第72話 10年前の思い出はあやふやで
おそらく、ジャファルがローゼマリアの知っている国王像にそぐわなかったからだろう。
ミストリア王国の国王陛下や王妃、そのほかユージンといった王家のひとびとには、必ずと行っていいほど、おつきの従者や護衛が傍らにいた。
ユージンがミストリア王都学園で学生として過ごしていたときも同じだ。
離れた場所に護衛がいつも待機していたし、身の回りをする従者もいた。
(だから供をつけずに、ひとりでどんどん行動するジャファルさまが国王なんて、まったく想像ができなかったのよ……)
よくよく考えたら、ラムジも補佐だといいながらも、どちらかというと従者らしき仕事もしている。
「申し訳ございません。まったく……気がつかなかったです。まさか護衛もいらっしゃらないかたが国王陛下とは思えず……」
「あなたをシーラーン王国に連れてくるため、ラムジだけを連れて動いたのだ。ほかのものは、先にシーラーンに戻している」
だとしても、あまりに危険……いや、ローゼマリアをミストリア王国から脱出させた時点で、無茶をしているから今更というところか。
「それに私には護衛など必要ない。ラムジがいれば、ある程度はなんとかなる」
ダルトンを上回る剣の腕を目の当たりにしているので、ジャファルの言葉が大言壮語ではないと理解する。
「それでも気がつかなかったのは、わたくしの知識不足ですわ」
ジャファルが困った顔でクーフィーヤの上から頭を掻く。
「ミストリア王国にはなんども訪れているし、王国主催のパーティにも顔を出していたのだがな」
「そ、そうでございましたか……」
十八歳を迎えるまでは大人の女性とは認められないので、ローゼマリアは社交界やパーティにほとんど出席していなかった。
特に去年まではミストリア王都学園の生徒であったため、夜出歩くことすら許されていなかったのである。
「わたくし、王国主催のパーティに出席したのは……かれこれ、十年ほど昔でしょうか? 両親に連れて行ってもらったのですが……最近は大きなパーティに出席していなかったのです。なので、ほんとうにさっぱり気づかず……」
「そうだな。あの日以降、なんどかあなたの姿を探したが、一度も見つけられなかった」
あの日以降――?
(ジャファルさまは、今……とても大事なことを口にされたような気がする……)
一生懸命、彼の落としてくる言葉を繋ごうと、頭を働かせる。
(十年前、確かに王城主催のパーティに行った記憶がある。でも思っていたような華やかな場所ではなかったのよ。大人ばかりで、退屈で、そのうち飽きてきて……)
過去を思い出そうと首を捻っていると、ジャファルが馬の鞍に飛び乗った。
馬上から、大きな手を差しだしてくる。
「王宮へ向かうぞ。ここから馬を飛ばせば三十分で到着する」