確認事項と疑惑
季節は移って春、である。主人公が寝込んでから実に4ヶ月経っている。まぁ色々すっ飛ばしている感はあるが、何にせよ春である。主人公受難の始まりで断罪への階段の一歩である。
「罪なんて犯してないでしょうが!」
なんと喚こうと命日は刻一刻と迫っているのである。
「どうせここで突っ込んだら、早いか遅いかの違いで1日には変わりないとか言うんでしょうね……」
おおう、よくわかってらっしゃる。
「学園生活は避けられないとして、他にできることは……定番だけど目立たないことね」
そうやって回避方法を並べたにもかかわらず、実践できた類のキャラクターの話はついぞ聞いたことがないんだが……。
「っさいわねぇ。大体公爵家令嬢とかならまだしも、辺境の木っ端の男爵家令嬢よ? 平民じゃないだけマシと言っても、下手すれば上級貴族との関わりがあるかもしれない分、平民より危険なんだから」
父上涙目の発言である。鬼畜男爵家令嬢ここに極まれり。
「お父様の前で言うわけ無いでしょ! ……3ヶ月経ってようやくこの子との記憶の融合が噛み合いだしたんだから。今ではお父様もお母様も、ちゃんと私の両親なんだから」
3ヶ月もかかった。なるほどある意味当たり前である。他人の意識に現代人の記憶がまるごと引越ししてきたようなものであるため、容量的にも厳しいものがあり、それが大病を模した熱と痛みとなったわけである。次に記憶の混雑が問題になっただろうが、時代的・文化的にも齟齬だらけであっただろう。個人情報の融合やら何やらにおいてはもっと大変で……
「そうよねぇ……。男爵家令嬢なのだから、家族関係、姻戚関係、主従関係、領地……は借り物だけど、色々知っておくこと、知るべきことがあったのよね。こういうのはゲームじゃ描写されるわけもないからまるで知らないし」
おまけに断頭台の階段一歩目 「やめて!?」
……楽しい楽しい学園生活 「嫌味なの!?」
……うるさい喪女だなぁ 「放っといて!?」
……ともかく、ゲームの舞台へと時間が進むため、色々準備があったのだ。
記憶の融合だけで済むものはともかく、マナーやら稽古事やらは大病患ったので「全て忘れきっちゃいました、てっへぺろー」では済まされない。
「……そんなこと、言わないわよ」
……どうやら言い訳に使おうとか思っていたらしい。小賢しい喪女だった。
「だからこの子はモテるんだってば!」
ほほう……。モテて良いのかね?
「ぐぬう……。で、出会いさえ上手くかわせばフラグは立たないはず……」
確かに花ラプではフラグ管理が重要で、意中の相手を落とそうとすれば、丁寧にイベントを積み上げていく必要があった。ただし、積み上げれば積み上げる程、対象を狙う他の令嬢……いや、別の乙女からの嫌がらせが激化していく。終盤に差し掛かると、その苛烈さたるや、後の事微塵も感じてないんじゃね? って位酷いものだった。
一人でも大変なフラグ管理だが、ジェンガの末期のようなフラグ管理をこなし「具体的ね!?」針の穴に糸を通すかのような繊細さで徹底していけば、全ての攻略対象から愛を勝ち取る逆ハーエンドなるものも、一応存在はする。
……ちなみにこの喪女さんは、
「やったに決まってんでしょ」
なんとまぁ。一人陥とすのにも死亡フラグが立ちまくるのに、4人……隠しキャラ含めて6人もの逆ハーを達成するとなると、その死亡率や如何に!?
「怖すぎて現実じゃやってられないわね……。イケメンキャラ達は勿体無いけど死ぬのはゴメンだわ。生まれ変わって早々また死ぬだなんて嫌よ」
……まぁ無駄なあがきと思うが頑張れ、主人公。
「無駄って……前世は死すとも今世は死なず」
いつかは命日が来るって何度言わすねん。
「ぐぬぅ……」
とにかく、主人公のお祖父様が寄越してくれた馬車に乗り、皇都まで数日の旅が始まるのだった。無駄話で移動中のあれやこれやが無くなってしまったが
「誰のせいよ」
……主人公を死に追いやるイケメン共と、そのキャラのストーカー達の、
「ストーカーは流石に言い過ぎじゃない?」
……もとい、主人公がイケメンを陥とそうとした場合、もしくは接点が生まれたら、殺しにかかってくる令嬢達の、
「あ……やっぱストーカーで良いかも」
おさらいをしておこう。
まず定番のオレサマキャラ、ちょっと癖の入った金髪セミロングの碧眼、アシュカノン帝国第3皇子こと『ディレク』。
辺境の木っ端男爵家令嬢の何を気に入ったのか、徐々にその距離をオレサマ力を発揮して詰めてくる。最終的に陥ちた後のそのデレっぷりが故に『デレク』という愛称が定着した残念イケメン。
「デレっぷりが可愛いのよねー」
次に、超絶クールキャラで青の短髪パーマヘアに灰目の眼鏡キャラの時期宰相候補と名高いアルトマン侯爵家嫡男『サイモン』。
最初は何の興味も持たず、むしろ居ないものとして扱うレベルの無視っぷりだが、実は結構なドジっ子の上に子供っぽい所がある。そもそも皇子より2歳年下だが 、持ち前の優秀さで同学年に飛び級を認められた天才である。
「ギャップ萌えよねー」
名言は『僕、ちゃんとできるもん。やればできるもん』。
