第2章ー2 幻影艦隊 「見えないのは反則だよね~」
謀議や、互いのロープへの細工を防ぐため、3人を4メートルぐらいずつの間隔をあけて壁際に転がしていた。3人がロープを持っていたのは、まさにこういう時の為だ。
ジヨウは、執務机の上の端末で情報を引き出している。
「ウチたちのいる場所、どこだろうねぇ~。本当に、軍の施設だったりしてね~」
レイファは著しく緊張感に欠ける口調で、ソウヤとクローに話しかけた。
4人とも軍の施設の訳ないと頭から信じている。それも当然で、駐機場にも廊下にも、このフロアにも、衛兵はおろか警備システムすら存在していない。
「ドラマじゃないんだ。3等級臣民の前に、わざわざ大佐なんか出てこないぜ」
「我は、前に自称大佐となら会ったことがあるぞ」
「あー、そういえば・・・。そん時、自称将軍ってのもいたぜ」
「うむ。確か、壊滅させたら10人ぐらいのグループで、紅雀だったぞ」
「違う、紅雀蜂だぜ。・・・そんな人数で将軍かよってな」
レイファは怒った表情になり、澄んだ瞳でソウヤたちを睨みつけ、甘い声音で非難する。
「それは、いつの話かな~? 危ないことしないって約束したよね~」
ソウヤたち3人は、危ない真似はしないようにと、幾度も約束させられていた。
幾度も約束させられる羽目になるのは、幾度も約束を破るからなのだが・・・。
ソウヤの黒い瞳が泳ぎ、レイファから視線を外し、誤魔化すように言葉を濁す。
「だいぶ・・・む、昔・・・かな~」
「フッハッハハハハ・・・心配無用だ。我らに喧嘩を売った奴らがバカなのだぞ」
「む~~~」
頬を膨らましたレイファが、抗議を続ける。
「あのね~・・・仕返しされたら、どうするの~? 心配になるでしょ。あっ、もしかして・・・この人達が、その紅鈴虫のメンバーとか、仲間とか・・・、なのかな~?」
レイファは、本気で心配している。その気持ちが伝わってくる。
危険なことはしないように努めているが、危険が諸手をあげて集い、攻めてくるなら対処するしかない。他人に自分の尊厳、権利を譲る気もない。
つまり、今まで同様で改める気はないということだ。
なので、いつもの調子で軽口を叩く。
「蜂、紅雀蜂なっ。それじゃカワイ過ぎだぜ。まあー、そんなことないだろうけどよ。なあ、ジヨウ?」
同意を求めるため視線を送るが、ジヨウは執務机の端末の前で、苦悩の表情を浮かべている。
「ジヨウ?」
まさか・・・ホントに紅雀蜂のメンバーの報復か?
「ジヨウにぃ?」
心配そうに問いかけたレイファに、ジヨウは返事する。
「拙いかもな・・・」
ソウヤの問いかけは無視しても、妹の問いかけには応えるところが、ジヨウらしいといえばジヨウらしい。
そんなことを頭の片隅で考えつつ、ジヨウに訊く。
「なにがだよ?」
「本物・・・だな」
ジヨウの声は、苦悩と苦渋と苦悶に満ちていた。
「ホントに紅雀蜂かよ。まいったぜ」
「大丈夫だ、ソウヤよ。我ら3人で、再び潰せば良いだけのことだぞ」
「あのね~。もう紅ちゃんは、ほっとこうよ~」
ジヨウは物事を考えすぎて悲観に傾くことがある。この時もそうだろうと、ソウヤ、クロー、レイファの3人は、緊張感とは無縁の声を出していた。
だが、ジヨウの顔色は優れない。
「違う、そうじゃない。彼女は、本物の大シラン帝国軍の大佐だ」
ジヨウたち4人は、視線をリールランに移した。
彼女は4人に厳しい視線を向けたまま、徐に肯いた。クローゼットに入っていたタオルで猿ぐつわした姿では、威厳も品位も全く感じられないのだが・・・。
「ホントかよ?」
「嘘だな」
「ウソだよね~」
「本物であるという証拠しか出てこない」
ジヨウは3人のリーダーだが、扱いが少し軽い。だから驚くより猜疑の方が先に立ち、3人は再度疑いの台詞を吐いたのだが、ジヨウは自信満々に肯く。
「なら、部屋に入るところからやり直そうぜ」
とても建設的でないソウヤの提案を、思考の迷路に迷い込んだジヨウが本気にする。
「それも良いかもな。やり直してみるか?」
「そうだね~。それでも良いか訊いてみよ~。ねっ?」
一見建設的なレイファの意見だったが、ソウヤの提案自体が建設的でないので、およそ建設的な意見にはなりえない。
「うむ。我に任せるが良い! 見事、解決してみせようぞ」
突然クローが自信のありそうな声音で発言した。
ここまで悪化した状態を打開する秘策でもあるのか?
