第二十九話
俺が大学生の頃、ゼミの資料を探しに図書館へ行った帰り道、見知らぬ男子高校生が拙い英語で声をかけてきた。
その少年は、恐らく俺を学校のALT(外国語指導助手)だと勘違いしていたのだろう。
「昨日の授業で先生が話してくれたゴキブリクッキーに興味がある」と言い出した時は、思わず顔をしかめてしまった。
昆虫食を嗜むALTか。
まぁ人間色々な奴がいる。
食文化も国によって違うしな。
俺だってウインナーにメープルシロップをかけて食べる。
こちらも先生のふりをしてやれば良かったのだが、その時の俺は、まだ器量の狭い人間だった。
馴れ馴れしい態度を取ってくる少年に苛立ち、つい流暢な日本語で
「ゴキブリクッキーが食べたいなら、お前の家でも作れるだろう」
と暴言を吐いてしまったのだ。
少年の顔は凍り付き、引き攣った笑いを漏らしながら立ち去って行った。
今思えば、なんという大人げない発言をしてしまったんだろうと、我ながら後悔している。
「そういえば、私の両親はカナダ人なんですが……和歌さんは日本の方……なんでしょうか? とても美しいお顔立ちなので、つい聞いてみたくなりまして」
「そ、そんな。美しいだなんて…………っ。
一応、日本人です」
「一応とは?」