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死亡エンド回避!?

「ま、まぁ、なってしまったものは仕方がない。私はそんなに早くに死にたくないし? となれば死亡エンド回避に向け、できることをやっていかないとね」

 とまぁ割とあっさり切り替え、主人公は今の自分に何ができるのかを思い浮かべていく。
 物語は「剣と魔法の世界の学園モノ」であるのだが、基本的に乙女達の世界は学園で完結してしまう。設定上は、魔王との戦いの歴史とか、隣国との戦争なんてものもあるが、通常プレイで触れられることはない。
 ゲームの舞台は様々な爵位のご令息やご令嬢の通う「皇立中央学院エスペランサ」である。御大層に聞こえる名前の割には平民の通う学院も併設されていて、割と頻繁に行われる交流会を考えると、もはやコネを作るために作られたと思わなくもない。そんな場所であるため、基本的には下位貴族といえども有力な縁者やコネを持つもの、でなければ余程の金持ちでなければ入学は難しい。
 さて、その物語の主役たる我らが主人公はどうだったかというと、14歳の時、辺境の貧乏男爵であるにもかかわらず「何故か」入学を許されることとなり、そこで希少魔法属性:光魔法に目覚め、主要キャラすべての目に止まることでゲームが始まる……予定である。ちなみに光魔法保持者は、発覚次第国への届け出が義務化されている。

「そう……そうだわ。学院に通うのが確定する前に何か役割とか、他の学校へ行くとか……最悪力技でどこかに嫁に貰われるとか! だってこの世界だと結婚可能年齢は低かったはずだしね!」

 14からだな。それもあってお見合いを兼ねてるのかも知れんが。
 だがしかし、そんなコネはない。主人公の実家の交流関係にそれらしい男児は存在していないようだ。大体、隣国最前線の辺境伯の下、小さな領地を預かる貧乏男爵と誰が縁を結びたがるのか? 大体コネがあった所で、そんなモテ力ないしコミュ力があったなら前世で喪女なんてやってねえだろ、と突っ込まざるを得ない盲言を吐く主人公なのであった。

「ぐぬぅ……」

 コンコンコン……

「フローラぁ?」

 図星を指され、歯噛みする主人公の部屋のドアをノックする音がし、次いで鼻にかかった甘い声で呼びかけられる。声の主は主人公の母、ステラである。ちなみにフローラは愛称であるが、わざわざ言うまでもなかろう。

(じゃあ言わなくていいじゃん)

 細かい、あいや、面倒くさい、あいや小姑な主人公であった。誰にも聞こえてないって言ってるのにね。頭悪いのかしら。

「あらぁ、起きていたのねぇ。どぉお? もぉ頭痛いのはなぁい? 調子は悪くなってなぁい?」
「ふぐぬっ……おはようございますお母様。大丈夫です。もうどこも痛くありませんし、不調もありません」
「そぉ、良かったわぁ。見てて可愛そうなくらい苦しんでいたものねぇ。お母様、心が潰れそうだったわぁ。
 そんな苦難を乗り越えた貴女に朗報でぇ〜す。フローラちゃんがずっと行きたがっていた、皇立中央学院エスペランサへの入学が決まっちゃいました。きゃ〜ぱちぱちぱちぃ♪」
「……え?」
「せっかく憧れの学院への入学が決まったっていうのに、体調不良でお断りだなんて悲しいわよねぇ。だってあぁんなに楽しみに、してたんですものねぇ〜」
「……はい?」

 主人公は思った。「え? もう入学決まってるの? なんで? ゲームが始まっちゃう! 高確率で……私死ぬの!? やべえよやべえよ……回避ってか断らないと」――と。だがしかし、母が紡いだ次の言葉でその気勢は削がれることとなる。

「とっても行きたがってたでしょう? 皇都のエスペランサへの入学。お父様やお母様、お祖父様やお祖母様も、それはそれは手を尽くしてようやく、入学の権利を勝ち得たのよぉ。意識不明だった貴女が起き上がった時、何が喜ぶかみんなみんなで考えに考えた結果だものぉ。それはそれは八方手を尽くして頑張ったんだからぁ」
「はむぐんっ!? は、はは……は。そう、です、ね。楽しみだな、わ、わーい」

 もはや断ることもできず、退路を断たれて投げやりである。まさかゲームでは語られなかったセレブの園への入学のアレコレが、一族あげたロピー活動? の賜物だと聞かされてしまっては、「あ、やっぱもう入りたくない」とは言えない小心者の喪女であった。

「うう……もう喪女じゃないもん。前世の私はともかく、この子はモテるんだもん」
「うんー? 何か言ったぁ?」
「いえ……友達たくさんできるかなぁ……って」
「お母様の自慢の娘だものぉ。きっと大丈夫よ。うふふふふ〜♪」
「あ、ははは、は……」

 もはやゲーム開始は時間の問題である。既に目は死んでいるが、本体の命日も待ったなしである。

「私は死にましぇえん……」

 いくつだよお前……。

「いくつだろ……どっかでみた言葉なんだけど……」
「うんー? 何か言ったぁ?」
「いえ……何でもありません」
「じゃーあー、私は色々準備があるからぁ、行くわねぇ? 貴女はまだ病み上がりなんだからぁ、ちゃぁんと寝てるのよぉ?」
「はい……お母様」