自分たちと比較して、組織力も社会的地位も、何もかも圧倒的に相手側が優位だ。現状、こちらが優位なのは、彼女ら3人の身柄を押さえていることだけだ。
そのような不利しかない状況で、クローに交渉役が務まるのか?
オレの予感は急速に不吉な方向へと傾いてきている。
クローを止めるため声を出そうとしたが、すでに彼はリールランの前で、わざわざ目線の位置をあわせるために跪いていた。
そして、不遜な態度で宣告する。
「貴様らには、やり直しを要求するぞ。さもなくば、無事に帰れると思うな。我らは自分の身の安全を図るべく、あらゆる措置を講じる。特に我クロース・ファイアットは、ファイアット家の誇りにかけて、如何なる手段を用いても必ず友を護る覚悟であるぞ」
予感通りクローは、この場面に対応する引き出しを持ってなかった。
レイファは表情の選択に困っている。
ジヨウは額に手をやって呻く。
「それ、最悪だろ」
散々脅しかけたとしても、身柄を解放した瞬間、要求した約束は反故にされるに違いない。
隠蔽工作をするにしても、何をどこまで隠蔽すれば軍の手が伸びてこないか分からない。そもそも隠蔽工作が可能なのか?
とりあえずクローを黙らせるため、横から思い切り蹴りを入れた。
クローは跪いているだけあって、よく転がっていく。
クローは、家の誇りにかけて護る対象とした友に、蹴り転がされて部屋の隅に追いやられたのだった。
「我らの相手は視えない軍隊だ。諸君らは、その軍隊と戦うために集められた精鋭であり、特殊訓練生である」
如何にも古強者といったワン少佐の台詞に、192名の訓練生がざわつき始める。
軍人とはいえ、入隊してから長い者で4週間。短い者では1週間である。彼ら大シラン帝国3等級臣民は、本人の意志とは関係なく軍人にされたのである。
「それは比喩でしょうか?」
一人が勢いよく挙手し、起立して質問しのだた。
如何にも優等生タイプの何でも出来そうな少年である。
「比喩ではない。諸君らには視えない軍隊・・・通称”幻影艦隊”と戦ってもらう。無論、戦闘に勝利するために訓練するのであって、勝利のための手段は用意してある。あとは諸君らの訓練が必要なだけだ」
ワン少佐の確信に満ちた台詞が、ブリーフィングルームに響いた。
ここは、シラン星系から1光年ほど離れた場所にある大シラン帝国軍の訓練基地である。
訓練基地の傍には、幾つもの小惑星が漂っている。
これらの小惑星は、訓練用にシラン星系から超時空境界突破航法で運ばれてきたものである。ここは艦隊演習や実弾演習、小惑星上の基地攻略演習など様々な軍事演習に活用されている。
そして、1週間前に入隊させられたソウヤたち4人も、このブリーフィングルームにいた。
入隊後はすぐに、この訓練基地に送られ手続きや身体検査をされ、軍人としての基礎を超短期講習で叩き込まれたのだった。
「コバヤシ技官」
ワン少佐が名前を呼び交代して出てきた技官は、黒髪に白髪交じりで視線の鋭い線の細い男だった。ワン少佐は人を品定めする眼つきだったが、彼は人に興味のない冷たい眼をしている。
「技官のコバヤシだ。貴様らの中にも、重力制御システムや時空境界突破航法に使用するミスリル合金を見たことがあるだろう。ミスリル合金はダークマター”ミスリル”と幾つかの通常物質とを化合して精製される。故に、我々の視覚で捉えることができる。しかし、ダークマター自体は、触れることはできても、見ることはできない。現在確認されているだけでもダークマターは20種類以上あるが、ある説によると通常物質以上の数の元素が存在するという。宇宙には原子等の通常の物質が4.9%、ダークマターが26.8%、ダークエナジーが68.3%の割合と推測されているからである。つまり、この世の中では目に見える物質の方が少ない。そして敵軍隊は、ダークマターで構成されている知的生命体と考えられる・・・・・」
