第73話 シーラーン王宮に到着
「あ、はい」
鐙に足をかけ、彼の手を握ると力強く引き上げてもらう。
彼の前位置に乗馬すると、彼は手綱を器用に操った。
「ラクダも、馬も上手に操るのですね」
「ああ。牛も乗れるぞ?」
「牛? 乗る機会があるのですか?」
「ああ。あのゆったりした進みがいい。気だるい気分のときに、散歩がてらに乗るな」
ジャファルの口から気だるい気分という言葉が出て、ローゼマリアは首を傾げてしまう。
「わたくしも乗ってみたいですわ」
「いいな。天気のいい日の午後に散歩するか」
「散歩……」
爽やかな風の吹く、気持ちのいい午後――
木漏れ日の下を、ゆっくりとした足取りで、牛が歩いて行く。
ジャファルとローゼマリアは一緒に牛の背にまたがり、いろいろなお話をしながら散歩をする。
ときどき、彼の逞しい胸にもたれて甘えてみる……そんな妄想でいっぱいになってしまう。
悪役令嬢という立場も、鬱必須の闇堕ちエンドも。
すべて忘れて、ジャファルとともに新しい世界を生きていけたら――
(そうなったら、どれだけ幸せでしょう……悪役令嬢の運命に打ち勝つことができたら……)
しかしローゼマリアは、シーラーン王国に入ることができても、まだ油断はしていなかった。
(ダルトンもモブ盗賊も……わたくしを殺そうとしていた。おそらく背後にアリスがいる。そう簡単に諦めるとは思えないわ)
悪役令嬢ローザマリアと対をなすもの、救国の聖乙女アリス。
彼女がローゼマリアを追いつめてくる限り、安心はできない。
しかし今は、ジャファルの逞しい腕の中で、優しい夢に酔いしれたかった。
「いいですわね。お散歩……したいですわ」
小さくそう囁くと、ジャファルが背中から抱きしめてくれた。
§§§
シーラーンの首都にある、シーラーン王宮。
門を守る兵たちがジャファルの姿を目にすると、恭しく頭を下げた。
開かれた門の先は、砂漠の中心にあるとは思えないほど、緑豊かな庭園。
ハイビスカスやプルメリアといった南国に咲く花という花が咲き乱れ、みごとに葉を広げたヤシの木がいたるところに植えられている。
まるで楽園のように美しい庭園に、ローゼマリアは感嘆の吐息を漏らす。
その先には、白亜の宮殿がそびえていた。
宮殿に向かって馬を進めると、庭師や衛兵が気さくに話しかけてくる。
「国王陛下、お帰りなさいませ」
「長旅、お疲れ様です」
「ああ。ただいま」
ミストリア王宮内では、側近以外のものが国王陛下に直接声をかけることは、なにがあってもしてはならないことであった。
だがシーラーン王宮は、まったく違う常識のようだ。みなジャファルに挨拶をしてくるし、ジャファルもそれに返している。