ミサンガ
私達は登ってきたのとは違う道で降りて行った。それにしても私からすれば、軽い登山だ。つくづくペッタン靴で良かったと思う。
「疲れてきたら言ってね?おんぶするから」
カズナリ君が子どもたちに言うように、フザけた口調で言う。
「結構です」
私は断りを入れたが、しっかり手はつないでいるのだ。思えば男の人とこんなに手をつないで歩くのなんて、初めてのことだ。
多分、幼稚園以来のことだ。そう思うと、ずいぶん遠くへ来たなぁとしみじみ思う。物理的距離も心の距離も、日本から遠く離れている。ふわふわした心地になる。
やっぱり浮かれているのかもしれない。けど、それで良いや。
「なんか、トイレ臭いなぁ~」
カズナリ君がつぶやいた。
「やめてよ」
ぶち壊しだな、と思ったが確かに言われてみればトイレ臭かった。なぜか地面が濡れており、どこかから下水が漏れているのかと思った。
私達は息を止めてそこを抜けた。
すると、階段の途中で一時的な広間に出た。振り返ると白い壁に人の顔の彫刻が彫ってあり、所々にこういう細工があるのを嬉しく思った。
ゲームでちょっと面白いマップを見つけた時の気分だ。
ぼうっと見ていると、周りを四人の黒人に囲まれていた。
まずい、と思ったときには遅かった。男達は懐から、紐を取り出した。
『ミサンガ売りだ!』
サクレクール寺院と言えば、ミサンガを押し売りしてくる人たちがいることが有名だった。
勝手に巻いてきて、お金を請求するのだという。しかも二千円近くと、結構高額だ。何人もの被害報告がネット上にはあがっている。観光本にももちろん出ている。
しかし、行きにはまったく見かけなかった。帰り道で遭遇するとは、夢見心地になっていたからか油断していた。
私の近くにいる男の手が、私の腕に迫ってくる。
『巻かれる!』
そう思った時、私の体がふわっと浮いた。
「えっ?」
気づくとカズナリ君の胸の中にすっぽり納まるように、抱きかかえられていた。
「しっかりつかまっててね」
カズナリ君が上から微笑んだ。太陽が重なって、眩しかった。カズナリ君の影の中で、私は思考停止しそうになった。
けれど、頭の片隅で『お姫様抱っこされてる!』と、小さい何人もの私がキャーキャー騒いでいた。
カズナリ君は駆け出した。階段を駆け下りる。
「ぎゃあ!」
色気のない声を本体の私は叫んでいた。
だって、怖すぎる。速い!男の人って、こんなに速く走れるものなの?それとも抱っこされてるから、そう感じるの?下りの道をグングン降りていく。風になったみたいに。
私は無我夢中で、カズナリ君のシャツに縋りつくように、縮こまった。カズナリ君の心臓の音、汗の匂い、体温を籠もるように感じた。
私は走っていないのに、私の体も熱くなっていく気がした。