interlude
歌った言葉に添えるように麻宮さんは対岸を見つめたまま和訳をつぐみだす。ぽかんとしている僕へと顔を向けて「ちょっと脚色しちゃった」と悪戯に顔を崩す姿を見て、この温かさが麻宮さんの作り出したものだと改めて実感する。
「麻宮さん……もしかして、歌ってる人?」
「歌うたいだよ。歌うだけで食べていけないから、セミプロかな」
照れくさそうに、彼女は頬を上げて言葉を返す。
「二年前、歌い手になったばかりの私が上がれるステージなんて全然なかった。イヴの日も暇してて、街角のレストランでバイト雑誌片手に明日の生活ばかり考えてたの。空しかった。目の前のスタッフを見てこんな日に仕事に勤しむ彼もきっとそうだって高をくくってた」
「悲しいぐらい核心を突く話だね」
首を横に振って、麻宮さんは苦笑する。
「見てからに不器用だったけどさ、彼のお客さんへの振る舞いと笑顔がね、いつまで経っても消えないの。夕飯時からずうっと見てたらさ、もう、その日暮らしでバイト探すのはやめようって思った。コーヒー一杯で長居する迷惑な客にこっそりブッシュドノエルを渡してくれたやさしい人。彼の心遣いは今も私の誇りを支えてくれている」
言葉を失う僕の体を麻宮さんが川辺へと向ける。
「そのまま、五歩前進して」
「麻宮さん?」
「いいからいいから」
彼女に言われるがまま、恐る恐る僕は前に進んでいった。ストップの合図で止まると「向きはそのままで目は瞑ってね」と彼女が釘を刺してくる。
「私はね、こう思うんだ」