パリ市内、モンマルトル
どれが目的のシャトルバスかな?と二人で探すだけでも楽しかった。
カズナリ君もフランスには初めて来るようで、二人して初心者だった。なので、あっちかな?こっちかな?と迷いながら進んだ。
それなのに焦ることがなかった。
カズナリ君は困ったらすぐに近くの人に聞いていた。それも超カタコトの英語でガンガン話掛けるのである。それでも身振り手振りと人懐っこい笑顔でなんとかしてしまう。
私は英語は多少話せるつもりだが、あまり外国の地で、外国人と面と向かって話したことはなかった。どうしても気後れしてしまう。
「す、すごいね」
私は尊敬の眼差しでカズナリ君を見た。
「ふふふ、いつもなんとかなんだろ、の適当精神で生きてますから」
そう言って笑う。
「ふふっ、見習って良いのか、わからなくなるね」
私達はシャトルバスに乗った。
バスは高速道路みたいなところを走っていく。空港の周りはのどかな田園風景が広がっている。朝焼けとマッチして、異国情緒を感じさせた。
前の座席から、三才くらいの子どもがこちらに身を乗り出していた。ずっと私達を見ている。なんとなく手を軽く振ってみた。
そしたら、向こうも手を振り返してくれた。表情は無で、手を振ることさえもまだぎこちない動きだった。可愛らしくて、思わず二人して笑った。
バスの風景が段々に都会へと変化していく。
高速を降りて、石畳の道路に、石で出来た歴史的な建物、石像、色とりどりではあるがお洒落な色調の家々が見えてくると、『あっ、もうパリにいるんだ』と思った。
私はいつの間にかパリ市内にいた。つい昨日まで日本にいて、毎日会社と家を往復するだけの毎日だけだったのに。
「次で降りるみたい」
「うん」
私達はバスから降りて、ついにパリの石畳にその足を直接着けたのだった。
心にじんと来るものがあった。
「え~と、ここから地下鉄に乗って、と」
隣のカズナリ君がスマホでホテルへの道筋を確認する。
ハッ、とする。そうだ。私達はこれからホテルへ向かうのだ。
場所はモンマルトルの丘だ。私が行きたかった場所。なんでも太一が持っていった私の旅行本に、付箋が貼ってあったから、そこに泊まることにしたのだという。
「ふ、ふ~ん、そうなんだ。ありがと」
そうは言ったものの、部屋やベッドのことは聞けなかった。ツインならまだしも、ダブルベッドだったらどうしよう?などという想像が勝手に働いてしまう。
地下鉄に乗って、降りた場所から少し歩いた。さすが丘というだけあって、坂道が多い。この先にサクレクール寺院というのがあるはずだ。
私は旅行本を完全に絵本のようにパラパラと見ていたので、絵本の中に入ったような感慨を覚えた。けれど、坂道を登る前に、ホテルに着いた。
大通りに面したホテルだった。赤い字でホテル名をあしらっており、扉は緑色の複雑な細工が拵えてあった。
カズナリ君がカタコトの英語と印刷してきた宿泊情報を見せると、受付の女性から鍵をもらった。部屋の隅っこの方にあるエレベーターに乗った。
そのエレベーターはとても狭くて、二人が乗るとそれだけで満員という感じだった。私とカズナリ君の距離も自然と近くなる。
無言だった。カズナリ君の方をチラリと見上げるが、いつものように微笑んではくれず、真顔でただ前を見ていた。自然と胸が高鳴ってきてしまう。
エレベーターが停まり、私達は降りた。カズナリ君が部屋の扉の前で止まって、鍵を取り出す。まるで手慣れた様子で、扉を開けた。
「どうぞ」
私に部屋に先に入るよう、促す。
「・・・うん」
私はカズナリ君の顔も見れず、うつむいて部屋に入った。目の前には、ベッドがあった。
セミダブルベッドだった。
「じゃあ、俺、隣の部屋なんで。三〇分後にでも合流しましょう」
カズナリ君は鍵を私の手に載せると、私の部屋には入らず、扉を閉めた。
「えっ?」
隣の部屋の鍵が開き、カズナリ君が隣の部屋に入った音が聞こえた。
一人取り残されたようにボケっとしていた私は、ベッドに倒れ込んだ。ふかふかだった。メガネが枕に埋もれてズレる。
二部屋とってくれていたらしい。
まぁ、こんな格好している女に魅力を感じるわけもないし。今までのドキドキしていたのもすべて勘違いだったのかもしれない。
そう思うと、独り相撲の恥ずかしさに足がバタつき、枕を抱え込んだ。
カズナリ君は一体なんで私をパリに連れてきてくれたんだろう?
わからない。悶々とした。
窓から光が射し込んでいる。外にはパリの景色が広がっている。
まぁ、わからないことは考えても仕方がないか。今はこの限りある「今」を存分に楽しまなくちゃ!
そう思うと、私はカズナリ君から渡されていた私の化粧道具を取り出した。ビニール袋に入っているのは、太一クオリティ。
だけど、大概のものは揃っていた。ちゃんと化粧水や保湿液も入っている。
顔を洗い、整えてから、軽く化粧をした。メガネや服装はこのままだけど、最低限でもしておきたい。
まだフランスは午前だ。たっぷり今日を楽しもう!鏡の前で気合を入れた。