コバヤシ技官による技術的な説明の開始から20分以上もの時間、途切れることなく続けられている。
しかも、理系の人間にありがちな話し方をする。
つまり、誤解のないよう微に入り細に亘る長い技術的な説明をし、技術用語の羅列が抑揚のない声で延々と続けられた。
睡魔に負けそうになると、ブリーフィングルームにいる教官から容赦なく平手が頬に飛んでくる。既に3分の1が平手の洗礼を受けていた。まだ拳でないことが唯一の救いだろう。
説明開始から30分ほどして、ようやくビンシー操縦士にとって有益な情報が語られた。
「・・・この見えない敵を捉える為の索敵システムを我々技術部門は開発に成功した。ただし0.688秒の時差が生じる。要するに、画面に表示される敵の姿は0.688秒前のものである。君たちは、この時差を克服して敵機を撃墜せねばならない。以上である」
交代してワン少佐が再度壇上にあがり、特殊訓練生の士気を向上させるべく演説する。
「諸君らはビンシーに搭乗して、暗黒軍隊を駆除する役割を負う。諸君らは徴兵として軍に参加するゆえ、本来の階級は2曹からである。しかしビンシーに搭乗する精鋭は、全員が少尉以上となる。そこで、諸君らには特例を適用する。ビンシーに搭乗するゆえ、諸君らの待遇は少尉相当とする。そして軍功を立てれば、正式に少尉となる。良いか、少尉になると帝国の2等級臣民権が与えられる。少佐になれば1等級臣民権だ。諸君らの多くは生まれた星域から離れたことがないだろうが、2等級臣民になれば帝国の、どの星系にでも行けるようになる。しかも、帝国本星への降下許可がおりる。そして1等級臣民にともなれば、本星に住むことすら可能になるのだ。全員、訓練に励むように。以上だ。解散!」
3等級臣民だけを集めて2等級臣民、1等級臣民への昇格を餌に訓練意欲を煽る。そうやって戦闘へと駆り立てる。それを2等級臣民出身のワン少佐がおこなっている。
皮肉な話だ。
しかし、彼ら特殊訓練生が生き残る為に必要な情報である。
それでいて最も重要な情報は、士気が下がるのを防ぐために与えなかった。
索敵システムを対幻影艦隊向けに改良し、3等級臣民をパイロットとして養成するプロジェクトの責任者はバイ・リールラン大佐である。
そして、ワン少佐をはじめとしたプロジェクトの幹部には、大シラン帝国軍の窮状が知らされていた。
ここ1ヶ月、トリプルアロー単独で大シラン帝国本星への航路を守っていた。
ソウヤたちがゲームの決勝ステージで攻略した帝国が誇る最大最強の移動要塞がである。
そしてゲームの設定どおり、トリプルアローには3個艦隊300隻が常駐している。艦載機以外に戦闘機と人型兵器を、合計10000機以上も搭載している。
トリプルアロー近隣の5星系から1個艦隊ずつ増援に向かっている。大シラン帝国辺境からも艦隊を編制し出撃準備をしている。
それでも幻影艦隊の猛攻には、耐えきれないと推測されているのだった。
ワン少佐が解散を命じたあと、特殊訓練生の間には希望に溢れた笑顔があった。そして期待に満ちた会話が聴こえてきた。
「バーカ。功績をあげれば1等級臣民にだってなれるってよ。惑星の大地に住めんだよ」
「2等級臣民だと他の星系へ旅に行けんのかー。楽しみだな」
「それより、今日のメシは何だべな? 毎日ホンマモンの肉が喰えるなんて、オラは一生ビンシーに乗るだよ」
「オレさ、軍に入って初めて本物の魚を食べたんだよなー」
「食いもんがいいらしくてよー。身長が伸びたんだ」
無邪気な会話だが、3等級臣民は軍人になるかしか成功する道はない、という事実を示している。そして彼らは、大シラン帝国の存亡を賭けた戦争の最前線に送られることを知らない。