お仕事
私は貿易事務という仕事をしている。海外からの輸出入に関わる仕事で、今は輸入部門に配属されている。
輸入してくる顧客の商品を、納品先まで無事に届けられるよう、トラックを手配したりする。輸入代行業務と言ったほうが、通りがいいかもしれない。
大学は国際関係学部に進み、海外と関わる仕事をしたかったから、概ね及第点の就職先だったと思う。
週に一度は海外から電話が掛かってきて、英語を話す機会もある。英会話の勉強も多少なりともしていたから、使う機会があって良かったと思っている。
けれど、入社してみて思うのは、やはり人間関係が難しいということだ。こればかりは入ってみなければわからないし、解決もなかなか難しい。
加藤さんという男性の上司がいる。はっきり言ってこの人は異様に子どもっぽい。
ある先輩社員が転職することになった。その人は優秀な社員で、その人がいたからかなり楽に仕事が回っていたところがある。
転職先はもちろんキャリアアップに成功したもので、外資系への転職ということだった。
転職が決まったその日から、加藤さんの先輩へのあからさまな無視が始まった。
その人のいないところでは陰口をし、わざと聞こえるように話していたりもした。態度も威圧的なものへと変わった。一日前までは冗談を言い合っていたはずなのに。
その急変ぶりにゾッとしなかったかといえば、嘘になる。子どもっぽいと言ったが、これはオブラートに包んだ言い方で、加藤さんのような四十男がそれをすると、ただただ不気味で怖い。
内心サイコパスかよ、とツッコんだものだ。大人になっても、自分と他人の区別がついていないのかしら。
その先輩社員は堂島さんという人で、会社を辞めた後に何度かご飯に行った。
加藤さんのことは、今では苦笑交じりに本人は笑い話にしているが、「なるべく近づかない方が良い」と真顔で忠告されたことを覚えている。
しかし、今春から配属された輸入部門で、なんと私は加藤さんの部下になってしまった。最初の内は、まだ穏当だった。
「紗英、コレやって」
部下になって数日でファーストネームで呼び捨てにしてくる距離の近さには、正直面食らったが、まぁ、親分肌というものなのだろう。
同僚の男性と三人でご飯に連れて行ってくれたりもした。
しかし、数カ月後、「山田さん、コレやっといて」と投げやりによく言われるようになった。
こんなことを言うと、謙遜が足りないと言われるかもしれないが、数カ月後には加藤さんよりも私のほうが仕事が出来るようになっていた。
初めの内は、初めて携わる仕事だったから、よく加藤さんに教えてもらっていた。けれど、これまた調子に乗っていると思われるかもしれないが、加藤さんの仕事には無駄が多すぎた。
私なら三十分で終わる仕事を一時間は掛けていた。
加藤さんは丁寧と言えば、丁寧なのだが、決まった手順でないと仕事が出来ないようで、それが著しく仕事の能率を下げているように、少なくとも私には見えた。
自分のこだわりというものが強くあるので、柔軟性に欠けてしまい、他の仕事を並列的にこなすことも出来なかった。
けれど、もちろん私はそのことについてはツッコまなかった。
人それぞれ仕事のやり方はあるし、それを指摘したところで気分を害するだけだろうと思ったからだ。「なるべく近づかない方が良い」という堂島さんの助言も念頭にあった。
「へー、そんなやり方でやってるんだ」
一ヶ月程前のことだ。いつから見ていたのか、私のデスクの端っこにアゴをのせて、加藤さんが私の仕事ぶりを見ていた。
あまりに驚いて、私は体が瞬間的に浮き上がった。不気味だった。目が昔見たサメ映画のサメのように真っ黒で、何の人間的感情も感じさせなかった。
目が合う。
「いやー、結構結構。仕事速くて良いねー」
そう言って立ち上がる。芝居臭く、その場で伸びをすると「これからは、いっぱい仕事任せられるね、山田さんに」と言って、笑った。
目は全く笑っていなかった。
私は以前教えられたやり方とは違う、自分なりに考えたやり方で業務をこなしていた。こちらの方が効率が良い上にミスも少ないと判断したからだ。
しかし、それが気に食わなかったらしい。
「康介、パーティ行くぞ」
「あっ、はい」
同僚男性の佐々木康介が私の横で返事をする。ちょっと気まずそうに、こちらの方をうかがっている。彼は私の二年後輩で、新入社員だ。多くのことに戸惑うのは無理もない。
「いってらっしゃい」
私は、なるべく微笑みを作って言った。パーティというのは、取引先の航空会社が開いてくれるパーティだ。今日はバーベキューパーティだという。
以前なら、自分にも誘いが掛かっていたが、加藤さんの差配によって、私はあらかじめ外されるようになった。
「康介、急げよ。遅れるぞ」加藤さんが腕時計を見ながら、佐々木君を急かす。「じゃ、山田さんよろしく。これも仕事だから」
パーティに行くことをわざわざ言い訳してくるが、効果としては私の疎外感を高めるために、当て擦りを狙ったものだろうと思われた。
「はい」
私は息を止めて返事をした。
「すいません。お先に失礼します」
佐々木君は頭をペコリと下げて、慌てて加藤さんに付いていった。
私たちの所属している航空輸入二課は、たった三人しかいないので、私は一人ポツンと残された。
違う部署の人たちが同じオフィスにはいるが、パーティションで区切られている。向こうからは笑い声が聞こえてきた。
「・・・さて、やるか」
正直、一人の方が仕事は進む。けれど、なんとなくお腹にチクリとするものを感じるのだった。