バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

私が主役!

「あー……? えぇぇ……!? おおおおお!!」

 桜色のふわふわした髪の少女が鏡台の前で奇声を発する。この物語の主人公たる「フローレンシア・クロード」男爵令嬢その人である。

「まじか……マジなのか!? 私ぃぃぃい!」

 ただし中身はとても残念な……享年32歳までぼっちを通した喪女である。

「ちょ、おま、うっさいわ!」

 何か? というか、ナレーションに突っ込んでんじゃねえよ。聞こえてねえだろお前。

「あれ……? 今誰かに猛烈にディスられたと思ったんだけど……」

 勘の良い喪女である。気を取り直して、この喪女……

「だああ! なんか腹立つ! やっぱ腹立つ!」

 ……この主人公、生前『花咲く乙女達の協奏曲(シンフォニー)』という乙女ゲームにハマっていたのだが、何の因果かそのゲームの世界に転生してしまう。なお、現時点ではどういう理由で死んだかなどは分かっていない。ただ「自分は死んだ!」という強烈な記憶のみがあるだけだった。
 話は戻って現在。転生物のお約束といえる高熱を出して寝込んだイベントを起こしたことで、脳に前世の記憶が追録され、前世の記憶もはっきりしたことでゲームの中の世界に居るようだということに気付く。
 割とラノベも好きだった彼女は、すぐに大好きな世界に転生できたことを喜んだ、という次第である。実に残念。

「んふー。なんかわからない苛立ちは置いといて……ぬふふ……花乙の世界だよ! しかも主役! ラノベのお約束の悪役令嬢ですらない! 逆ハーむっはー! 滾る〜〜〜〜!」

 残念もとい痛々しい。勘違いしてまっとうな道を歩む悪役令嬢にフルボッコされる3流脇役のようである。なにせ今彼女は、鏡の中の自分を見てゲームの主人公そのままの自分の姿にニヤニヤして……いやニヨニヨしているのだから、うわぁ……である。一応? この主人公、ゲームの中では全ての男を掌で転がせる立場であっため、取らぬたぬきのなんとやらで気持ち悪い笑みを浮かべるのは立派な権利? ……なのだろうか?
 ……まぁ物事はそう単純な話であろうはずもなく。

「んふふ、んふふ♪ んふ……ふぇ? 主役……ぬあー!? 駄目じゃん!!」

 どうやらおぼろげながら自分の置かれた状況の不味さに気づいたようだ。
 というのは、この『花咲く乙女達のシンフォニー』というゲーム、出てくる乙女達の濃さが尋常ではなく、協奏曲と謳いながらファンの間ではラプソディと言い換えられていた。正しくはラプソディーが狂詩曲を明確に指すので狂騒曲はカプリッチョであるのだが、まぁ細かいことは良い。しかも公式略称は『花乙』であったものの『花ラプ』としか呼ばれていなかった。誰かが花乙なんて言おうものなら、「花ラプ。花ラプだから。覚えた? はーなーらーぷー。ハイ言ってみて?」ってプチ炎上するレベルの拒否っぷりだった。故にこの喪女……

「あ゛あ゛ん!?」

 ……この残念な主人公は公式略称を使う、稀有な存在であったのだろう。

 話を戻して「花ラプ」では何故か主役だけが全ての乙女達から敵視され、苛烈な妨害を受ける上にゲームも後半に入ると、ゲームオーバー=死という理不尽さが有名だった。

「うぐう……やっべぇわ……」

 彼女の命日や如何に!

「命日なんてこねえわ!」

 いや、いつかは来るでしょ。

「ぐぬぅ……」

しおり