Outro
後ろからかちかちと音が聞こえると、閉じた目にまばゆさが染み込んでくる。すぐに元凶となるものを遮るように僕の両目に冷たい感触が伝わってくる。
「開けていいよ」
「麻宮さんの手で視界がばっちり塞がれてるよ」
「じゃあ、離すね」
すっと彼女の両手が離れた瞬間、対岸のビルと水面が僕の視線を奪っていく。
-Still in X'smas night-
二行に隔てた照明が、英文をかたどってビルに映っていた。一階から最上階にいたるまで、すべて消え去っていたはずのビルの電灯はマスゲームとなって見る者を迎えてくれている。
「ビルをジャックしちゃいました」
「ジャックって、どうやって」
唖然とする僕の背中にもたれかかった麻宮さんは、うなじから腕をからませると、顔を寄せたまま高々と人差し指をビルに突き立てて光の文字を一文字ずつなぞっていく。
「大事なのはさ、日付じゃなくってどんな思い出を作ったかよ」
「このために、ビルの照明で文字を作って……ない?」
感動の最中に、窓をはみ出た光がコンクリートをも覆っているのが目に入った。ビルジャックという幻想に疑念を持つや否や、光は突然文字化けを起こして、背後から崩れ落ちる物音が聞こえてくる。
「麻宮さん、あの」
「ともはらくん、いちげきKO、きおくけす」
「怖いこと笑顔でしたためるなよ……それにさ、もう十分受け取ってる」
眉尻を下げた麻宮さんは、草むらに隠れていたダンボールを持ち上げてかちかちと音を立てた。同時にビルに映っていた光が消えて、屈折して艶やかに映えていた水面も夜の影に消えていく。
「ビル、貸し切りたかったけど、全然お金が足りなくて……おもちゃ箱しか私には用意できなくて」
バツの悪そうな顔で麻宮さんが伏し目になる。一瞬の夢を与えてくれた装置を開けた僕はあるべき位置に懐中電灯を戻すと、装置のふたを閉めて再びスイッチをオンにする。
「こんなに幸せな魔法の箱、見たことがない」
ダンボールの前面に開けた穴から再び光の文字が投影される。礼儀として文字が窓の位置になるように微調整すると、完全体となった擬似イリュージョンをもって、二十六日目のクリスマスに僕たちは貸切ジャックを敢行する。
「あのビル、貸し切るのにいくらかかるの?」
「二十四万円。待ってて、月二万貯めて来年こそは本物見せたげる」
祝祭の日、幸せの架け橋になればこそ僕たちはここにいる。二十六日目だからこそ二人だけの時間が生まれている。
「十二万で事足りるよ」
金も権力もない人間が本物のビルジャックを果たせば、きっと面白いに違いない。そんな滑稽な世界を見て大切なことに気づく人が現れたとしたら、僕たちの届ける光は思いをひとつなぎにして、どこまでもどこにでも伸び続けるだろう。
麻宮さんが僕に伝えてくれたように。
僕たちを祝う日は僕たちが決めればいい。だから、祝祭の時間は笑顔を届ける存在に徹しよう。懲りずにもう一度うなじから腕を回してきた彼女の腕をつかみながら、しばしの間、来年につなぐ光を僕は見つめることにした。