「くはー! 『もん』だよ!? 『もん』! 萌え殺す気か!?」
……知らねーしうるせーよ。とにかく、ついたあだ名は『もんもん』。……お猿ではない。
後に彼の子供っぽい所も受け止める主役に母性を見出し、かなりの依存っぷりを発揮する。
「ヤヴァイよねー」
3人目も定番、熱血キャラ。赤の短髪オレンジ目の対外国最前線たるザルツナー辺境伯が三男「アーチボルド」。
辺境伯の子息ゆえ主役とは全く無縁でもないが、面識はない。その印象は暑苦しい。イケメンなのに暑苦しい。ついたあだ名は『アーチチチ』
「おい、嘘吐くな」
……陥ちた後の彼は、まるで初めて意識してしまった幼馴染の様な甘酸っぱい関係となる。元々純粋であることに加え、男友達しか居なかったため、どう扱って良いかわからない不器用さがなんとも……。故に親しみの込められた愛称は『あー君』。
「不意に距離が近づいたりすると、途端にはにかんじゃったりして……尊いわぁ」。
最後に爽やかイケメン、緑の長髪に翠目の将来有望な魔道師でバルカノン公爵家次男「エリオット」。長男は生まれて間もなく無くなったため、次期公爵である。
皇子より1歳上の先輩で、大人びた様子を持ち甘えさせてくれそうな見た目かつ、誰に対しても優しいことから八方美人だのタラシだの、最初の女性受けは良くなかった。
「私はすきー」
……後に手酷い裏切りにあってから誰にも本心を見せず、かつ誰とも敵にならない生き方を選んでいたことがわかる。陥ちてからは一途になるが、端々に滲む苦労に甘やかしたい女性心を鷲掴みに。ついたあだ名は『マイ・オット』。
「きゃー! 支えてあげるわ−!」
余談だが、不用意に『マイ・オット』とSNSなどでつぶやこうものなら、醜い女の争いが……。
「そこまでだったの!?」
あったとか無かったとか。
「それ! ないやつじゃん!?」
次にそれぞれの攻略対象のお邪魔令嬢達について。
花ラプにおいて『この主役って本当に主役なの?』と疑いたくなるのがクリア後の特典で他の乙女達をプレイできることもある。最初っから他の乙女達もプレイできていれば、数あるキャラクターの一人でしかなかったものを、後から他乙女プレイが開放されたがために『何の取り柄もない』『面白みもない』『何故モテてるの?』と積もる疑問は山の如く。この疑問符が矢の形をしていたらフローラはきっとハリネズミになっていたに違いないだろう。
更には逆ハープレイが出来る主役と違い、基本的に攻略対象は一人のみ。いわゆる純愛プレイが楽しめたがために、さらなる人気の剥離を招いたのだった。
そんな他乙女達のまとめをしよう。
オレサマ皇子ディレクには、皇国第二位の権勢を誇るフエルカノン公爵家長女『ジュリエッタ』。
完全無欠の公女様で、ウェーブがかった銀に近いプラチナブロンドをたなびかせ、煌めく金の瞳は見たものを魅了し、歩く姿は幻想的。彼女の色んな表情を見たいがためにディレクにちょっかいを出す女性ファンも居たのだとか。
「そうなの!?」
意外なことに、彼女が直接手を下すシーンは殆ど無い。それもあって、悪役令嬢と言うか、本家主人公とか呼ばれてたりしていた。
「悔しいけど納得よね……」
クールなサイモンには、同格かつ武門の名家でシャムリア侯爵家次女『グレイス』。
金髪ロングストレートに茶目を持つサバサバとした姉御肌な性格で、男装が似合いそうな格好良い女性だが、意外にスタイルが良い。彼女には性別を越えたファンが多く、主役の凡庸さを際立たせている。
「誰と比べたってそうでしょうに……」
皇子より1学年先輩である彼女が、自分の恋心を自覚してからはむしろ年の差に苦悩する恋する乙女感が半端なく、主役を差し置いてサイモンを捧げる女子も居たとか。
「マジで!?」
彼女に関しては回を追うごとに洒落にならないレベルに上がっていく決闘を申し込んでくるくらいなので、避けようはいくらでもあるだろう。
熱血キャラアーチボルドには、皇都の門閥貴族の有力者、ゴルドマン伯爵家一人娘『アメリア』。
幅広い姻戚関係を背後に権勢を伸ばし続けた高祖父の代より時代は移り、自由に育てるよう方針を変えたゴルドマン家は、遅くに生まれたアメリアを甘々に甘やかして育てた。しかし持って生まれた純粋さからか我儘に育つことはなく、花の妖精のような令嬢に育つ。ウェーブがかったボブカットの短めの茶髪にこげ茶色の目を持つ愛らしい女性である。しかしながら嫉妬に狂っていくその様は、元々のイメージから乖離し過ぎて、さながらホラーのようであった。
「夜、トイレいけなくなったわ……他にも……ヒィ」
最後に爽やかイケメンエリオットには、公爵家メイドの『シンシア』。彼女は公爵家に拾われたので、名家の生まれというわけではない。しかし幼少期よりともに過ごしてきた時間は彼女に暗い情念を抱かせるのに十分であった。彼女の場合は試練と称し、近づく全ての女性の心を叩き折り、再起不能へと陥れることが喜びとなっている。
「っつーかマイ・オットが歪んだのって彼女のせいじゃ……。
ってそうじゃないわ。なにかおかしい! おかしすぎる!」