ご褒美アイス!
八時には仕事を終わらせて、会社を出た。顧客からの追加依頼がなかった分だけ、今日は楽だった。
電車の中で少しだけ眠り、九時に地元の駅に着いた。駅前のコンビニで少し高めのアイスを買おうと思った。ささやかながら、今日頑張った自分へのご褒美というわけだ。
「あっ、ども」
アイスケースの前に、『カズナリ君』がいた。ガリガリ君を大量にカゴに入れていた。
「こんばんは」
私は疲れていたのか、眠気眼だったのか、よく会いますねなどという挨拶も忘れて「それ、全部食べるんですか?」と不躾に指差していた。
「ああ、全部自分のじゃないですけど・・・」
覗き込むと二十本くらい入っている。それを私は許せなかった。小さい頃から家計を預かってきた身としては、黙っていられなかったのだ。
「スーパーに行きませんか?」
「えっ?」
「近くの安いスーパーなら三十%はお得です。どうですか?」
「あっ、はい。いいですけど・・・」
戸惑う『カズナリ君』のカゴから、勝手にガリガリ君をアイスケースに戻した。ちょっとだけいつもと違う行動しているな、と気付き、私は自分で自分が可笑しかった。
「いつも太一が遊んでもらっているお礼です。奢りますよ」
「えっ、いや」
私は『カズナリ君』の返事もろくに聞かずに、さっさと歩き出した。足取りは不思議と軽かった。
今いるところとは反対側にあるスーパーに向かって歩き出した。
「仕事帰りですか?」
「はい」
「夜遅くまで、お疲れさまです」
「ありがとうございます。冴島さんは、今日も太一たちと遊んでくれたんですか?」
「はは、そうですね。遊んでもらっている、のかもしれません」
『カズナリ君』は傲慢にちっともならずに言う。きっと、そういうのが嫌いなんだな、と思った。
「なるほど。あっ、こっち通りましょう」
「はい」
近くの公園を突っ切って行った方が速い。夜になると人通りが少ないから、一人では来ないけれど『カズナリ君』がいるなら平気だ。
奇妙なことに、昨日会ったばかりの『カズナリ君』に、私は何の警戒心も抱いていなかった。むしろ、安心感さえ抱いていた。
「あっ、きれい」
『カズナリ君』が言った。見ると、月が池の表面に映って揺れていた。
「ホントだ」
月がきれいですね、なんて古典的な意味合いがあるわけもないけれど、その妄想は悪い気はしなかった。
ぽつりぽつりと喋った。「すっかり夏ですね」とか「蚊に刺されやすくて」とか「今日はこれからお昼です」とか「私はパスタにしようかな」とか。
『カズナリ君』は相変わらずスウェットにシャツで、サンダル履きのヒゲモジャメガネだけど、落ち着いた口振りで、ホントは全然大人な人なんだなって思った。
やっぱりどこか女慣れしていそうな余裕のある横顔が、月の光に照らされていた。
スーパーに着いて、私達は大量のガリガリ君を買った。私も久しぶりにガリガリ君のソーダ味を食べた。
「おいしい」
頭とお尻のシャーベットの部分が好きだったことを思い出した。
『カズナリ君』はコーラ味を食べていた。片手に大量にガリガリ君の入ったビニール袋を持ちながら。とても大きな手。
多分、自分で全部食べるのではなくて、子どもたちにも振る舞うのだろうな、とその頃には思っていた。
もしもビニール袋を持っていなかったら、手を繋いでみたいな。そう思った。
そして、その時のテンションは変だった。
「半分、持ちます」
私はビニール袋の耳の片方を持った。背が三十センチ以上違うから、ちょっと袋は斜めになった。
『カズナリ君』は何も言わずに、だけどうれしそうに微笑んだ。そうしてから、イタズラっぽく笑うと「えいっ」と言って、ビニール袋をぶらぶらと前後に揺らし始めた。
私はタイミングを最初つかめなかったからふらついたけれど、すぐに一緒に揺らし始めた。『カズナリ君』を見上げて笑った。
すると、「とりゃっ」と『カズナリ君』は腕を小さく回して、ビニール袋を回転させた。「わっ」私は驚いて、けど、ちょっと楽しくて、子どもの頃みたいに笑った。
夜の公園に、私達の控えめな笑い声が響いた。