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身体の感覚を失う

 クスリの身体は宿に飛ばされることとなった。
 
 疫病コースで死を覚悟したものの、どうにかクリアすることができた。中身は完全に人間なのに、生命力はフナ虫みたいにたくましい。

 現実世界においても、これくらい強ければよかったのに。あちらの世界では、簡単にあの世に旅立ってしまった。

 クスリには懸案事項がある。疫病コースにて「いずれかのウイルス」を発症している可能性は否めない。病気を理由に入室拒否されるようなことになれば、武器、防具、回復アイテムの調達に支障をきたす。

 武器、防具、回復アイテムよりも重要なのは食事。RPGの世界では食べるからこそ、生きられる設定になっている。腹に何も詰め込まなくては、「おなかメーター」が0になったあと、あの世行きとなる。それだけに、長期間にわたって食事制限を課される事態は避けなくてはならない。

 水のみで生き延びるのは、不可能ではないとはいえ、きっちりとした食事にありつきたいところ。飢えをしのぐために、路上に生えた草を食べるのは嫌だ。放牧された、牛や馬みたいな生活は絶対に送りたくない。

 宿から追い出されるかなと怯えていると、宿屋のオーナーが温かく出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ。本日はゆっくりとお過ごしください」

「死滅ウイルス」や「致死率70パーセントの菌」は入室制限の対象になっていないのかな。コナロンウイルスは許されず、死滅ウイルスなら問題ないということか。パチンコはダメで、キャバクラなら問題ないというのとどことなく似ている。社会の線引きはいつも曖昧だ。

 クスリは宿を利用できることに、ほっと一息ついた。人間としての最低限の生活を保障される。

 体内の菌を洗い流すために、浴室を探すことにした。入浴することによって、病原菌を弱体化させられるかもしれない。

 宿に入浴室は用意されていなかった。家が一軒くらい建てられそうな、豪華なご馳走を提供できるにもかかわらず、お風呂は準備しない。予算の配分を完全に間違えている。

 クスリは一人部屋に向かった。病原菌コースの疲労をじっくりと癒していきたい。

 ベッドに横になった直後、体内の力が完全に抜ける感覚があった。漫画でいう幽体離脱さながらの状態だ。

 身体を起こそうとしたものの、どういうわけかピクリともしなかった。意識はあるのに、死亡した人間さながらだった。

 現実なら救急車を呼ぶところだけど、ゲームの世界には存在しない。体内の免疫力のみで病原菌と戦う必要がある。

 一人でもがいていると、扉をノックする音が聞こえた。身体は動かないけど、音を認知する機能は健在のようだ。

「失礼します」

 入ってきたのは女性のメイドだった。声からするに、一〇代後半から二〇代の前半といったところかな。

 クスリは入室した人間に助けを求めようとするも、声を発することはできなかった。失語症にかかった患者さながらだった。

 メイドは異変を感じ取ることはなく、陽気な声でクスリに話しかけてきた。

「豪勢な食事を用意しましたので、ゆっくりとご堪能ください」

 体調不良の男を一瞥すらしないまま、女性のメイドは部屋を出て行ってしまった。食事を出すプログラムをなされていても、病人を気遣うことはないのかな。

 クスリは起き上がることすらままならなかった。ベッドに横たわったまま、一夜を過ごすこととなった。

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