 ………
 ……
 …

「ス、ステラ。フ、フローラの様子は……どど、どう、だった?」

 フローラの部屋をでてきたステラを待ち受けていたのは、若干……いやかなり挙動不審なクロード男爵家当、ゼオルグ・クロードだった。茶色の短髪茶目、長身筋肉質で容姿は整っているものの、火傷や刃物傷などの目立つ傷痕があり、いかにも歴戦の勇士然とした美丈夫である。

「えっとぉ、元気は元気そうだったわぁ。でも突然表情が『クワッ!』ってなったり、何もない所でブツブツ言ったりしてるのよねぇ。あの子、大丈夫なのかしらぁ……」

 主人公は何事もないかのように振舞ってはいるものの、原因不明の熱や頭痛で10日も寝込んでいたのだ。医者も手がつけようがなく、一時は娘の死を覚悟したほどであった。
 明日をも知れぬ容態の娘の熱が下がり、頭の痛みも消えたのか苦痛に顔を歪ませることもなくなってから更に5日の間は、起き上がることもできなかった。
 そこから5日経ち、起き上がれるようになってからもただぼーっとする日が続き、結局寝込み始めてから数えて一月も過ぎた頃、ようやく人らしい反応を返すようになった。
 ……と思ったら、奇声を発するわ、鏡と見つめ合ってニヤニヤするわで、今度は頭の心配をする羽目になってしまった、菊からに気の毒な両親である。

「ぬぅ……。うちが裕福であったなら、侍女の一人でもつけてやれるのだが」

「私のお父様に頼るのはぁ……お嫌ぁ?」

 ステラの父、マクシマス・ハトラー伯爵は子爵時代、当時一介の騎士であったゼオルグの主だった。マクシマス自身、当時は辺境伯の下、最前線で戦う猛将であった。用兵術に優れたマクシマスの出る戦では、少ない被害で敵を殲滅する手腕が諸外国に広く恐れられていた。
 どうにかしてマクシマスを前線より退けたいと考えていた隣国は、彼の留守中に用兵の要となる部下達、および拠点を潰さんと大挙して押し寄せたのだ。その時敵軍から、彼の親族を文字通り身を挺して守り抜いたのがゼオルグである。顔の傷痕の多くがこの時負った傷である。
 ちなみにマクシマスはこの時の報復として電撃戦を敢行し、奪われそうになった領地以上の少なくない領土を分捕ったのである。自身は攻め入られた責を負い、全ての功績を辺境伯の手柄としたので身分は据え置かれた。
 ……ぶっちゃけ、そんなおっかない昔の上司が義父なのである。あと、分捕った領地の一部が、男爵が今借り受けている領地でもある。

「いや、嫌だとかまったくもってそういうわけではないのだが……。
 相談の一つでもすれば、全力で親身になってくださるのでいつもありがたくは思っているぞ? ただ、今回の件に関してあの方に任せると、身の回りを世話するものどころか、ご本人様方も押しかけてきそうで……」

「そうねぇ……仮にお父様達だけとしても、受け入れるにはうちは小さいわよねぇ」

「うぐっ!」

 庶民派の男爵等、ヘタな町長よりは貧乏である。その上、領地も借り物。男爵と言うより、立場はいわば代官なのである。

「それより旦那様ぁ? 貴方はフローラに声をかけてあげないの?」

 そうなのである。「うちはちっさいよね」というツッコミにダメージを受けているこの男爵、娘が目覚めてからはほとんど起きてる間は顔を合わせていない。というのも、記憶の混濁中、前世が素の状態で表層に出てる時に

『おおおおおお! フローラぁああああ! 目が! 目が覚めたのだな! 父は……父は嬉しいぞぉおおおお!』

『……うるさい。……あと、暑苦しい』

『!!!!!』

 とまぁ、クリティカルなハートブレイクを食らってしまって、フローラが起きてる間には近づけなくなってしまっていたのだ。
 主人公になる前のフローラは『おっきくなったらぱぱのおよめさんになる!』を地で行く、パパっ子だったのだが……中身がこじらせた32歳にしてみると、父の愛情はただただウザかったようだ。
 そんなことを知らない男爵は、娘の豹変ぶりにすっかり怯えてしまっていた。トラウマかよ。

「あ、いや、その……」

「まだ『暑苦しい』って言われたの気にしてるのぉ?」

「ごふっ……」

 もうやめたげてぇ!? 男爵の心のHPはもう0よ!!

「もう、貴方ってば……。受け答えもちゃんとできないくらい、ぼーっとしてた娘に本当のこと言われたからってそんなに凹まないの」

「ほ、ほんとうのこと……」

 何故にとどめを刺そうとするのか、男爵夫人。

「あの子が寝込んでいる間、起きた時に喜ばせたいがために『エスペランサ学院への入学を取り付けよう!』って積極的に行動してたのは貴方じゃない。
 ただまぁ……あんまり嬉しそうじゃなかったわねぇ。以前はあんなに行きたがってたのに、一体どうしちゃったのかしらねぇ?」

 まさか母親も、寝込んでいるうちに異世界の住人が娘の中に転生してしまっているとは思いもすまい。そして父親も良かれと思って奮闘したことが喜ばれなかったと知って、そろそろ再起不能レベルで倒れそうだ。体勢はすでにorzである。なんともまぁ罪な喪女……

(むがー!)

 ……主人公である。というか、扉を越えて反応するなよ。母上殿が困惑してるぞ。ちなみに父上殿は不動のorzのままだが。

(ぐぬぬ……)

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