にはピッタリじゃないの~!
その反面、融通の利く植民に対応するのは私自身だ。幾ら優れもののスーパー君には代理をさせられない。セイジを相手するのは私だ! 面白いし優しいし、可愛いもんね、子供って。
「早く早く!」
「あーあ、分かったよ」
彼が夢中になると
「どこどこ⁇」
「ふんッ」
としらけた顔を見せ、荒い手振りで指差して、子供らの隠れ場所を雑に教える。
「ありがとう、マリちゃん!」
と満面の笑顔をホログラムに向けたその時、彼女はキュンとした。
可愛すぎるよ
「ミズナちゃんみいっけ!」
「ヒロ君みいっけ!」
と次々と子供が鬼にやられていった。
「おいテメェ、マリちゃんに俺たちの隠れ場所に聞いただろ」
と彼はヒロに責められた。
「んいや、全然、何のこと?」
「またとぼけてる!」
AI毬は少し離れた所から様子をうかがっていた。
あ、子供がモメてる。
「ダメだよセイジ君。怒らないからぁ~、正直に言ってぇ~」
とミズナが優しく説得してみた。
ふん、あの子、母親の真似なのかな。果たして無鉄砲な男の子に効くとは・・・
「ミズナちゃん、ごめん! もうしないから」
と彼が両手を合わせ
はやっ! 凄い効果的。
「やっぱり! 昨日も同じことをしやがって、コイツ全然反省してねぇ!」
「うっせぇバカヒロ」
「何だとお⁈」
「やめてヒロ君、もう彼が謝ったから二人とも仲直りして!」
「えっ? 何で?」
と珍しく彼らは息が合った。
「なんでじゃない‼」
娘は二人の手を取って和解の握手をさせた。
「ナッカナぁオリぃ~!」
それを見るとマリは驚いたと同時に少し冷める。
えぇ、何この子? 強引過ぎない? 凄いカリスマ。
「ごめんヒロ」
「俺こそ悪かった、セイジ」
そして熱心な冒険者であるセイジがホログラムの方へ振り向いて、勢いよく探検出発の合図として拳を突き上げる。
「んじゃ、今度は船の探検をしよおおおおーぉ‼」
「おお‼」
と直ぐに彼の後に続いた仲間のヒロとミズナであった。
それらを見てマリは、その威勢に感服する・・・
「まだ遊ぶの⁈」