疫病コースの終盤
疫病コースも終盤に差し掛かってきた。
「殺人ウイルス」以外では、「青酸カリと同じくらいの毒素を持つ人間」、「狂犬病と同じ原理で成り立っている菌を持つ人間」といった敵などと遭遇することとなった。
疫病コースと聞いていたので、「青酸カリと同じくらいの毒素を持つ人間」と出会うとは思っていなかった。青酸カリは猛毒であって、疫病とは一ミリたりとも因果関係はない。
人間の体内に青酸カリが入れば、わずかな量であったとしても死亡する。それにもかかわらず、生きていられるのは不思議だ。2220年の世界では、摩訶不思議な現象もあるものだなと思った。
「狂犬病と同じ原理で成り立っている菌を持つ人間」は、目が明らかにおかしかった。失明したかのように、焦点は定まっていなかった。
足取りすらおぼつかない敵はいろいろな技を繰り広げるも、クスリに命中することは一度もなかった。どんなに強力な菌を持っていたとしても、攻撃を命中させないと効果はないに等しい。インパクトの強さだけは一流だったものの、戦闘レベルはかなり低かった。
インパクトのある名前を持つ敵を、「しゅりけん」で撃破していった。一部は命中したから倒れたのではなく、元々の病気で死んでいったかのように映った。急所に命中しない限り、生身の人間が一発で死ぬなんてありえない。
「疫病コース」はプレイヤーを苦しめるだけでなく、病気にかかった人間をも犠牲にしようとしている。2220年の世界においては、医療費のかかる人間はとっとと死になさいといわんばかりの扱いを受けるのか。
2220年の世界では、病気にかかるお金のない一般人は、自然死を待つ方針に変更したのかもしれない。神が天下を取ってからというもの、冷たい世界を構築していったようだ。自分に刃向かうものを容赦なく天国に送り込むような屑だから、それくらいのことはやりかねない。
2020年も社会的弱者に冷たい世界だったけど、最低限の医療を受ける権利はある。医療崩壊に危機にさらされていたものの、国民健康保険の制度をかろうじて保たれていた。自分は恵まれた時代に生きていたのを肌身で感じる。
疫病コースの敵を倒したことにより、レベルは50まで上昇。最大HPは1280となっていた。
「こうげき」、「ぼうぎょ」といったステータスもあがっていた。武器はあまり強くなっていないものの、レベルアップの恩恵を受けている。
マップ内における移動を続けたために、「おなかメーター」が20まで減少。完全な空腹は避けたいので、「ひじょうようのにく」を一つ食べることにした。
デンジャラスゾーンに身を置いているからか、肉はよりまずくなっていた。地上の食べ物とは思えない味で、胃袋に押し込むのも苦痛でしかなかった。
次のゾーンでは、「ひじょうようのにく」を新しいものに取り換えようかな。腐敗速度を緩めているとはいえ、手元に置き続けると腐ってくるようだ。
左側に進んでいると、ボスが待ち構えているのを発見。こいつを倒せば、悪夢の疫病ステージはクリアとなる。
ボスとの戦闘の前に所持アイテムを確認する。大量に所持していた、「しゅりけん」は4つまで減っていた。
他のアイテムについてはほとんど減っていなかった。敵からの攻撃を受けなかったため、「ハイドラッグ」などを使用する機会は限られていた。
ボスの方向に進んでいると、どういうわけか、足は硬直して全く動かなくなった。クスリは沼にはまったのかなと思ったけど、そういうわけではなかった。
十五秒ほどで、体内の硬直はとけることとなった。一時的とはいえ、どうして身体は動かなくなってしまったのだろうか。殺人ウイルスは人間の動きを止める要素を含んでいるのかな。
マイナスのことを考えていたとしても、ゲームをクリアできるわけではない。クスリは一直線にボスに向かうことにした。
「致死率70パーセントの菌を持ったボスが現れた」
「致死率70パーセント」に過剰に反応する。発症しようものなら、10人に7人は死んでしまうことになる。病原菌を体内に取り込むわけにはいかない。
ボスだけあって一撃で倒せるわけではなさそうだ。致死率70パーセントの菌を体内に入れるのを覚悟しなくてはならない。
クスリは「しゅりけん」を投げつけると、「致死率70パーセントの菌を持ったボス」に命中した。これまでは一撃だったけど、ボスはどうなるのだろうか。
「致死率70パーセントの菌を持ったボスに、1800のダメージを与えた」
ボスだけあって一撃では倒せないらしい。クスリは70パーセントの確率で死亡する菌を体内に取り込むのが確定的となった。
致死率70パーセントのボスは、戦闘ゾーンに毒ガスのようなものをまきちらしていた。クスリはあまりの臭さに、嗚咽を漏らしそうになった。ゲホゲホゲホゲホ。ゲホゲホゲホゲホ。ゲホゲホゲホゲホ。
クスリは鼻と口を塞ごうとするも、注入するガスを完全に遮断することはできなかった。
「クスリはダメージを受けなかった」
物理的なダメージはなかったとしても、体内に異変が起きている。一刻も早く撃破しなければ、あの世に直行することになる。
クスリはボスに向かって、「しゅりけん」を投げつける。健康を維持するためにも、ここらへんでくたばってほしいところ。
「致死率70パーセントの菌を持ったボスに、1600のダメージを与えた」
疫病コースの雑魚は全部一撃だったのに、ボスは二発攻撃を当てても倒せない。ボスだけあって一筋縄ではいかないようだ。
体内に毒素を入れないためにも、長期戦になるのは避けたいところ。持久戦になればなるほど、毒ガスの量は増えていく。
クスリは「しゅりけん」を投げつけた。
「致死率70パーセントの菌を持ったボスに、2000のダメージを与えた」
ボスはまだ倒れなかった。どれだけのHPを与えられているのだろうか。
「致死率70パーセントの菌を持ったボス」は、毒ガスをまき散らすのではなく、こちらに向かって攻撃を繰り出した。
「クスリに120のダメージを与えた」
ボスにしては攻撃力が低めといえる。「ハイドラッグ」などを使用しなくとも、倒せるのではなかろうか。
クスリは四つ目の手裏剣を投げつけるも、ボスを倒すことはできなかった。耐久力はかなり高めに設定されているらしい。
ターンが経過したためか、ボスはゾンビ化していくこととなった。体内の菌は強力で、身体をじわじわと蝕んでいくのかもしれない。
ゾンビ化したボスは、口から毒ガスを射出する。これまでの異臭とは格が違っていた。
「クスリは200のダメージを受けた」
毒ガスを吐き終えたばかりのゾンビは、さらに腐敗が進んでいる。このまま進んでいけば、溶けてなくなってしまうかもしれない。
「しゅりけん」を投げつけようかなと思ったものの、すでになくなってしまっている。ダーツも底をついており、直接攻撃しか方法は残っていなかった。
クスリは覚悟を決めて、「ロングソード」で攻撃を仕掛ける。「しゅりけん」に対する耐久力はあっても、こちらなら一撃で倒せるかもしれない。
「ロングソード」で攻撃を仕掛けると、ボスは真っ二つに割れることとなった。
「クスリはボスを真っ二つに切り落とした。「ロングソード」は腐敗して、剣としての役割を終えた」
武器を一度で使用不可にするなんて。「致死率70パーセントの菌」は、人間だけでなく、金属にも影響を与えるようだ。
疫病コースをクリアすると、異世界に飛ばされる感覚があった。クスリは命を失わなかったことに、胸をなでおろしていた。