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お誘い?

 それからはちょくちょく子どもたちとカズナリ君と遊んだ。週末が来るのが楽しみになった。

 高校の時以来で、花火をした。ねずみ花火に追われて逃げたのは、やはり小学生ぶりだった。

 ついつい仕事が気になって、スマホでメールチェックをしてしまいがちになることもあったが、久しぶりに屈託なく笑えていた気がする。

 二つ事件が起きたのは、8月も後半になってからのことだった。

「サエさん」

 カズナリ君が買い物帰りに呼びかけてきた。今日は博士君ことハカセ君の誕生日だったから、二人でスーパーまで買い出しに行っていたのだった。

「はい。なんでしょう?カズナリ君」

 カズナリ君は、私のことをサエさんと呼ぶようになっていた。二人きりでわざわざ名前を呼ばれたのは、初めてのことだと思った。

「週末から、夏休みですよね?」
「うん」

 私の勤めている業界は、お盆休みがない。だから、夏休みは各自バラバラに取ることになっていた。

 私の場合は週末から休んで、水曜日までの五連休を予定している。本当はあと二日休めるはずだが、今の部署では平日は三連休が限度だった。

「太一君から、特に予定は無さそうと聞きましたけど?」
「うっ、まぁね」
「それじゃあ、もし良かったら、俺と出掛けませんか?」
「いいよ」
「良かった。金曜日の夜から空けてもらって構いませんか?職場の近くに迎えに行きますんで」
「えっ?あっ、うん。構わないけど」
「良かった」

 それからこの話題は煙のように姿を消して、ハカセ君は駄菓子のすもも漬けが好きだから、駄菓子屋に寄って行きましょう、という話になった。

 私は懐かしの駄菓子のヨーグルなんかを眺めながら、『ん?んんっ?ん~?』と混乱しきりだった。

『俺と出掛けませんか?』には自然な流れで返事をしてしまった。正直、これまでと同じように、子どもたちと一緒にどこかに遊びに行くのかと思った。

 けれど、『金曜日の夜から』ってなんだ?デートか?デートなのか?というか、『から』ってなんだ?

 迎えに来るって?たしかに会社の場所を話したことがあるのは覚えているけど。

 チラリとカズナリ君の顔を見る。トレイを持って、真剣に駄菓子を選んでいる。さっき、『良かった』と言った時、安心したような微笑みをしたのを思い出す。

 そんな緊張するような、お誘いだったの?

 少し頬が熱くなった。あんな可愛い顔で微笑まれたら、そうなる。私の返事が彼を安心させることが出来たのだという優越感みたいなものも、僅かながらあった気がする。

 結局ハカセ君の誕生日を楽しくやって、その日は終わった。なんとなく聞きそびれてしまった。

 当日の金曜日。朝のゴミ出しの時に、カズナリ君に会った。その日は燃えるごみの日だった。

「へ~い」
「よー」

 太一とカズナリ君がタッチする。

「おはようございます」

 私が挨拶すると、カズナリ君はゴミ置き場のカバーを開けてくれながら「おはようございます」と言った。

「どうも」

 燃えるゴミを入れた。カズナリ君がカバーを閉めながら「今日、迎えに行きますから」と耳元で囁いて、微笑んだ。その笑みは、いつもとは違って、ちょっと挑戦的な笑みにも見えた。

 私は驚きながらも、その微笑みに押されてしまい、差し出された手を流れで軽くタッチした。

「じゃ、いってらっしゃい」
「いってきま~す!」と太一が元気よく言う。

 私は思いがけず鼓動が速くなってしまって、会釈だけした。目の端に手をゆるく振って見送るカズナリ君が見えた。

顔が熱かった。

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